61 / 86
第3章 魔物の絹と新しい服
61:難しいお年頃
しおりを挟むフェリクス夫人はつかつかと部屋に入ってくると、じろりと私を睨んだ。
「お前がリディアとかいう平民ですね。ネルヴァの事業に参加しているということですが、あたくしは信用していません。だいたい何ですか、あの踊り子の衣装は。奇をてらいすぎるにも程がある」
「エラトお姉ちゃん……エラトたちの衣装をご存知なのですか?」
私はつい聞いてしまった。この人が店まで行ったとは思えないんだけど。
彼女はますます目つきを険しくした。
「先日、我が家の晩餐会の余興に来たのです。所詮は踊り子、いくらおかしな服を着ていてもあたくしたちに関係はないと思っていたら、ドルシッラまで興味を持つ始末」
ドルシッラは首をすくめながらも、母から見えない角度でこっそり舌を出している。お茶目な人だ。
「ネルヴァの仕事に口は出せません。けれど娘の素行監視は母親の務めです。ドルシッラにおかしな話を吹き込む前に、さあ、帰りなさい!」
フェリクス夫人はドアを指し示した。
私は帰りかけて、ふと、まだ下着姿だったカリオラに気づいた。
「あの、フェリクスの奥様」
「何ですか」
ぎろりと睨まれた。
「今日は服ではなく下着を持ってきていまして。もしよければ見ていただけませんか?」
「見ません。お前、図々しいですね。いくらネルヴァの仕事に必要な人員であっても、無礼が過ぎれば追い出しますよ」
「このカリオラが着ている下着なんですけどぉ……」
それでもめげずに話を続ける私に、フェリクス夫人は心底呆れた顔になった。
「すみません、ごめんなさい、でも見ていただきたいんです。この下着はしっかりと胸を支える優れモノです。ドルシッラ様のようなお若い方はもちろん、ご夫人のように少し年かさの方にも大変良いものでして」
「お前。このあたくしが年増だと言いたいの?」
「いえいえいえ! とんでもない!」
フェリクス夫人は言葉ほどは怒っていない。まあ、既に成人した息子と来年結婚する娘を持つ母であれば、年かさだと言われたくらいじゃ怒らないか。
ドルシッラは私たちのやり取りを笑いをこらえる表情で見ていた。
「お母さま、話だけでも聞いてみてはいかがでしょう。その下着とやらは変わった形ですが、華美でも奇抜でもありませんし」
「はぁ……。まあ、この小娘は帰りそうにないものね。分かりました。手短になさい」
「ありがとうございます!」
私はドルシッラに頭を下げてから、改めてブラジャーを取り出した。
「胸の部分にパットを入れて肌触りを良くしています。そして下部分にワイヤーを通すことで、胸の形を美しく保ちながらしっかりと支えます」
着用しているカリオラに協力してもらいながら、構造を説明する。
さて、ここからは夫人の機嫌を損ねないように慎重に言葉を選ばないと。
「ぎゅっと上げてぐいっとお胸を寄せるので、脇に流れたお肉や下の方に来てしまったお肉もしっかりと形を整えられるんです!」
「……!」
フェリクス夫人の目の色が変わった。
彼女は年齢の割に美しい体型をしているが、それでもやはり若い娘のようにとはいかない。それなりに悩みもあるだろう。
「あの、お前。リディアでしたね。それはつまり、若い頃のように張りのある胸を取り戻せると……?」
「はい! パッドの厚さを調整すれば、ボリュームアップもできます」
「まあ、まあ……」
夫人はそわそわと手を握ったり閉じたりした。もうひと押しだ。
「ドルシッラ様、お若いうちからこの下着でお胸を整えておけば、お年を召した後も美しい形を保っていられますよ。ご夫人、お嬢様のためにもお一ついかがでしょう?」
難しいお年頃の夫人に「体型キープにどうですか」と正面から言う勇気はない。なのでドルシッラをダシに使ってみた。
これで娘を心配するという体で、彼女もブラジャーを手にできるだろう。
「わたくし、欲しいですわ!」
ドルシッラがちょっと棒読みで言った。さっきまで全然興味がなかったくせに、母親を取り込もうとして私と利害が一致したのだ。
二人でこっそり笑いあった後、私は真顔に戻って続ける。
「お二人さえ良ければ採寸をして、ぴったりのものを作ってまいります。この布はネルヴァ様の事業のために作った布。お二人にもぜひ試してもらいたくて」
「……そこまで言うのであれば、仕方ありませんね」
フェリクス夫人は渋々という顔で息を吐いた。けれど実は目線がブラジャーに釘付けなのである。
私はにっこり笑って、メジャー代わりの紐を取り出した。
ドルシッラとフェリクス夫人の採寸を終えた私は、丁重に挨拶をしてフェリクスのお屋敷から帰った。
向かう先はいつもの羊毛工房。
ここはもう職人の大半が新しい拠点へと移ってしまっているが、設備はまだ残っている。工房の所有者であるフルウィウスから、自由に使って良いとの許可を得た。
フルウィウスは自宅に帰り、ティトスとデキムス、カリオラがついてきてくれた。
「やったね、リディア。まさかフェリクスのご夫人とお嬢様から仕事をもらうなんて」
経緯を聞いたティトスが弾んだ声を出す。
「わたしは冷や冷やしたわ。機嫌の悪いお貴族様を前にして、図々しいことばかり言うから」
カリオラが肩をすくめた。デキムスは横で笑っている。
「ごめんごめん。でもチャンスだと思って。あのくらいの年齢の女性は悩みが多いもの」
私は前世の母を思い出した。四十歳を超えると体のトラブルがたくさん出ると言っていたっけ。
この古代世界では加齢による衰えは早めにやって来るだろう。その解決に手を貸せば、きっと信用してもらえるはず。
工房でブラジャーを作り始める。
若いドルシッラに関しては特に問題ない。冒険者より運動しないので、造りを繊細にしてつけ心地重視で行こう。
問題はフェリクス夫人だ。前世の母の言葉をよく思い出してみる。
『最近ブラジャーのサイズが合わなくて。年を取ると胸が下がってくるから、デコルテ(鎖骨の周辺)が痩せて見えるのよ』
『脇肉が増えたのよね……。おかげでサイドが食い込む』
久々に思い出した母の言葉がこんなんばっかりで、ちょっと申し訳ない。
まあそれはともかく、この辺がポイントだろうか。では、それらの解決を目指そう。
64
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!
犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。
そして夢をみた。
日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。
その顔を見て目が覚めた。
なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。
数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。
幼少期、最初はツラい状況が続きます。
作者都合のゆるふわご都合設定です。
日曜日以外、1日1話更新目指してます。
エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。
お楽しみ頂けたら幸いです。
***************
2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます!
100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!!
2024年9月9日 お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます!
200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!!
2025年1月6日 お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております!
ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします!
2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております!
こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!!
2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?!
なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!!
こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。
どうしよう、欲が出て来た?
…ショートショートとか書いてみようかな?
2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?!
欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい…
2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?!
どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~
ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。
休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。
啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。
異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。
これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる