転生コスプレイヤーは可愛い服を作りたい

灰猫さんきち

文字の大きさ
53 / 86
第3章 魔物の絹と新しい服

53:絹のアイディア

しおりを挟む

 織り上がったばかりの絹を手に取ると、さらさらとした気持ちの良い感触が伝わってきた。
 少しきつめに巻いてみれば、絹特有の「きゅ、きゅ」という絹鳴りの音がする。
 染色していない布なので、繭のままの生成り色。
 それでも光沢が美しい。最高級品に劣るとはいえ、十分な艷やかさだった。
 そして何より、この魔物の絹は本来の絹の弱点を克服している。丈夫で水に強く、洗濯だってできるのだ。

「はぁ……すてき。ずっと触っていたくなる」

 この絹は精錬していない、つまり石鹸でタンパク質を落としていない生糸で織ってもらった。
 確かに以前触った東国の絹と比べれれば、少しばかりぱりっと固い手触りかもしれない。
 それでも羊毛や亜麻、木綿とは比べ物にならないなめらかさ。
 これからもっと工夫して品質を追求していけると思うと、胸が高鳴った。

 お母さんの到着から少し遅れて、織物職人たちが何人もやって来た。
 それぞれ新しい織り機の調節をしながら、まだ不慣れな様子で絹を織ってくれている。羊毛工房でなじみの人もいれば、初めて会う人もいた。

「新しい工房の建設は、もう始まっていたのだけどね」

 お母さんが言う。ネルヴァの事業で使う予定だった兵士の服を作るための工房のことだ。
 あちらは羊毛の布で服を作る予定だった。

「リディアが絹を見つけたと言うから。急遽、こちらにも作ることになったの。羊毛の服がいらないわけではないから、あちらも人が働いているわ」

「フルウィウスさんは大忙しね」

「ほんとに」

 そのフルウィウスは絹糸の様子を一通り確かめたのち、首都に帰って行った。
 ティトスはこちらに残って手伝いを続けてくれている。
 フルウィウスは絹糸と絹織物、さらにはそれらで作る服に関して私に一任してくれた。大きなことは相談しないといけないが、多少のことであれば私の裁量でやっていい許可をもらったのだ。やったね。
 冒険者たちは繭がいいお金になると張り切っていて、けっこうな数を納品してくれた。
 おかげで絹糸工房はフル回転だ。

「リディア! セウェラさんの布が出来上がったって?」

 ティトスがやって来たので、布を渡す。

「わぁ! さすがセウェラさん、いい出来」

 ティトスはにこにこしながら布を撫でた。

「それでリディア。絹の新しい使い道って、何? まさかあの兵士の服……」

 言いかけて慌ててお母さんの顔を見る。その話は口外禁止だものね。
 ところがお母さんは微笑んだ。

「大丈夫、その話は聞いているわ。私が織物職人の責任者になるからと、フルウィウス様とネルヴァ様に教えていただいたの」

 ティトスはほっと息を吐いた。

「そっか、よかった。それじゃあアイディア、教えてよ。この絹はコストがそんなに高くないけど、それでも羊毛に比べればまだ高いし」

「まあね。普通の絹より丈夫と言っても、薄手で繊細でしょ? 兵士の服にはしないよ」

 私はにやりと笑う。

「だから下着を作るの」






 ユピテル共和国では、下着をはく習慣が薄い。
 一応腰巻きみたいのを付けている人は多いが、すっぽんぽんの人も珍しくないのである。

「下着? 腰巻きとか、女性の胸に巻く布とかかしら?」

 お母さんが首を傾げている。

「うん、そう。それをしっかりした形にして『下着』を作りたいと思って」

「必要ある? 何のために?」

 と、ティトス。
 下着の習慣がないために、二人ともよく分からないという顔をしていた。

「必要あるよ。まず、汗を吸収してくれる。吸収した汗の水分を放湿して体温調整がきちんとできる。次に汗や皮脂が直接服に触れないから、汚れを防いで清潔にできる。下着だけなら洗濯も簡単だしね」

 前にネルヴァが言っていた。軍の運用は病との戦いでもあり、戦争で死ぬか病にかかって死ぬかであると。
 下着だけでも取り替えて少しでも清潔にできれば、病気の予防になると思う。
 石鹸の量産は順調だと聞いている。戦場でまめな洗濯は難しいだろうが、物資補給の合間に取り替えたり洗濯に出したりできないだろうか。

「うーん?」

 ティトスとお母さんはまだピンとこないようだ。
 シルクの下着は前世では高級品だったが、この魔物の絹はコストがそんなに高くない。
 下着であれば布を使う面積は少なめで済む。何より絹の吸湿性・放湿性に優れた特性は下着にぴったりなのだ。肌触りもいいしね。

「一般の人向けの下着も作りたいけど、まずは兵士向けかな。肉体労働で汗をいっぱいかく人ほど必要になるもの」

「受け入れてもらえるかなあ。いらないって言われて終わりじゃない?」

 むむ。前世の感覚で言えば下着なしの方がよっぽど違和感があるが、ユピテルの感覚だとそうなるか。

「説得力が必要よね」

 私は考えながら言った。
 フルウィウスやネルヴァに下着の有用性をアピールする際、納得してもらえるような根拠を作らなければ。

「肉体労働、汗……。あっ、そうだ」

 一つ思いついて、ぽんと手を叩いた。ティトスとお母さんが私を見ている。

「冒険者たちに協力を頼もう。彼らに下着をはいてもらって、着心地をレポートするの。兵士の装備に必要だと思えるくらいの成果、出しちゃおう!」

 そうと決まればさっそく行動だ。
 まずは下着の形を決めなければならない。
 前世の下着の多くはTシャツのような伸縮性のある布地で作られていた。あれは「ニット地」といって、厳密には織るのではなく編んで作る布なのだ。
 ニットといえばセーターみたいな編み物が思い浮かぶので、最初に聞いた時は私も戸惑った。
 前世のような高度な機械技術があれば、とても細い糸を編んで薄い布を作ることができる。
 けれどユピテルのレベルでは細い糸は作れても編んで布にするのは無理だ。
 だから仕方ない、伸縮性のある布は諦めよう。

 となると、脱ぎ着しやすくて扱いやすい形を考えなければいけない。
 まず上着は、袖なしのタンクトップ型。襟ぐりを広めにしておこう。
 次に下履きは、男性用ならトランクスタイプか。ゴムはないので、紐で結んで留める形になる。
 丈を少し長めにしてハーフパンツみたいな形にしてもいいかもしれない。その方が服の保護になるし体温調節もきく。
 いっそ女性もそれでいいかな。
 頭の中で型紙を思い浮かべていく。

「よし。タンクトップとハーフパンツで行こう」

 黙考から浮かび上がって声を上げると、ティトスとお母さんが苦笑していた。

「あっ、ごめん……。ちょっと考え事に夢中になっちゃって」

 恥ずかしくて顔が赤くなる。ティトスは苦笑を笑顔に変えて答えてくれた。

「いいよ、もう慣れたから。で、何を作るの?」

「えっとね」

 下着の形と機能を説明する。

「エラトお姉ちゃんたちの服よりは、サイズ合わせを厳密にしなくても大丈夫だけど。一応、デキムスたちに頼んで採寸させてもらおう」

 前世であればS・M・Lの三種類で作ればどれかに当てはまったが、今はそういう概念そのものがない。
 長方形の布の脇を縫い合わせるだけのチュニカは、サイズ合わせをする必要性が薄いのだ。男性用・女性用・子ども用くらいの扱いである。

 私は巻き尺代わりの紐を取り出して、工房の外に出た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...