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母上の愛

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「・・・・・・・・・」

思っていたより心穏やかに手紙を読めた。

父と叔父上の関係がそこまで悪かったとは・・それも父の一方的な嫉妬・・・そして猜疑心のせいで・・・

それに母上が私に名をつけていたとは・・・
オリヴィアか・・・

私にとって母上は父に決して逆らえない、美しく人形のような人だった。

常に悲しそうに微笑みながら私と目を合わせようとしなかった母上・・・

嫌われていると思っていたが・・・
まさか私を助けようとしていたなんて・・・

思いもよらなかった真実に胸が一杯となり王城にいる母上を想い、瞳を閉じた。

すると側にいた師匠は何も言わずに私の手首にとり、手首に着いていた魔力封じの枷を外してくれた。

ガシャン・・・

「・・・え・・・どうして・・・」

「王妃様からの贈り物の中に枷を外す鍵が入っていたのじゃ。お前が逃げ出せた時に外せるようにとな・・・」

「は、母上が・・・」

「そうじゃよ・・・他にも金品や洋服、そして高価な魔道具までも入っておったわ。
・・・ここまで揃えるのにどのくらいの時間と金がかかったのだろうな?」

目の前には数年は困らず生きていけるだけの金や宝石、男者の服、そして女者の服まであった。更には王子であった時でさえ、使った事のない最高ランクの魔道具が5つもあった。

最高ランク魔道具・・・それは各国の王家に一つあれば良いと言われる程の秘宝だ。

我が王家にも一つしかない・・・国王陛下が常に身に付けている毒素無効のネックレスがそうだ。他のランクの物とはまるで違い、未知な毒や、毒に成り得る薬を解毒する。常に暗殺の危機が付きまとう王族にとっては奇跡のような魔道具だ。

そんな貴重な魔道具をどうやって・・・
お母様の実家であるイルディーナ侯爵家は孫の私が女である事は知らない筈だ。
だからこの件で頼る事なんて出来ないだろう。

「王妃様はお前さんが生まれた日から密かに魔道具を集め始めたのじゃ・・・王に隠れてな」

王家が手に入れるのも大変な魔道具を5つなんて・・・

話を聞いてみると・・・母上は動けない自分の代わりに、師匠や叔父上や色んな人に頭を下げて動いてもらったらしい。

基本的に高ランク魔道具はダンジョンの奥深くに眠っている事が多い。だが其処に辿り着ける者達の数が少ない為、出回らないのだ。

だからこの国だけでなく、他国の商人達、そして多くの冒険者へと声をかけたらしい。

だが初めの数年は最高ランクだけでなく、高ランクの魔道具の情報すら入ってこない状況だったらしい。そんな時、この国でかなり名が知れていたSランク冒険者ティエモが貴族とトラブルになっているという噂が流れた。

調べてみるとティエモの恋人(飲食店経営者)が伯爵家の妾として狙われているようだった。

伯爵家は店を潰すと脅したり、ティエモが居ない時を狙って直接やって来る事もあった。ティエモの恋人の店が貴族に嫌がらせされているのに周囲はすぐ気づいた。皆同情的だったが、貴族に目をつけられた店に通う者はそう多くはない。店から段々と客足が遠退き、精神的にも限界になっていったティエモの恋人。ティエモも平民ゆえに武力以外に頼れる物などなく、貴族相手に恋人を守る手段が見つけられず困り果てていた。

母上はその情報を聞き、何とか利用できないものかと考えたらしい・・・
自分が直接貴族の相手をする訳にもいかず、大公や案外有名な師匠にも頼む訳にはいかなかった。そこで母上は人を介して秘密裏にティエモにだけ名を明かして約束事を取り付けた・・・

『ティエモがこの先最高ランクの魔道具を手に入れた時は情報を流して必要とあれば交渉に応じる事。』

母上は決して無理にダンジョンに潜らせる事はしないし、交渉も公平に進める。奪い取る真似は絶対にしない。と伝えたそうだ。

ティエモはこの甘過ぎる話にすぐさま飛び付いた。愛する恋人を守る手があるのならすがりたいと・・・。

そして母上は社交界にひっそりと小さな噂を流した・・・
『ある伯爵家が平民の女を妾にする為に下町で卑劣な真似を興じている』

貴族の醜聞は噂はあっと言う間に広がり、どこの者かも、特定されていった。・・・そして噂は王妃のお茶会まで広がってきた。其処にはあの伯爵家の夫人もやって来ていた。そこであの噂の話題が出た。王妃(母上)は普段微笑むだけで、辛辣な言葉など言わない方だ・・・それなのに「嫌ですわ・・・何て品性のない方なの。民の生活をなんだと考えているのかしら・・」と呟き表情には嫌悪感が滲んでいたという。

そこからは王妃に嫌われてはならないと、そのお茶会に参加していた夫人方が同調して伯爵を責め立てた・・・

「ええ。私もそう思いますわ・・・王妃様。」
「私もです・・・あれはやり過ぎですわ。」
「貴族の男ですもの・・・愛人を囲うのはあるとは思いますわ。でも無理矢理・・・しかも平民を相手に脅迫や嫌がらせをするなんて、どのような方なのかしら・・・。貴族としてのプライドはないのかしら・・・」
「本当ですわね・・・」

その場の空気が変わり・・・噂の矛先が伯爵家に向いたのがわかった。

伯爵夫人はお茶会の最中ずっと顔を青ざめており、お茶会が終わると足早に帰っていった。そして伯爵家で何が起こったのかはわからないが、ティエモの恋人や店にはその日から脅しや嫌がらせはピタリと止まった。

そして伯爵家は噂が消える時までひっそりと暮らす事となったそうだ・・・




母上・・・凄ッ。
案外策略とかもいけるんだ・・・
社交界で生きているだけの事あるな・・・

やっぱり弱いだけの人が王妃な訳ないよね・・



そして母上に危ない所を助けてもらったティエモは母上にそれはもう絶大なる信頼と感謝を寄せるようになった。顔は1度も合わせた事はなかったが、人を介して連絡を取り合うようになった2人。

母上もその信頼に答えようと、魔道具を集めている理由を話した。まあ、王家の機密になるので具体的な内容は言わなかったが、愛する者の為に秘密裏に魔道具を集めている事を伝えた。決して悪事に使う事はないし、事が済んで返せるのなら返却も考えると・・・

母上のその熱意に何かを感じたのか、ティエモは積極的にダンジョンへと潜るようになった。更には同じSランク冒険者にも話を持っていってくれたらしい。

そうやって冒険者達との繋がりを得て母上は人を介しての交渉で最高ランクの魔道具5個を手にいれた。(期間限定の物もあるらしい)

「王妃様はそれは地道に人脈を作り続けていた。陛下にバレぬようにひっそりと・・・。そしてティエモにはこんな話もしていたぞ・・・いつか冒険者ギルドにオリヴィアと名乗る者が現れて困っていたら助けてやってほしい。とな・・・」

母上がそんな昔から私の為に動いてくれていたなんて・・・しかも私がもし王家から逃げ出す事になっても困らないように冒険者の方にまで声をかけてくれてたなんて・・・

生まれてから15年間味わった事のない愛情を今、一身に受けている気分だった。

母上・・・ありがとうございます。

「・・・あの方は自分では動けない変わりに、多くの者達をそなたの守護者へと変えていったのじゃ・・・そしてそんな王妃様の行動やそなたの王子になろうと努力する姿がセドリック様を動かしたのじゃ。」



え・・・・・・叔父上?
一体何の事・・・?



師匠が神妙な面持ちで語った事は私が思っていた以上にこの国を揺るがす計画だった・・・



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