転生コスプレイヤーは可愛い服を作りたい

灰猫さんきち

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第3章 魔物の絹と新しい服

55:改良

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 それからしばらくすると、冒険者たちの声が上がってきた。

「こんなに薄い下着なのに、一枚着るだけで温かかった」

「汗をかいたがベタつかなかった。ずっと肌触りがいい」

「下着だけ洗濯できるのがいい」

「動きは邪魔されないし、むしろ上着が邪魔なくらい。下着だけで暮らしていいだろうか」

 声はほとんどが好評。私は彼らに話を聞いて内容をまとめていった。
 ちなみに最後の人には「やめて」と言っておいたよ。下着で過ごすとか裸族一歩手前じゃないんだから。
 けれども中には不評の声もあった。

「大きく踏み込んだら股ぐらが裂けた。やっぱ動きにくいわ」

 やはり伸縮性がないために、そういった破損が起きやすいのだろう。
 冒険者たちの戦闘スタイルはさまざまで、通常の剣術からかなりアクロバティックな軽業まである。
 破いてしまった冒険者は激しい動きをするタイプだった。
 軍団の兵士たちはそこまで軽業的ではないだろうが、今のうちに改善していきたい。

「みんな、ありがとう。その下着はあげるね」

「洗い替えが欲しいんだが」

「さすがにそれはちょっと……」

 ベテラン冒険者の声に笑ってしまう。

「じゃあ買いたい。いくらだ?」

 他の冒険者が言う。
 私はざっくりと計算をしてみたが、はっきりした答えは出せなかった。
 繭の原価と職人たちの人件費までは分かるものの、工房の建築費や糸巻きと機織り機の作成費用まで考えると私では算出不能である。
 そして一度値段を決めてしまえば、そう簡単に値上げはできない。不満を呼んでしまう。
 となるとこれは、私の一存では決められないな。

「ごめん、フルウィウスさんと相談しないと値段は決められないの。試作品だからね。でも、お金を出して買ってくれるくらい気に入ってもらえたのは嬉しいよ」

「そうか。じゃあ値段が決まったら教えてくれ。バカ高くなけりゃ買うぜ」

 そう言ってくれる人が多くて手応えを感じた。






 工房に戻った私は、クレームの一つ「股部分が破れた」について考える。

「これ以上、下着そのものをサイズアップするのは良くないんだよね……」

 股部分はもともと余裕を持たせて作っていた。これ以上となるとダブついて、かえって動きにくくなるだろう。

「うーん」

 布を引っ張ってみる。平織りの布は伸縮性がなく、伸びたりはしない。糸も同様だった。

「伸縮性……あ」

「いいアイディア、思いついた?」

 ティトスの声に頷く。

「布ってさ、縦横に引っ張っても伸びないけど、斜めだとちょっと伸びるよね」

 ハギレでやってみせる。平織りの布の特徴だ。
 前世ではこの特徴を生かして、斜めに切った「バイアステープ」というものがあった。

「ほんとだ」

 ティトスが布を斜めに引っ張って目を丸くしている。

「それから糸も工夫しようと思って」

 普段の縫い糸として使っているのは、布を織る糸と同じ羊毛製だ。つまりよりをかけて紡いだ糸である。
 こちらもこのままでは伸縮性がない。

「糸をくさり編みにするの。かぎ針で編むやつ」

 編み物、つまりニットであれば伸縮性が出る。セーターがよく伸びるのは糸を編んで作られているからだ。
 最も単純な編み方であるくさり編みはそこまでの伸縮性は出ないが、その代わりに細さがキープできる。縫い糸代わりに使えるだろう。
 そして縫い方も通常の返し縫いではなく、布目に対して斜めに縫い合わせていく。
 くさり編みの糸とバイアス(斜め)効果で、それなりの伸縮性が出る。そうしたら破れにくくなる!
 ついでに足さばきを重視して、もう少しだけ丈を短くしておこう。

「よし、さっそく実行!」

 ユピテル共和国では前世のような編み物文化がない。
 なので編み針を木工職人に作ってもらった。今回はくさり編みなのでかぎ針一本あれば足りる。
 すぐに作ってもらい、せっせと編んだ。

 出来上がったものを引っ張ってみると、多少だが伸びた。なかなかいい感じだ。
 ティトスが言う。

「いい出来だけど、手間がかかるね。ただでさえ糸や布を作るのは大変なのに、さらに糸を編むなんて」

「全部の縫い糸にくさり編みは使えないね。股の部分にだけ使うならそんなに量が多くないし、まあ何とか?」

「それにしてもリディアはすごいね。いくつものアイディアをぽんと出してさ」

 私が鎖編みの糸で斜めに縫っていると、ティトスがそんなことを言った。

「……別にすごくないよ」

 答えに一瞬の間が空いてしまったのは、罪悪感から。
 鎖編みも斜めの伸縮も私の『アイディア』ではない。ただ知識として知っていただけだ。
 糸車も、機織り機も。生糸の巻き上げだってそうだ。
 前世の記憶とスキルに教えてもらっただけで、私自身の功績といえるものはない。

「それより、出来上がったら試してもらわないとね」

 だから私は話を変える。変えて誤魔化す。
 手を動かしていれば余計なことは考えずに済む。私はせっせと縫い物を続けた。






 新しく出来上がった下着を手にして、股部分を破いてしまった冒険者を探した。
 宿屋で彼を見つけて、試作品を手渡す。

「これ、破けにくいよう工夫してみたの。試してもらえるかな?」

「わざわざ作り直したのか?」

 冒険者は戸惑った顔をした後、下着を受け取ってくれた。股の部分を引っ張っている。

「へぇ。こんだけ伸びれば破けないかもな。ちょっと着て動いてみるか」

「お願い」

「リディアがくれた下着、上着は気に入ってるんだ。あれがあると汗をかいてもベタつかないし、意外にあったかいからな。オレみたいな戦い方をしなけりゃ下履きも破けないだろうにと、残念だったんだよ」

 彼は下履きを身に着けて宿屋の前で動きを披露してくれた。
 実に軽やかな身のこなしで、まるで体操選手のようだ。彼の獲物は短剣で、アクロバティックな動きからの奇襲を得意としている。
 冒険者は競技のようにいろいろな動きをしたのち、空中でとんぼを切って着地した。

「どうかな?」

「おお、いい感じだ。破れてないし、丈が短くなったおかげで動きも邪魔されない」

 駆け寄って感想を聞くと、彼は笑顔で腰のあたりをさすっている。

「良かった! じゃあそれを着て、ダンジョンでも問題ないか確かめてみてね」

「了解」

「何だ? 新しい下着をお前だけもらったのか?」

 いつの間にか近くにいたデキムスが、冷やかすように言った。

「ずるくね? 俺も欲しいんだが」

「お前は前のやつでも不便してなかっただろ」

 彼は言い返すが、だんだん集まってきた仲間の冒険者たちもはやし立てた。

「ずるい、ずるい。リディアの新作下着、俺らも欲しい」

 半分冗談、半分本気みたいな口調である。
 さすがに全員分の下着を作り直すとなると、かなりの手間だ。どうしようかな。

「分かった! みんなの下履き、もう一着作るよ」

 私が言うと歓声が上がった。

「さすがリディア! 太っ腹!」

「ただし!」

 彼らの声に負けないよう、私も大声を出す。

「もう一個、仕事に協力してね!」

 そう言われて、冒険者たちは顔を見合わせた。
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