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第3章 魔物の絹と新しい服
62:下着と戦略
しおりを挟む必要なのは下がってきた胸をしっかり支えて、脇に流れた肉もホールドすること。
となると脇肉対策で、カップの横側にワイヤーを追加しようか。
さらにブラのサイドは若い人向けよりも幅広に。布でも支える形にする。
パッドの形も工夫しよう。より密着してつけ心地がいいように、ふっくらとした形になるように。
何度か試作をしてカリオラに試してもらった。
よく考えたら若い彼女よりもっと年相応の人にモデルを頼んだ方が良かったかな? まあいいか。
そうして数回作り直して、納得できるものができあがった。
「よし、これでいい感じ!」
試作を繰り返したおかげで数日経過している。さっそくフェリクスのお屋敷まで持っていこう。
「いらっしゃい、リディア」
フェリクスのお家に行くと、ドルシッラが出迎えてくれた。今日はネルヴァは不在ということだった。
すぐにフェリクス夫人も出てきて、新作ブラジャーのお披露目会が始まる。
私の付き添いはカリオラだけだ。ティトスとデキムスにはお屋敷の別の部屋で待機してもらっている。
「まずはドルシッラ様のものをどうぞ」
私が差し出すと、彼女は目を丸くした。
「まあ……! お花の刺繍がしてあるわ」
少し時間がかかったのは、このせいもある。
可愛いものが大好きなドルシッラのために、前世のブラのような華やかな刺繍を施してみた。
「下着は外から見えないものですが、おしゃれも必要ですから」
「ええ、そのとおりですわ! それに薄絹のストラを着れば、薄っすらと見えますもの。なんて可愛らしいのかしら。さっそく身につけてみたいわ」
「お手伝いします」
ドルシッラのご立派な胸にブラをつける。若くてはちきれそうな体なので、軽く整えてやるだけできれいに収まった。
「あら。思ったよりも苦しくないのね」
「しっかりサイズを合わせてありますから。それに重さを分散して支えているので、負担も減っているはずです」
「本当。いつもはもっと重くて面倒なのに、楽です」
「どうぞ、歩いてみてください」
ドルシッラは部屋の中を少し歩いて、満足そうに笑った。
「運動はしないと言ったけれど、揺れなくて快適ですわ!」
「良かったです」
私たちがきゃいきゃいと言い合う横で、フェリクス夫人が焦れたように言い出した。
「次はあたくしの番ですね。リディア、やって頂戴な」
「はい、ただいま」
私は夫人用のブラを取り出した。こちらは刺繍なしのごくシンプルなデザインだった。
「あら……。あたくしのは刺繍がないのですか」
夫人は少しがっかりしたように言う。
「最初ですので、華美さを抑えてみました。ご希望とあれば次からいたします」
「まあ、いいわ。着けてみます」
着用を手伝う。
彼女の体型はだいたい事前の予想通りで、中年期に特有の悩みがいろいろと出ていた。重力に負けそうになっちゃうやつだ。
「ブラのカップにお胸を収めますね」
少し下向きのバストを手で支えてカップの中に入れ込む。脇に流れたお肉もきゅっと力を入れて、カップの中へ。
「そんなに引っ張ったら苦しい……いえ、苦しくないですね。収まりが良くてむしろ心地良い」
「脇の部分にワイヤーが入っているのですが、当たって痛くないですか?」
「平気です」
カップの中でお肉を整える。パットとしっかり密着させて、つけ心地がアップするように。
最後にホックを閉めて完成。
服を着たフェリクス夫人は、自分の胸を見下ろして目を見開いた。
「まあ、なんてこと! 丸くてきれいな形になっているわ……!」
重力に負けそうになっていた胸は今やしっかりと支えられて、若い娘のように高い位置で整っている。
寄せて上げてをきっちりやっているため、デコルテもふっくらして見える。
古代のシンプルな服だけに、バストラインが美しいと見栄えが何段もアップしていた。
「美しいだけではなく、ふわふわとつけ心地もいいのですね。あんなに肉を寄せるから、どうなることかと思っていたのに」
お肉かき集めてカップに詰める手法は、別にお年を召した方だけのものじゃない。
私も前世のコスプレ時代、脇から背中からとにかく肉を集めて集めてボリュームアップさせていた。
それでも足りないので分厚いパットを入れていた。
巨乳キャラなんかはと別に作ったパット……というか詰め物みたいの使うんだよね。ああなると元の大きさは関係ない。
――いや、そんなことはどうでもよろしい。
「しっかり形を整えておけば、今後も長く体型を保てます。若い方にも年上の方にもオススメなんです。ぜひご贔屓に」
「買います」
フェリクス夫人は即答した。
「あたくしの分とドルシッラの分、そうね、とりあえず十枚ずつ作りなさい。それぞれ違う刺繍も入れるのですよ。あぁ、どんな柄がいいかしら」
「お母さま、わたくしラベンダーが欲しいですわ。紫色で刺繍したらきっとかわいいもの」
「いいわね」
親子で楽しそうにしている。
フェリクス夫人は胸元に手を当てて、うっとりと言った。
「こんなにいいものですもの、お友達にも教えて差し上げなくては」
それからふと私を見る。その表情は思いのほか真剣で、私は内心で首を傾げた。
「リディア。これは武器になりますね」
「武器、ですか?」
「夫とネルヴァが大きな改革を目指しているのは、お前も知っているでしょう。そして他の元老院議員たちに強固に反対されているせいで、なかなか思うように進んでいないことも」
ドルシッラが得心したように頷いた。
「ええ、そうね。この下着はとてもいいものですわ。お友達のお嬢様、奥様にお披露目すれば皆が欲しがるでしょう」
「殿方同士は政敵でも、女の世界はまた違うのです。女には女の繋がりがあって、それは表に出ないけれど、時には家の動向を左右する」
フェリクス夫人に浮かれたところはもうなかった。大貴族の家を取り仕切る奥方として、冷静に事を見据えている目をしていた。
「リディア、このブラジャーというものはお前にしか作れないのですね?」
「はい。構造だけならば分解して分析すれば、真似はできるでしょうけど。この絹の布地は他では手に入りませんので」
普通の絹なら入手できるが、これは耐久性に優れた魔物の絹だ。洗濯の手間などを考えれば代替は効かない。
「では、このブラジャーを手に入れるためには、フェリクスに頼む必要がある。あたくしたちの影響力が女たちを通じて強まっていく」
「……!」
下着を通して各有力家に影響力が強まれば、結果としてフェリクス家の味方が増える。
家父長制で女性の立場が低いこの国だけれど、一家の母は尊敬されている場合が多い。その母親を中心に取り込んでいけば、政敵を減らすことも不可能じゃない。陰ながらネルヴァの政策を後押しできる!
「私、頑張ります! デザインも機能性ももっといいのを作って、女性たちを虜にできるように!」
「ええ、そうして頂戴。あたくしとドルシッラは、社交の場にこれを持っていきますから」
ゆったりと微笑んだフェリクス夫人は、さすがに大貴族の奥方。貫禄があった。
仕事がさらに増えてしまったけれど、やるだけやらねば。
ドルシッラがにっこり笑う。
「ねえリディア、下着もいいけれど、わたくしの頼みも忘れないでね?」
「は、はい。ドルシッラ様の可愛い服も作りますとも」
だいぶオーバーワークだが、ええい、ままよ!
フェリクス夫人はちょっと苦い顔をしているけれど、強くは反対しない。私を認めてくれたのだと思えば、とても嬉しかった。
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