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3. 想い人の投げつけられた手袋を拾いに行きました。

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 ステラ・キャンベル。天使と見紛うほどの美貌をもつ伯爵令嬢である。

 2年前の学園の入学式。
 ステラが上級生から呼び出されたのは入学したその日だった。

 少し時間が欲しいと言われ、のこのこついて行った先は中庭。色とりどりの花が咲き乱れる綺麗な場所だった。

 上級生の男の話は婚約をして欲しいということで、それについてはすぐに断った。名前から伯爵家の人で、幼馴染みとの婚約話が出ている人だとわかったからだ。


 それから数日が経ったころ「入学したその日にステラ・キャンベルは男と密会し、貞操を失った」という覚えのない不名誉な噂が出回り始めた。学園でできていた友人はほとんどが近寄らなくなり、残ったのはメイル・キャロット伯爵令嬢ただ一人。

 それ以来、メイルが友人としてそばにいてくれることに感謝しながらも、どこか寂しいと言う感情を抱えながら過ごしていた。たまに集まってくる動物たちに癒されながら、このまま学園を卒業していくのだろうと考えていた時だった。

 クラスメイトから噂を信じて遠巻きにしたことへの謝罪がされるようになったのだ。

 なぜ急に、と戸惑いながらも謝罪を受け取り、交友を築いていたある時。
 一人の男がステラのいる教室へとやってきた。入学した日にステラに婚約を申し込んできた上級生の男だった。

 クラスの誰もが男に注目している中、その上級生と目が合ったかと思えば、彼はゆっくりと口角を上げてにたりと薄気味悪い笑みを浮かべた。
 そうして、ゆったりとした足取りで教壇に立つと、あの噂は真実でステラの貞操を奪ったのは自分だと堂々と言い放ったのである。

 それから続けられた男の話は卑猥で下品。やけに具体的に語られており、まるで実体験でも話しているかのようだった。


(気持ち悪い……!)

「ステラ!」


 自分が登場した妄想を語られていることにステラは悪寒がした。全力で否定したいが、体が震えているせいでうまく声が出せない。

 メイルが側にいて体を支えてくれなかったら倒れていたかもしれない。

 上級生の話を否定しないステラに、クラスメイトは噂は真実だったのではないかと迷い始めていた。


「失礼します。このクラスのゴミ掃除に来ました」


 そう言いながら教室に入ってきたのは真面目そうな赤髪の男。ピンをつけていることからレイモンド・アンカー侯爵令息だと当たりをつける。


「貴族がゴミ掃除? そんなもの使用人にさせるだろうに。使用人も雇えないほど貧乏なのか?」


 話を途中で遮られて不愉快だったのか、上級生はレイモンドを嘲笑った。


「まさか。このゴミは俺にしか排除できないと思ったから来たんですよ」


 レイモンドが上級生に対して斜め向きに立ったことで、ステラからは上級生の姿が見えなくなった。

 そのことにほっと息をつき、鳥肌が立っている腕を擦った。先ほどよりは落ち着いたが、気持ち悪さだけは消えてくれない。


「貴方の話は全て嘘。作られた話だ。あの時貴方はキャンベル嬢に断られ、背中を丸めて帰っていましたよね」
「さて、何のことだか」
「とぼけるんですね。俺、一部始終を見ていましたけど、ステラ嬢と貴方が触れることはありませんでしたよ」
「一部始終を? はっ、盗み聞きしてたのかよ」
「とんでもない。先にいた俺に気がつかなかったのはそちらでしょう?」


 レイモンドは微笑むように口角を上げて目の前にいる上級生の男を見据えた。


「俺、噂を抑える時に少し面白い話を聞いたんです。貴方の同級生に影の薄い男爵家の生徒がいますよね。何でも、彼に噂を流すように脅したらしいとか」
「……覚えがないな」
「本当に?」


 否定した上級生の言葉に、レイモンドがすぐ様聞き返した。


「本当に覚えがないと? ここで認めるのならばまだ停学で済むのに?」
「な、んだよ。ねぇよ!」


 レイモンドは微動だにせず、上級生の男を見ている。上級生はレイモンドの視線に一瞬だけたじろいだが、すぐに睨み返した。

 しばらく沈黙が続き、教室全体の空気が緊張を孕んできた時、レイモンドが口を開いた。


「……そうですか。では退学ですね。二年間お疲れ様でした。この決定は学園長が下したものですので、文句があるのならば学園長へどうぞ」


 そう伝えたレイモンドは上級生の腕を掴んだ。当然上級生は「腕を離せ」と喚き暴れた。しかし、レイモンドは体格差があるにも関わらず上級生の抵抗を物ともせず教室の外へと放り出した。

 そこで会話をしていることから廊下にいた誰かに引き渡したのだろう。

 そのまま教室を出て行くかと思われたレイモンドは、ステラの元へとやってきた。


「初めまして、レイモンド・アンカーです。余計なことかもしれないが、顔色が悪いし今日はもう休んだほうがいい」
「ステラ・キャンベルです。お気遣いありがとうございます。アンカー様」
「いいえ。あぁ、一応弁明しておきますが、キャンベル嬢とあの男の会話は一切聞こえてませんよ。雰囲気で何かを断られたのだろうと思って言ってみたら当たったというだけですし、先にあの場にいたというのも嘘ですから」


 どこか必死に説明しているレイモンドを見て、ステラは段々おかしく思い始めた。先ほどまでは守ってくれているようで頼もしく感じていたのに、今じゃその相手を可愛いとさえ思い始めている。


「気にしていませんよ。噂がなくなっているの、アンカー様のおかげなんですよね」


 あの時あの場所にレイモンドがいたことでステラは救われた。だから弁明をする必要などないのだ。

 この出来事から、ステラはレイモンドを真面目で優しい人だと感じていた。

 それ以来ステラはついレイモンドを目で追うようになり、その人となりを知ったのだった。


 ——二年後。


 ステラがメイルと廊下を歩いていれば、何やら先の方が騒がしい。

 周囲の言葉から、レイモンドがレオナに決闘を申し込んだのだと察した。


(あ、これはチャンスかしら。まだ友人止まりだし、あれを拾えばレイモンド様の気を引くきっかけになるかも)


 そしてステラは偶然この場を通り、何も知らない風を装ってレオナの方へと近づいた。


「あら、落としてますわ」


 レオナの足元に落ちていたレイモンドの黒い手袋を拾えば、周りから視線が突き刺さったのがわかる。レイモンドもステラを見て驚いたように目を見開いている。


(あ、これ、もしかしなくてもレイモンド様のやりたい事を邪魔してしまったことに……?)


 そう考えたステラは焦った。
 すぐにレイモンドに謝ろうとすれば、ステラが口を開くよりも先にレイモンドがステラの名前を呼んだ。

 それに返事をすればレイモンドから決闘を申し込まれ、内容について説明された。


「ステラ嬢が俺を好きになったら俺と結婚して欲しい」


 それと同時にプロポーズまでされてしまった。


(はわ、レ、レイモンド様が私を好き……? これは夢? あ、まずはお返事をしないと! な、なんと言えばいいのかしら! まず決闘を受け入れなければプロポーズを断ったことになるわよね!? それは嫌だわ! あぁ、早く何か言わないと……!)


「もしレイモンド様が負けた場合はどうなさるの?」


 言った直後にステラは後悔した。こんなことが言いたかったのではない。

 決闘を断りつつプロポーズを断らない返答をしたかったのだが、今のステラの返答は決闘を受ける意思があると捉えられるだろう。

 発してしまった言葉を戻すことはできない。

 元々ステラの負けが確定しているのだ。レイモンドに何を言おうと彼がそれを実行することはない。それでも、ステラは保険をかけた。

 もしレイモンドがステラを諦めても、レイモンドを離さないように。


「もしレイモンド様が負けたのなら、私の言うことを一つ、聞いてくれませんか」
「俺に出来ることなら何でも」


 大雑把で具体性のないことに少しくらい迷うかと思ったが、レイモンドは即答してきた。そのことに驚きながらも、自分の要望が通ったことにステラはほっとしたのだった。


 その後は授業が始まるということで皆が教室へと入っていき、明確な返事をしていないにもかかわらずステラは決闘を受けることになったのである。

 そして、それから半年間。
 ステラはあのプロポーズをされた時になぜ頷かなかったのかと後悔し、レイモンドにはいつ好きだと伝えようかと気を揉むのだった。

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