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9.かわいい人

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「ステラ、まだ行かなくてもいいの?」
「うん大丈夫だよ。後ちょっとだけ」
「本当に?」


 メイルがステラの目をじっと見ると、ステラは目を逸らした。


「ごめん。行かなくちゃ、です」
「やっぱり。間に合う? 後は私一人でも頑張れるから、帰ったら話聞かせてね!」
「うん!」


 メイルに返事をして教室を出る。

 待ち合わせまで時間がない。着替えている暇なんてなかった。

 メイルが心配で、後ちょっとだけを繰り返していたらいつの間にか結構な時が立っていたのである。


(自業自得なんだけど、レイモンド様と出かけるならおしゃれ、したかったな……)


 寮に荷物を置いて必要なものを持って出れば、ちょうどレイモンドがやってきていた。やはり着替えていたら間に合わなかった。

 制服でいる理由を話せば、レイモンドは納得したが、一瞬だけ残念そうな顔になったのをステラは見逃さなかった。

 洋服を着たらレイモンドは喜んでくれるのだろうか。

 そんなことを思った時には、勝手に口が開いており、レイモンドのためにおしゃれをしたいと口走っていたのである。即座に恥ずかしくなったステラだったが、ステラが口にした以上のことをレイモンドは恥ずかしげもなく言ってきた。


「ステラ嬢はどんな格好でも可愛らしいよ。だけど、俺のためにお洒落をしてくれるなら俺はいくらでも待つよ」
「……き、きき着替えてきますぅ!」


 余計なことを言わなければよかったとステラはほんの少しだけ後悔した。





 月見庵という菓子屋について、二人は早速注文をした。

 初めて見る栗羊羹という菓子を一口食べてみれば、とてもおいしかった。それをレイモンドとも共有したくて、ステラは一口大に切った羊羹をレイモンドの方へと持っていった。

 そのあとレイモンドからおはぎをもらって感想を言う。お互いに頼んだものを食べてお茶を飲んでいた時だった。


(……間接キスでは?)


 突然頭の中にこの言葉が浮かんできた。

 その言葉の意味を理解した途端、ステラは顔が熱くなったのを感じ、飲んでいたお茶をそっと置いて俯いた。

 さっきまでの自分の行動が恥ずかしく、なぜ恥ずかしげもなくできていたのかと疑問でいっぱいだった。


「ス、ステラ嬢」


 レイモンドの裏返った声が聞こえた。

 恐らくレイモンドも気づいたのだ。レイモンドの顔を見れば、ステラに負けず劣らずで真っ赤だった。もしこのままどこかに行くとなると意識せずにはいられない。

 ステラはレイモンドが何かを言う前に提案した。


「レイモンド様、その、も、戻りましょう! 学園に!」
「あ、あぁ。そうだな」


 レイモンドが提案を受け入れてくれたことに、ほっとしつつ、これからレイモンドとまともに顔を合わせられるのかという不安に襲われた。

 その日は二人とも話すことなく学園へと戻ってきた。

 レイモンドと分かれて自室のベッドへと飛び込む。明日からどうしようと考えながら、結局その答えが出ることなく次の日を迎えた。


「おはよう。ステラ嬢」


 廊下ですれ違ったレイモンドが、いつも通りに挨拶をしてきた。

 どうやら昨日のことはなかったことにしているようだ。間違いなくあの時は照れて意識していたのだから。

 ステラは不満だった。確かに恥ずかしく、今思い出しても照れるが、なかったことにされるのは悲しい。


「おはようございます、レイモンド様」


 そこで、ステラは昨日のことを切り出すことにした。


「あの、昨日は——」


 ステラは思わずレイモンドに見入ってしまった。

 "昨日"という言葉を聞いただけで、レイモンドの顔が段々と赤くなり、ついには耳まで真っ赤になったのだ。

 顔が赤くなっていると言う自覚があるのか、レイモンドは片手で口を押さえながら視線を逸らし、「昨日は楽しかったありがとう」と矢継ぎ早に伝えたかと思うとすぐにどこかへと去っていった。


「今、照れた……?」


 レイモンドが去っていった方を見ながらステラは呟き、愛しさが胸から溢れ出てくるのを感じた。


(か、かわいい~‼︎)


 ステラがレイモンドに対して、今までで一番胸が高鳴った瞬間だった。


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