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修羅場
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田舎生まれで田舎育ちの四十五歳、独身女。
職場からの帰宅途中に心臓発作を起こして呆気なく死んだ。
その日は38℃の猛暑で私は全身汗だく、化粧もヨレヨレで冷えぺタをおでこに貼ったまま倒れた。
死ぬ瞬間思ったことは──
ああああっ、どうせ死ぬなら冷えぺタ剥がしてシャワーを浴びさせてちょうだい! あとビールを一杯だけ!
なんともしょうもない事ではあったが、汗臭くて汚い身体を他人に見られるのがどうしても嫌だったのだ。
下着は上下セットになってない。
しかもパンツのゴムが伸びきってるやつだったし。
あれとかこれとか家にも見られたくないものがあるのに!
もう死んでどうしようもないとわかっていながら、この世に未練たらたらで嘆きまくってわぁーわぁー騒いでいた私。まぁ騒ぐ原因のほとんどがくだらないものばかりだった為、天界で出会った神様と天使様は呆れ返って問答無用の転生とされた。
こうして私は転生したのだが、そこには愛憎渦巻く不倫ドラマのような修羅場が豪華できらびやかな一室で繰り広げられていた。
まだほんの数分前に生まれたばかりだった私は自分が赤ん坊になっているとか、前世の記憶が残ったままだとか、身体がベタベタに汚れてるとか、そんなこと気にする余裕もないほど驚くことになった。そのあまりの衝撃に産声をあげるのも忘れて、目の前の光景を見入ってしまう。
どうやら生まれてきた私が紫色の瞳だったことが問題らしく、揉めに揉めていた。
揉めてる男女二人はジェラルド王国の王太子夫婦。王太子ライナスと王太子妃レティシアなのだが、喧嘩の原因はレティシアが他国の王家血縁者と不貞をしてしまい、不義の子が生まれてしまったというのだ。……えっ、それって私のことだよね!?
紫瞳はウルテミア王族の血を引く証で、レティシアが不貞をしたのは明白であり、本人もあっさりと認めていた。
今回の妊娠は王太子夫妻の身近な者達以外は真実を知らないらしく、とりあえず出産させて周囲には残念ながら死産だったと説明する計画だったみたい。王家の醜聞を隠しきる為、生まれてきた子供は孤児院に入れたり、国外に捨てたりしようとライナスは考えていた。……それなのに生まれてきたのは扱いに困る友好国王家の血を引く子だったから計画に問題が生じた。ライナスは赤ん坊をどうするべきか、頭を抱えていた。そんな姿にレティシアは──
「あはははははっ、ライナスのそんな顔が見れるなんて命懸けでこの子を産んだ甲斐があったわ。どう? 私が考えた渾身の復讐は……気に入ってくれたかしら」
「なっ、お前まさか……わざとウルテミア王族の血縁者を不貞相手に選んだのか!?」
「当然でしょ。どうすればライナスにより多くの苦痛と屈辱が与えられるか考えて考えて選んだのよ。貴方が全てを失うようにね」
「いったい何する気だ。……お前が緑の乙女であろうとその子はジェラルド王家には入れられないぞ。何が望みだ」
「望み? そうね……貴方が永遠に幸せにならないで、苦しみ続けることかしら。ふふっ、私はもしもこの子が孤児院に捨てられたり、殺されちゃったりしたら、とっても悲しくてウルテミア王国に全てを話しちゃうかも。私が産んだウルテミア王族の血を引く子がジェラルド王国に殺されたって」
「しょ、正気か!? そんなことをしたら戦争が起きるぞ!」
「えぇ、そうかもしれないわね。でもそれがなに? 貴方がこの子を生かし、自分の罪を忘れず私の意思に従ってくれれば私は口をつぐみ、今まで通り周囲が望む心優しき緑の乙女で、ジェラルド王国の王太子妃でいてあげるわ」
「罪だと!?」
ライナスは自分の罪がなんなのか理解していない様子。
不愉快そうに眉を歪めていた。
そんな姿にレティシアの冷たい視線が貫く。
「あれだけのことをやらかしておいて罪悪感ひとつないなんて、どれだけ図太い神経してるのかしら」
「俺が何をしたというんだ」
「何をですって? 婚約時にした私との約束を破って、初夜を放棄して元婚約者の所に行ったのは? 夫婦の義務を果たそうと私が何度も夜の誘いをしたのに拒絶したわね。夫婦の寝室にライナスが来たことはあるのかしら。私を王座に就く為の道具にしたくせにフィアナと結婚出来なかったのは私のせいだと責めたてて、挙句の果てに私を "お飾りの王太子妃" と呼び嘲笑ったことを恨んでないと?」
「っ……そ、そのくらい……」
「ふふっ……そのくらい? 三年間、子を身籠れなかった妃は子を宿せない欠落品と認識される。それを狙ってフィアナを側妃にする計画を練っていたのがそのくらいだと?」
「…………」
「ねぇどうして私がここまでされても全てを受け入れて許すと思ったの? 女は男の決定に従い従順でいるのが正しいから? 自分はライナス・ジェラルドだからそのくらいしても許されると思っちゃったの? ……あははっ、ほんとライナスってほんとバカよね。身勝手で傲慢な思考回路がここまでくると笑えてくる。ふふふっ」
「何だと! お前さっきから何様のつもりだ!」
「はぁ? ジェラルド王国王太子妃にして、この世界で誰よりも尊い存在の緑の乙女様ですけど? お望みでしたら離縁してこの国から出ていっても構わないけど……離縁します?」
「くっ……」
「ま、無理よね。そんなことしたら王太子降ろされちゃうものね。今でさえ陛下からの心象最悪なのに私を怒らせて離縁されたとなればもう…ね。ふふふっ」
……怖っ。レティシアめっちゃ黒いんですけど。
元々はライナスがクズだけど、レティシアのやり方もえげつなさすぎる。え、それで私ってどうなるの!? 唯一わかってる血縁者の母親が私を復讐の道具だって言ってるんですけど……詰んでない私の人生?
その後もレティシアとライナスの修羅場は激しく続き、私は赤ん坊の貪欲な睡眠欲に負けて気がついたら意識を暗転させてた。
そして次に目覚めると、小さな小さな赤ん坊は薄暗い塔の中に幽閉されてましたとさ。……なんでだあああああ!?
職場からの帰宅途中に心臓発作を起こして呆気なく死んだ。
その日は38℃の猛暑で私は全身汗だく、化粧もヨレヨレで冷えぺタをおでこに貼ったまま倒れた。
死ぬ瞬間思ったことは──
ああああっ、どうせ死ぬなら冷えぺタ剥がしてシャワーを浴びさせてちょうだい! あとビールを一杯だけ!
なんともしょうもない事ではあったが、汗臭くて汚い身体を他人に見られるのがどうしても嫌だったのだ。
下着は上下セットになってない。
しかもパンツのゴムが伸びきってるやつだったし。
あれとかこれとか家にも見られたくないものがあるのに!
もう死んでどうしようもないとわかっていながら、この世に未練たらたらで嘆きまくってわぁーわぁー騒いでいた私。まぁ騒ぐ原因のほとんどがくだらないものばかりだった為、天界で出会った神様と天使様は呆れ返って問答無用の転生とされた。
こうして私は転生したのだが、そこには愛憎渦巻く不倫ドラマのような修羅場が豪華できらびやかな一室で繰り広げられていた。
まだほんの数分前に生まれたばかりだった私は自分が赤ん坊になっているとか、前世の記憶が残ったままだとか、身体がベタベタに汚れてるとか、そんなこと気にする余裕もないほど驚くことになった。そのあまりの衝撃に産声をあげるのも忘れて、目の前の光景を見入ってしまう。
どうやら生まれてきた私が紫色の瞳だったことが問題らしく、揉めに揉めていた。
揉めてる男女二人はジェラルド王国の王太子夫婦。王太子ライナスと王太子妃レティシアなのだが、喧嘩の原因はレティシアが他国の王家血縁者と不貞をしてしまい、不義の子が生まれてしまったというのだ。……えっ、それって私のことだよね!?
紫瞳はウルテミア王族の血を引く証で、レティシアが不貞をしたのは明白であり、本人もあっさりと認めていた。
今回の妊娠は王太子夫妻の身近な者達以外は真実を知らないらしく、とりあえず出産させて周囲には残念ながら死産だったと説明する計画だったみたい。王家の醜聞を隠しきる為、生まれてきた子供は孤児院に入れたり、国外に捨てたりしようとライナスは考えていた。……それなのに生まれてきたのは扱いに困る友好国王家の血を引く子だったから計画に問題が生じた。ライナスは赤ん坊をどうするべきか、頭を抱えていた。そんな姿にレティシアは──
「あはははははっ、ライナスのそんな顔が見れるなんて命懸けでこの子を産んだ甲斐があったわ。どう? 私が考えた渾身の復讐は……気に入ってくれたかしら」
「なっ、お前まさか……わざとウルテミア王族の血縁者を不貞相手に選んだのか!?」
「当然でしょ。どうすればライナスにより多くの苦痛と屈辱が与えられるか考えて考えて選んだのよ。貴方が全てを失うようにね」
「いったい何する気だ。……お前が緑の乙女であろうとその子はジェラルド王家には入れられないぞ。何が望みだ」
「望み? そうね……貴方が永遠に幸せにならないで、苦しみ続けることかしら。ふふっ、私はもしもこの子が孤児院に捨てられたり、殺されちゃったりしたら、とっても悲しくてウルテミア王国に全てを話しちゃうかも。私が産んだウルテミア王族の血を引く子がジェラルド王国に殺されたって」
「しょ、正気か!? そんなことをしたら戦争が起きるぞ!」
「えぇ、そうかもしれないわね。でもそれがなに? 貴方がこの子を生かし、自分の罪を忘れず私の意思に従ってくれれば私は口をつぐみ、今まで通り周囲が望む心優しき緑の乙女で、ジェラルド王国の王太子妃でいてあげるわ」
「罪だと!?」
ライナスは自分の罪がなんなのか理解していない様子。
不愉快そうに眉を歪めていた。
そんな姿にレティシアの冷たい視線が貫く。
「あれだけのことをやらかしておいて罪悪感ひとつないなんて、どれだけ図太い神経してるのかしら」
「俺が何をしたというんだ」
「何をですって? 婚約時にした私との約束を破って、初夜を放棄して元婚約者の所に行ったのは? 夫婦の義務を果たそうと私が何度も夜の誘いをしたのに拒絶したわね。夫婦の寝室にライナスが来たことはあるのかしら。私を王座に就く為の道具にしたくせにフィアナと結婚出来なかったのは私のせいだと責めたてて、挙句の果てに私を "お飾りの王太子妃" と呼び嘲笑ったことを恨んでないと?」
「っ……そ、そのくらい……」
「ふふっ……そのくらい? 三年間、子を身籠れなかった妃は子を宿せない欠落品と認識される。それを狙ってフィアナを側妃にする計画を練っていたのがそのくらいだと?」
「…………」
「ねぇどうして私がここまでされても全てを受け入れて許すと思ったの? 女は男の決定に従い従順でいるのが正しいから? 自分はライナス・ジェラルドだからそのくらいしても許されると思っちゃったの? ……あははっ、ほんとライナスってほんとバカよね。身勝手で傲慢な思考回路がここまでくると笑えてくる。ふふふっ」
「何だと! お前さっきから何様のつもりだ!」
「はぁ? ジェラルド王国王太子妃にして、この世界で誰よりも尊い存在の緑の乙女様ですけど? お望みでしたら離縁してこの国から出ていっても構わないけど……離縁します?」
「くっ……」
「ま、無理よね。そんなことしたら王太子降ろされちゃうものね。今でさえ陛下からの心象最悪なのに私を怒らせて離縁されたとなればもう…ね。ふふふっ」
……怖っ。レティシアめっちゃ黒いんですけど。
元々はライナスがクズだけど、レティシアのやり方もえげつなさすぎる。え、それで私ってどうなるの!? 唯一わかってる血縁者の母親が私を復讐の道具だって言ってるんですけど……詰んでない私の人生?
その後もレティシアとライナスの修羅場は激しく続き、私は赤ん坊の貪欲な睡眠欲に負けて気がついたら意識を暗転させてた。
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