兄に恋した

桜海 ゆう

文字の大きさ
9 / 44

第9話 崩壊

しおりを挟む

    大学を卒業と同時に、さやかは実家を出た。

    新卒で、大学生時代に貯めたバイトのお金の貯金でアパートを借り、生活するのは大変だったが、エリと学生結婚をして実家を出た兄のいない家は、とにかく冷めきった。

   兄ミタカは、ミタカの父親も猫可愛がりする程の一人息子で、さやかの母親も息子と言う新しい存在にひたすら喜んでいた。

  
  しかし、その不倫の末に出来た家庭は兄ミタカと言う存在があってこそ「家族」と言う形を保っていた。

  兄ミタカが、2歳年上のエリと20歳で学生結婚して、家を出ると言い出し、その「家族」はあっと言う間に、形を崩す。

  それは兄ミタカがまるで、今まで崩れかけていたダムの崩壊を塞き止めていた壁のように。


   朗らかにみえた父親は兄ミタカに大学を卒業するまでは、結婚を認めないと怒鳴りだし、さやかの母親は、ただただ怯え、うろたえ、時には父親と兄ミタカの喧嘩にヒステリーまで起こすようになった。

    高校生のさやかは、愕然とする。

  優しく穏和な独りで死んでいったさやかの父親を捨ててまで、母親が手に入れた家庭は、こんなにも脆く、崩れた。

    兄ミタカは、結局押しきるように家を出て、エリと結婚し、アルバイトを掛け持ちしながら大学の費用と生活費を稼いだ。


   家では、再婚当初は仲の良かった両親も話さなくなる。

   父親は帰ってくると毎日のように「ミタカは帰ってきたか?連絡はあったか?」と苛立ちながらさやかの母親に聞いては、母親の返事によって、不機嫌になったりご機嫌になったりする毎日。


  母親は兄ミタカから「元気にしている」と電話があれば父親に報告出来るとご機嫌になり、連絡がないと、さやかが高校から帰って来ても、一言も話さない程、不機嫌になる毎日だった。

  兄ミタカと言う子供の存在は、台風よりも、家の中を不安定にする存在であり、さやかの存在なんてものは、台風に抗うビニール傘より脆い存在だと知った。

  どこでも良いから、この兄ミタカのいない家を出たい、なんなら、独りで亡くなった父親のもとに逝きたいとすら、さやかは思い詰めた。

  そんな時、兄ミタカから電話がさやかに直接あった。

   「家の中、めちゃくちゃだろ?」
低く、暗い兄の初めて聞く声だった。

    さやかは、その時、兄ミタカがこうなる事を最初から知っていた事を知る。

    「母さんが・・・その、俺の実の母さんと父さんが別れる話をした時に、父さんの不倫を知ったんだ」

   兄ミタカが、中学三年生の時だったと言う。

 「俺の母さんは、家庭が複雑でやっと手に入れた家庭が父さんの不倫で壊れる事を知って、不倫したままでもいいから、俺と母さんと父さん三人で家族としていてくれと毎日泣いて頼んだけど、父さんは俺まで連れて母さんと離婚した」

   さやかが初めて聞く兄ミタカの家の話だった。

  「その後、母さんの気持ちが不安定になって精神科の病院に入院したまま、今も退院出来てない。それを、父さんもさやかの母さんも知ってる上で、結婚してる」

  
  「俺は、母さんが苦労した事も今も辛い事も知っていて、それを知った上で平気な顔して再婚した父さんもさやかの母さんも許せなくて、家族を壊したかった」兄ミタカは、声を絞り出すようにさやかに告白した。


   本当に、ごめん。

   兄ミタカからきた電話は、兄が大学を卒業するまでに、それが最初で最後だった。

    



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

処理中です...