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第15話 渇望
しおりを挟む母さんの心が、壊れる。
佐藤ミタカが、中学3年の夏に思った事だ。
人の中心に軸がまっすぐ見えるとしたら、母さんは、その軸から徐々に、徐々にずれていく感じで、ミタカは怖かった。
親父に、誰か母さんよりも自分よりも大切な人がいる。中学生のミタカでも分かった。
それは、ザラザラした感触なのに、やたら心にこびりついては離れない粘着力のある感情だった。
せめて、自分が成人していたら、自分で自立して壊れていく母さんを親父から引き離して守れる。
現実は、親父に、ミタカに追いすがり泣く母さんから引き離される無力な自分がいるだけだった。絶望だけだった。
「ミタカは、私の子供なのよ!私の大切な子供なのよ!」
ミタカが17歳の夏休み、親父が母さんの心が壊れ、精神科に強制入院させる前日、いつの間にか母親より背の高くなったミタカを抱きすくめ、母さんが親父に最後に泣きながら懇願した言葉は、35歳になった今でも脳裏から離れない。
その後は、あっという間に「ミタカの新しいお母さんと妹だよ」と親父に紹介されたのは、母親のヨキナよりもきつそうな性格で、親父との距離を詰めるために、ミタカと仲良くなろうとする下心でいっぱいの女がいた。
「新しい」自分を産んで育ててくれた母親に、「新しい」も「古い」もあるのかよ、ミタカは心の中で毒を吐く。
早く高校に生きながら、時間のある限りバイトを詰め込み、この家を出たい。ミタカの気持ちは、その一心だった。
「新しい」母親の横にいた、「新しい」妹を見た瞬間、ミタカは動揺した。
親父とミタカにヘラヘラと媚を売っている「新しい」母親の後ろで、10歳の女の子がぽろぽろと涙を流しているのだ。
「さやかちゃん、泣いてますよ?」
ミタカが初めまして「新しい母親」に話しかけた言葉だ。
さやかの母親は、めんどくさそうにさやかを見ると、頭を雑に撫でてミタカを見た。
「昔から、引っ込み思案なの、さやかは。それより、高校生のお母さんになれるなんて、嬉しいわ」
そう言って、さやかの母親は笑った。兄ミタカは、父親が自分の母親ヨキナを見捨てた時のような、ザラザラしてるのに粘着力のある気持ちから逃げられなくなった。
「さやかちゃんは、お兄さんなんていなかったから、少し驚いちゃったのかな?」
そう言って、兄ミタカの横にいる父親は、笑った。
違う。この子は、「新しい」不自然な家族に恐怖しているのだ、自分が守ってあげなければ、母親のように、見えない軸からずれていってしまう。
それが、兄ミタカのさやかの第一印象だった。
さやかとあまり話さない毎日が続き、ある日、高校が午前授業の日があり、兄ミタカはバイトを休み、さやかをリビングのソファーで、待つことにした。
なかなか帰ってこないさやかを心配したが、夕方に独りで帰ってきた。あまり怖がらせないように話しかけた。
「さやかちゃん、初めまして。佐藤ミタカです。あ、君も佐藤か・・・」
自分が何を言っているのか分からなかった。最初に見た時は、さやかは大人しいだけの子供に見えていた。
だが、夕日のオレンジ色に染まるさやかは、儚げで、瞳は悲しそうに揺れていた。何を言って良いのか分からず、ミタカはその場を去って、自室に入った。
母さんと同じように、あの子も守れたら。
兄ミタカは、それは保護する気持ちではなく、後々、恋だと気がつく。
母さんの心が壊れ、自分は無力で、「新しい」家族はまるでお道具箱に入っている粘土で作られた偽物だ。
自分が自分でいるために、ミタカは自分を守るためにも、この「新しい」家で、さやかだけでも守る事を渇望した。
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