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第1章:ルーク・サーベリーの帰還

第22話:模擬戦

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「……わかった。まずは君の腕を見てみようじゃないか。判断するのはそれからにしよう」

 ウィルフレッド卿が頷いた。

「ありがとうございます」

「ルーク!それにお父様も!」

 アルマが抗議の声を上げる。

「大丈夫だよアルマ」

 ルークがアルマの耳元で囁く。

「どうやら御父上はどうあっても行く気らしい。だったら僕に御父上を守らせてくれないか?必ず無事に帰ってくるから」

「でも……」

「大丈夫。こう見えても師匠の下で何度もダンジョン攻略はしてるんだよ」

 ルークはアルマに軽くウインクをするとウィルフレッド卿についていった。




    ◆




 屋敷の裏手は修練場になっており、ランパート領の衛士たちが稽古に励んでいた。

 ウィルフレッド卿の言う通り、すぐにでもダンジョン攻略に行く様子だ。

「タイロン、タイロンはいるか!」

「は、こちらに」

 ウィルフレッド卿の言葉に1人の衛士が駆け寄ってきた。

 ルークよりも頭1つ高いがっしりとした男で、頬に刀傷が走っている。

「この男はタイロン、衛士隊長を務めている魔法騎士だ。タイロン、こちらはルーク、我が娘の友人だ。今からこの者と模擬戦をしてもらえないか?」

「模擬戦……ですか?」

 タイロンと呼ばれた男はルークを見下ろしながら怪訝な顔をした。

 ルークはけして小男ではないが痩せ型でとても戦闘をするようには見えない。

 なぜ自分がそんな男と戦わねばならないのか、そんな表情だった。

「これは彼たっての望みなのだ。少し付き合ってやってくれ」

「はあ……」

 尚も釈然としない声でタイロンが頷く。

「それではこれより模擬戦を始めるとしよう。武器は練習用の模造武器を使うこと、魔法の使用はありで相手が戦意を喪失するか私が止めと言えばそこで終了、それでよいかな?」

「結構です」

 ルークはそう言うと近くに立てかけてあった木剣を手に取った。

 対するタイロンはこれまた同じように木で出来た巨大な戦斧を構えている。

 刃が付いていないとはいえ触れただけで吹き飛びそうな迫力だ。

「言っておくが模擬戦ではあっても怪我をしない保証はないぞ。お嬢様の友人に怪我をさせたくはない、身の危険を感じたらすぐに降参することを勧めておく」

「ご忠告ありがとうございます」

 タイロンの言葉にルークは微笑んで剣を構えた。

「ルーク、気をつけてね?」

「大丈夫、すぐに終わるから」

 心配するアルマに笑顔で答えるルーク。

 それを見てタイロンは諦めたようにため息をついた。

 どうやらこのお坊ちゃまは戦いが何なのかを全く知らないらしい。

 これは怪我をせずに決着を付けることに苦労することになりそうだ……だがいい、これも主人であるウィルフレッド卿からの命令、自分はそれをこなすしかないだろう。

 タイロンは軽く肩をすくませると戦斧を構えた。


「はじめ!」

 ウィルフレッド卿の合図と共にルーク対タイロンの模擬戦が始まった。


「むっ?」

 始まってすぐにタイロンは違和感に気付いた。

 このルークという男、無造作に剣を構えているように見えるがその実まったく隙が見えない。

 タイロンは魔法騎士として15年生き抜いてきた。

 それは単純に強いとか魔法が上手いからできることではないと思っている。

 生き延びるのに必要なのは強さではなく危険を感知して回避する能力だとこの15年間で学んでいた。

 そのタイロンの危機感知が切り払っても突いても切り下しても全ていなされるイメージしか送ってこない。

「むむむっ」

 予想外のことにタイロンは攻めあぐねていた。

「タイロン隊長!どうしたんですか!」

「そんな優男さっさと倒しちゃってくださいよ!」

 横で見ている部下たちが野次を送ってくるが、それでもタイロンは動けないでいた。

 とはいうもののいつまでも攻めずにいるわけにもいかない。

火炎弾ファイアボール!!」

 タイロンの左手から火炎弾が発射された。

「うそ!いきなり固有魔法!」

「ちょ、それはやりすぎなんじゃ……!」

 火炎弾がルークの足下に着弾して盛大な土煙を巻き上げる。

(殺すわけにはいかないが、骨折くらいは覚悟してもらうぞ……!)

 土煙が舞っている間にタイロンが素早く詠唱を唱える。

 ルークが避難しているだろうことは予測済み、というか先ほどの火炎弾はこの詠唱の時間を作り出すための布石だ。


獣王咆哮エイペックスロア!」

 タイロンの詠唱が完了した。

 オーガでも数体まとめて麻痺させる上位の行動断絶魔法だ。

 間近で見ようと近寄ってきた衛士が2~3人巻き込まれているが仕方がない。

 客人を怪我させることなく試合を終わらせ、かつ実力の差を見せるにはこれくらいの魔法でなくては駄目なのだから。


「一応手加減はしたからそれほど大事にはなっていないはずだが……なっ!?」

 風魔法で土煙を払おうとしたタイロンは目の前に迫ったものを見て驚愕した。

 それは喉元に突き立てられたルークの木剣だった。

「ば、馬鹿な……なぜ……?」

 タイロンは唖然とするしかなかった。

 自分の作戦は全て見透かされていたというのか?

「火炎弾の軌跡から目くらましのためだということはわかってましたから。詠唱で次に来るのが行動断絶魔法だというのも予想していました。次の行動が読めるのであればこちらから打って出る機会もあるかなと」

「馬鹿な!あり得な……!」

 タイロンには理解できなかった。

 先ほどの火炎弾は単なる陽動ではない。当たらないように撃ったとはいえ衝撃で数メートル吹き飛んでもおかしくない。

 それに詠唱と言っても火炎弾の爆音でかき消されてとても聞こえなかったはずだ。

 しかも獣王咆哮エイペックスロアは耳を塞げば防げるような類の魔法ではない。
 発動後にも動けるということはあの短時間に防御魔法を展開していたことになる。

 あの衝撃を完全に防いだうえに更に次にくる魔法を読み切って対処する、そんなことができる者がいるというのか……

 タイロンは自分が手にしていた戦斧を取り落としていたことにも気づかなかった。


 実のところ、ルークにはタイロンが魔法で攻撃することは最初の位置取りの時点で分かっていた。

 明らかに距離を取り、自分の背後に誰もいない位置に回り込んでいたことからある程度広範囲に影響が出る魔法だと絞り込むことができる。

 魔素の流れをることができるルークの左目であれば例え爆音の中であってもどんな詠唱を唱えているのか判断できた。

 全てはルークの観察と解析による結果だったのだが、タイロンにとってはまるで予知かなにかで自分の動きを事前に全て知っていたとしか見えなかった。

 ふう、とタイロンが吐息を漏らす。

「参った。完敗だ」

 それは己の非力さからくる慙愧ではなく、15年の経験が導き出した感服の敗北宣言だった。

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