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第3章 魔物の絹と新しい服
54:シルクの下着
しおりを挟むデキムスたちが拠点にしている宿屋に行くと、ちょうど入口に彼がいた。
「デキムス、いいところに」
「おう、リディア。今日はどうした?」
「ちょっと体のサイズを測らせてね」
「ええっ?」
デキムスは服のためにサイズを測るという発想がなかったらしく、最初は驚いて次に照れていた。
宿屋の入口ホールで採寸を始めると、他の冒険者たちが見物に寄ってくる。
「お前ら、何やってんだ」
「体のサイズを測る? 何のために? 鎧でも作るのか」
「リディアにそんなに触られたら、おじさん照れちゃう」
冷やかし半分でしゃべっている冒険者たちに、いい機会だと思って下着の話をした。
「……というわけで、みんなには下着を着てもらって着心地を教えてほしいの」
だが、返ってきたのはあまり良くない反応だった。
「なんでわざわざそこまでするんだ? 正直、面倒なんだが」
「動きの邪魔になっては困る。ダンジョンの中じゃあ、ちょっとの違いが命取りになるからな」
私が繭の立役者だからだろう、冒険者たちに遠慮が感じられる。本当ならもっとにべもなく断られたはずだ。
だから私は頑張って続けた。
「動きに影響が出ないように工夫して作るよ。それにダンジョンの中って案外寒いよね。下着を一枚着れば温かさもだいぶ違うから」
デカい蜘蛛に出くわした五階層は気温が高かったが、それ以外の階層は洞窟らしくひんやりとしていた。
体温調節が必要になる。つまり下着の出番だ。
「みんなが取ってきてくれた繭で作った布だもん。ちょっと着てみたくない? もちろんレポート用の費用は全部私が持つから、負担は出ない」
「リディアがそこまで言うなら仕方ねえな」
デキムスが明るく笑った。
「繭の件で分かる通り、このお嬢ちゃんは大した奴だ。協力しろと言われれば、俺は力を貸すぜ。動きやすさなんぞも俺が確かめてやる。それでいいだろ?」
「女性用はあるのかしら?」
カリオラが言ったので、私は頷いた。
「下履きは男性と同じ形だけど、胸に巻く布を工夫したいと思ってる。ただ今は数の多い男性を優先するから、女性用は少しだけ待ってて」
せっかく下着を作るんだ。ブラジャーの基本も作ってしまいたい。
デキムスのおかげで冒険者たちはとりあえず納得してくれたようだ。
私は彼らのサイズを片っ端から測って、書字板にメモしていった。
工房に帰ってサイズのメモを眺めていると、意外にきれいな分布図になると気付いた。
今日測ったのは三十名程度。サンプルとしては少ないが、それでも傾向は読み取れる。
冒険者たちは肉体労働者だけれども、食生活は貧しい。おかげであまりマッチョな人はいなかった。
ざっくり見てみた範囲では、MとLだけでいけそうである。あとは女性用だ。
まずはタンクトップの準備をする。
紙が高価なユピテル共和国なので、型紙というものは使えない。
頭の中の形を切り出すのは私にしかできないが、今回は何十人分もの下着を作りたいのだ。他の職人と手分けしなければ時間が足りない。
そこで比較的安価な羊毛織物を持ち出して、型紙代わりに使うことにした。
サイズを確認しながらMとLサイズで型紙ならぬ型布を作る。
タンクトップは袖なしの下着。裁断する布の形としては、肩の部分が大きくえぐれた形になる。
見慣れない形に職人たちは戸惑っていたが、どうにかお願いして裁断を進めてもらった。
次にハーフパンツだ。
これは足さばきに直結するので、慎重にサイズを計算した。
股の部分に余裕を持たせ、激しい動きでも影響が出ないようにする。
前開きにしてお手洗いの時も不便がないようにした。
「よし。できた」
試作品第一号をデキムスのところに持っていって、着てもらった。
宿屋の部屋で着替えてもらう。私とティトスは廊下で待機だ。ついでにカリオラもやってきて、見物する気でいる。
「おぉ……。すげえ肌触りいいな、これ」
さらさらと衣擦れの音がして、ドアの向こうで感嘆の声が上がっている。
少しして出てきたデキムスに感想を聞いてみた。
「あの繭がこんなにいい布になるなんぞ、びっくりだ。ただ、ちょっと落ち着かねえな。上着も下履きも肌に張り付く感じがするし、下履きは足にまとわりつく」
「動きが邪魔される?」
「このままじゃ分からん。ちょっと外に出て剣を振ってみる」
そうして宿の外に出て、デキムスは素振りを始めた。
「どう?」
カリオラが声をかける。
デキムスは一通り踏み込みやジャンプをしたあと、ニッと笑った。
「悪くない。思ったより邪魔にならんな。肌に張り付く感じは慣れればどうとでもなるだろう。肌触りはとびきりいいわけだし」
その頃になると他の冒険者たちも見物に来ていた。
「ふーん、悪くないのか。ダンジョンで体を冷やさずに済んで、しかも服が汚れにくくなる。よし、俺にもくれ」
中堅とベテランの冒険者が笑いかけてくる。
「オレも協力する。最近は年で冷えがつらいんだよ」
「おっさんはそろそろ引退しどきじゃね?」
「うるさいわ! 繭のおかげで稼げそうって時に誰が引退するか」
「下着とやらを着て、使い心地をリディアに言えばいいんだろ?」
冒険者たちが口々に言った。
このやり取りで、やはり信頼関係は大事だと実感した。
同じ冒険者、それも腕の立つデキムスが率先して動いてくれたおかげで、他の冒険者たちも聞く耳を持ってくれたのだから。
「デキムス、ありがとう」
お礼を言えば、彼は照れくさそうに笑った。
「気にすんな。護衛という割のいい仕事をくれて、しかも繭を発見したんだから。俺もカリオラもリディアに感謝してるんだよ」
カリオラを見ると彼女も微笑んでいる。
あの時の首都での出会いは偶然だったけど、とてもいい縁を引き寄せられたんだ。
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