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第12話 傾倒
しおりを挟む「ばあばに、あいたい」
2歳になる華が、少し話し始めると、さやかにとって1番気持ちが重たくなる言葉だった。
ばあばとは、石田のサバサバしたさやかの義理の両親ではなく、さやかの実の母親だ。
実家には、不妊様の兄ミタカの妻エリがさやかの母親と話が合い、週3のパート以外は、土日すら滞在している。
さやかの母親も、不倫の末の再婚相手の兄ミタカの父親と冷めた仲になってから、意気投合する兄ミタカの妻、エリに傾倒している。
石田の両親は、石田の姉夫婦と孫と暮らしているため、さやかに対しては、もともとサバサバしてさやかには甘かったが、華が産まれてから尚更、甘くなり、いつも気をつかってくれた。
バスで隣街の実家には、年末に石田と一緒に華を連れて会いに行くだけだった。
さやかの事情を知っている石田は、さやかの母親に対しては上手く受け流し、再婚相手の父親には社交辞令でかわしている。
兄ミタカに対しては「お義兄さん」妻のエリには「お義姉さん」と言い、その場その場で話を合わせていた。
娘の華はさやかの両親を実の祖父母と疑わず「ばあば」「じいじ」と言って懐いていたが、明らかに、兄ミタカの妻エリは、華を邪険にしていた。
華が2歳の時、初めて兄ミタカと妻エリに年末、さやかの実家で会った時だった。
「おじすん、おばすん、こんばんは」
華は、まだ「さん」が言えず、それでも頑張って挨拶をした。
「おばさんじゃないわよっ!」その瞬間、エリの形相が一気に変わり、華を睨みつけた。
「うわあああん!うあああ!おかあすん!うあああ!」エリのヒステリックなまでの暴言に、華は大声をあげながら泣き、みんながそろっていたリビングは空気が凍てついた。
確かに、エリはまだ「おばさん」の年齢ではないが、華にとっては叔母さんだ。
さやかのスカートにしがみつき、ワンワン泣く華を慰めながら、さやかは華を強く抱き締めた。
「華ちゃん、ごめんね。華ちゃんは、何にも悪いことしてないから、泣かないで」
兄ミタカが、慌てて華を慰めたが、華の泣き声にかきけされた。
「うるさいわね!黙らせてよ!さやかさん!」 とても子供が欲しい人とは思えないような捨て台詞で、エリは台所に行ってしまう。
さやかは、ただただ華を抱き締めていたが、横にいた石田は、明らかにエリの背中を睨み付け、兄ミタカには軽蔑の視線を送った。
さやかは、さすがに戸惑っている兄ミタカの父親ではなく、実の母親に視線を送る。
母親は、台所に行ってしまったエリの背中を目を細め、不安そうに見ていたが、さやかの視線に気がついた。
「華ちゃんを黙らせてちょうだい、少し泣きすぎよ、あなたと似て神経質なんじゃないの?エリさんだって、若いのにおばさん呼ばわりされたら、不機嫌にもなるわよ。華ちゃんには、今度からエリお姉ちゃんと呼ばせなさい!」
母親の口から出た言葉に、さやかの思考も心も凍てつき、自分の体からどんどん体温が下がり、さやかにしがみつき、泣きじゃくる華の熱い体の熱だけが、伝わる。
傾倒している。
母親は、兄ミタカの次に自分にとって、頼れるエリに傾倒している。
「帰ろう」
石田が一言だけ言うと、華を抱っこし、呆然としているさやかの腕をとり歩きだした。
さやかの母親は、振り返りもせずにエリのいる台所に走った。
「お義父さん、お義兄さん、今日はこれで失礼します」
石田が言うと、父親と兄ミタカは動揺しながらも3人を見送ってくれた。
あれから華は、実家で兄ミタカの妻に出くわすと「エリお姉ちゃん」と呼ぶ。
さやかが無理に呼ばなくても言いんだよと言っても「ばあばに、あいたいから」と言って2歳の華が、我慢するのを見るのは辛すぎた。
誰かが誰かに傾倒すると、他の誰かが倒される。
あれから、さやかは出来るだけ兄ミタカの妻エリが週3のパートの日を選んで、華を連れて実母に会いに行く。
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