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第3章:南海の決闘

第190話:それぞれのそれから

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「師匠……後は任せるって、まさかこれを僕に……」

 ため息とともにルークが残された魔石を拾い上げる。

「ルーク、まさかそれって……」

「そう、これが師匠の依り代の核、魂の一部だよ」

「!」

 ルークの返答にアルマが絶句する。

「だ……大丈夫なの……?そんなものを残して行っちゃって……」

「大丈夫なわけないよ。まったく師匠ときたら、こんな大役を僕に押し付けるなんて」

 ため息をつきながらルークは魔石を左腕の中に格納した。

 ごく一部とはいえ魔神の魂だ、神獣が遺す魔石などとは比較にならないほどの力を秘めている。

 おそらく現在この地上で最も価値のある魔石なのは間違いないだろう。

「すぐに帰って師匠に返さないと」


「やれやれ、まったく敵わんかったのう」

 振り返るとサイフォスが起き上がったところだった。

「気付かれましたか」

「まさか儂が手も足もでんとはのう。いやはや世界は広いわい」

 駆け寄るルークに笑いかけながらサイフォスが立ち上がる。

 負けたとはいえ飄々とした態度は変わっていない。

ざまないな、人にあれだけ言っておいて自分は無謀な戦いをしかけるとはな」

「返す言葉もないわい」

 軽口をたたき合いながら笑う2人。

 それは不思議と清々しげな笑い声だった。

「さて、それじゃそろそろ行くとするかのう」

 ひとしきり笑った後でサイフォスはゆらりと踵を返した。

「どこへ行くというんだ」

「決まっとるじゃろう、魔界じゃよ」

 ゲイルの問いにサイフォスがにやりと笑う。

「あれほどの強さを目の当たりにしたんじゃ、こんなところでじっとしておれんわい」

「懲りない爺だな。手足どころか心も折られて本当に隠居するんじゃないかと心配していたんだがな」

「阿呆、たかが一度の敗北で心が折れていたら今こうして生きてなどおらんわ。むしろやる気が出てきたというものよ。まだまだ登れる高みがあるとわかったんじゃからの。お主こそどうするんじゃ。今の儂はただの求道者じゃ。弟子を取る余裕はないぞ」

「あんたが弟子を取るかどうかは関係ない」

 ゲイルは肩にかけていたマントを羽織りなおした。

「あんたといれば強くなれる以上あんたの道は俺の道でもある。ついて来るなと言われても勝手に行くだけだ」

「は、ならば勝手にするが良い!」

 サイフォスは愉快そうに笑うと足を踏み出した。

 ゲイルがそれに続く。

「お、俺も行くぜ!」

 ガストンが声を張り上げる。

「ゲイルさん!俺はあんたの強さに惚れたんだ!魔界だろうがどこだろうがついていくぜ!」

「ふざけるな、俺は忙しいんだ。お前に構っている暇なぞない」

 うんざりしたような顔で答えるゲイル。

「はて、どこかで聞いたようなセリフじゃのう。たしかそう言われた相手は勝手についていくと言っていたような……」

「……勝手にしろ」

 サイフォスの皮肉にサイフォスが毒気を抜かれたように顔を背ける。

「ありがてえ!じゃ、そういうわけだからよ、キール!」

 ガストンは踊るように体を弾ませながらキールの方を振り向いた。

「俺はちょっと修行の旅に出るから、島のことは任せたぜ!お前に相応しい強さを手に入れたらまた戻ってくるぜ!」

 こうして3人は森の奥へと消えていった。

「なんなの、あいつ……」

 去っていくガストンを見送っていたキールがため息をつく。

「勝手に一人で盛り上がって……誰も待ってるなんて言ってないっての」

 呆れたようにそう言うキールの顔はどこが楽しげだった。

「でも……ま、今までのあいつよりもちょっとはかっこよかったかな」


 それを見てルークとアルマが笑顔をかわす。

「僕たちも帰ろうか。僕らの街、セントアロガスに」




    ◆




 3か月後、ルークは再び南方領土に来ていた。

 今日はアロガス王国と魔界のバーランジー領が通商条約を結ぶ日で、碧蒼宮へきそうきゅうで調印式が行われようとしているところだった。

 南方領土が魔界と共有している港はそのまま交易特区となり、ここを通って取引される品物は全て関税が撤廃されることになっている。

 国から見た規模としては極々小規模ではあるものの、魔界と人界の関係が新たな段階に進んだ証拠だと界隈では大いに注目されているという。

 王族からはフローラが代表として出席していて、ルークとアルマはその付き添いで同行していた。

「この条約ってフローラ姫が主導していたんでしょ?凄いよね。いつの間に進めてたんだろう」

 アルマがひそひそとルークに耳打ちしてきた。

 目の前の壇上ではフローラとバルバッサが並んで条約にサインをしている。

 今回の条約はフローラとバルバッサが主体となっていて草案もフローラが作ったと言われている。

 オミッドの反乱を食い止めて南方領土に平和をもたらした立役者としてフローラの名は王侯貴族のみならず商業界の中でも存在感を増していた。

 ゲイルが行方不明となった今、王国をまとめ上げられるのはフローラしかいない、と言うものまで出てきている。

「僕らが初めてここに来た遥か前から動いていたんだと思う。きっとこうなることがわかっていたんだろうね」

 ルークが小声で答える。

 いや、むしろこの結果を得るためにルークを南方領土へ行かせたのだろう。

 そしておそらくバルバッサもそのことは知っていたはずだ。

 2人が進める条約を結ぶためにはこの地域が平和になっていることが大前提だ。

 それを阻むオミッドとダンデールはなんとしても排除しなくてはいけない存在だった。

 しかし表立って動けば相手に意図を悟られてしまう危険がある。

 だからこの地域では無名に等しいルークに白羽の矢が立ったのだろう。

 島で邂逅した時にフローラとバルバッサが交わした会話はこのことだったのだ。

「あの人が一番恐ろしいのかもしれないね……」

 ルークが苦笑を浮かべながら前方に目を向ける。

 壇上ではフローラが変わらぬ笑顔でバルバッサと握手を交わしていた。

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