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2.プロポーズ
しおりを挟む「決闘……ですか?」
ステラの問いにレイモンドは頷き、内容を説明するべく口を開いた。
「決闘といっても武器は使わないし、貴女が怪我をするようなことはありません」
レイモンドは自分の中で考えをまとめながら必死に言葉を紡いだ。
想い人を前にして心臓は激しく高鳴り、口の中はカラカラだ。こんな大勢から見られている中続きを言わなければならないとなると、今すぐに逃げ出したくなる。しかし、レイモンドにも意地とプライドというものがある。
唾液を飲み込み、意を決してレイモンドは話した。
「この国では、学園を卒業するまで、かつ相手が貴族ならば恋愛結婚でもいいが、学園を卒業しても婚約者がいないなら親が決めることになるというのは周知の事実。今、ステラ嬢にも俺にも婚約者はいません」
「そうですわね?」
何が言いたいのかわからないとでもいうように小首を傾げるステラ。
その動きにステラに好意を抱いている男たちは心臓を撃ち抜かれた。
(あっ、かわいい……! 好き……!)
レイモンドは周りの男達と共に心臓を抑えて蹲りたかったが、ステラの前でそんなみっともない姿は晒せない。
勝手に崩れそうになる膝と蕩けそうになる表情筋にしっかりと力を入れ、なんとか平静を装った。
「俺と貴女が18となり学園を卒業するまで残り1年」
先ほどよりも心臓は激しく高鳴り、心臓が耳から出ていってしまうのではないかと錯覚する。レイモンドが最も言いたかったのはこの後だ。
「それまでに俺は貴女を惚れさせてみせる! だから……」
レイモンドはステラの前に跪き、ステラの手を取った。
「ステラ嬢が俺のことを好きになったら俺と結婚してほしい」
(言った……! 言ってしまった……!)
どんな返事が来るのか。
普通は断られるはずだ。いや、まずこれは決闘でいいのだろうか。
レイモンドの胸中はほとんど不安で占められていた。だが、その中には期待もあった。結婚相手としてあり得ないと思われていなければ、決闘を受けるという返事が来るのではないか、と。
「もしレイモンド様が負けた場合はどうなさるの?」
「え」
レイモンドは焦った。自分が負けた時のことなど一切考えていなかったからだ。
しかし本当に、本当に仮の話だが、レイモンドがステラとの決闘に負けた場合、確実にステラを諦めなければならないだろう。けれど、それだけでは足りない。何かステラのメリットとなることを提示する必要がある。それがないならステラがこの決闘を受けるメリットがない。
「もし——」
レイモンドが何かないかと必死に頭を働かせていると、ステラが静かに言葉を発した。
「もしレイモンド様が負けたのなら、私の言うことを一つ、聞いてもらえませんか」
「……俺にできることならなんでも」
レイモンドは特に何も考えずにそう答えた。
ステラの微笑んだ顔に見惚れていたのである。
(あぁ、やっぱり可愛い……! 二年前からさらに可愛くなっている……!)
レイモンドはステラの笑ったが一番好きである。それは微笑みでも満面の笑みでも同じ。楽しそうにしてくれていたらレイモンドも嬉しくなる。
レイモンドがステラに好意を抱くようになったのは二年前。丁度この全寮制の学園に入学した時だった。
当時、学園の構造を全く分かっていなかったがために一度迷子になったことがあった。元にいたところに戻るために適当に歩いていると中庭に出てしまい、そこで話をする男女を見つけた。
そのうちの一人がステラだった。
二人の会話は聞こえなかったが、ステラは仮面のような微笑を顔に付け、ずっと変わらない態度でいた。絡まれているのなら助けるべきかと迷っていれば、男は段々と力をなくし、最後には背中を丸めてステラから離れていった。
もう大丈夫だろう。
ずっと不躾に見続けるのも悪いと思い、レイモンドが再び歩き出そうとしたときだった。
どこからともなくやってきた兎やリス、小鳥たちがステラを取り囲み、ステラを押し倒した。
これにレイモンドは驚き、令嬢が草食動物に食われてしまう、と見当違いなことを考えながら令嬢を助けるべく走り出した。
「ふふっ」
突然くぐもった笑い声が聞こえ、レイモンドは足を止めた。今聞こえたのはどう考えてもステラがいる方からだ。
「もう! あなたたちは甘えん坊さんね」
怒ったような口調ながらも、その声はどこか楽しそうだった。
ステラが顔に乗っていた兎を持ち上げたことで見えたその顔貌は、心底楽しいとでも言うかのように満面の笑みを浮かべていた。それはレイモンドが今まで見てきたどの令嬢よりも愛らしく、輝いて見えた。
それからだった。
レイモンドはステラを見るたびに胸が苦しくなり、ステラと目が合うのを恐れた。けれども話したいし仲良くなりたい。あわよくば結婚したい。
そんな矛盾を抱えて生活をしていた頃、入学したその日にステラ・キャンベルは男と密会し、貞操を失ったという噂が流れた。
その噂が広まり、ステラの周りから人が消えた。残ったのはメイル・キャロット伯爵令嬢ただ一人。結婚するまでは清い関係でいることが当たり前とされる風潮の中では、一人でも残ったのはまだいい方だった。
それでも、今まで仲良くしていた人たちから突然避けられるようになったことに思うことがあるのか、ステラは時折寂しげな顔を見せるようになっていた。
レイモンドはそれが嫌だった。ステラには笑っていてほしい。何もしていなくても可愛らしいが、レイモンドは楽しそうに笑うステラが一等好きなのだ。
流れてきた噂の「入学した日に男との密会」という状況に心当たりのあったレイモンドは噂の沈静に併走し、無事にその噂を消すことに成功した。
その時にステラと少しだけ話し、それ以来話す機会が増えた。会話というより挨拶をしているだけなのだが、それだけでもレイモンドにとっては喜ばしく、ステラと会った日には舞い上がっていた。
そんな知人のような関係のまま交流を重ねていたある日のこと。
ステラから名前で呼んでほしいと言われたことで、レイモンドは一層舞い上がった。
あれから二年。
レイモンドとステラは友人と呼べるくらいの関係になっている。
名前も顔も認知されていない時よりも二人の関係は大きく進歩し、ステラと親しい異性といえばレイモンド、と返ってくるくらいには周りから見ても親しくなっていた。
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