上 下
8 / 28

レベッカ

しおりを挟む
「ナッシュ!」
明るい小麦色の髪に深いグリーンの瞳。
少女に流行りの黄色のドレスを身にまとったまだ少女と呼んでも差支えのないレディが目の前に現れた。
少女はモニカに構わず、ナッシュに向かって言った。
「これからグリー叔母さまが来るのに、なぜ貴女はここで油を売っているの!? 信じられない!」
「れ、レベッカ様……」
ナッシュがレベッカと言った少女はさらにナッシュに詰め寄る。
「私は言ったわ。客間にブルーの花と朱色テーブルクロスを用意しておいて、と。全然できてなかった!」
「行いました。お嬢様が仰った南西のお部屋に」
「それができていないから貴方を探しにきたのよ! 色にもトーンがあるわ。それを合わせていないなんて信じられない。今すぐやり直して!」
レベッカの気迫に押されたナッシュはそのままレベッカの言う通り部屋を直しに行くのだろう。
だが、このビッグチャンスを逃すのは惜しかった。
モニカは高なる胸を抑えながらなるべく冷静に、そして優雅に聞こえるように声を張った。
「グリー伯爵夫人でしたら、差し色に緑を入れるといいかもしれませんね」
ピタリ、とレベッカの足が止まった。
くるりとモニカの方を振り向き、訝しげにモニカを見る。
「何? 貴女」
「確か、グリー伯爵夫人は先月、赤と青のドレスに緑の扇子の出で立ちを雑誌で高く評価されておりましたわ。それを再現すれば彼女もお喜びになるでしょう」
「……ナッシュ、この女は誰よ?」
「申し遅れました。私、モニカ、と申します」
ドレスの裾を持ち上げ、ピッタリと45度に折り曲げた貴族の挨拶を行ったモニカにレベッカもハッとした顔をし、モニカの顔をまじまじと見る。
「モニカ? まさか…」
「ええ。以前はモニカ・フォン・ベルッチと呼ばれておりました」
年若いレベッカでもベルッチ家の没落は聞いているだろう。
レベッカモニカに対し驚くことはなく、むしろ皮肉げにモニカに言う。
「その今は名無しの元公爵家がなんの用?」 
「ナッシュ様のご依頼により、本日このお屋敷にご招待して頂きました。この街の市場動向を知りたいとのご依頼で」
「市場動向? なんでナッシュが」
レベッカの問いの答えはモニカが喋るよりも先にナッシュが割り入るように言った。
「旦那様が新しい事業を興したいと。ですので、私が代わりにこうしてモニカ様に話を聞いておるのです」
「……お父様の手紙にはそんなような事書かれていなかったけど」
「それはそうでしょう。この計画はまだ構想中のもの。レベッカ様だけではなく、多くの人間がまだ知る段階ではないものです」
モニカとナッシュは事前に察し合わせた言い訳をレベッカに言った。
怪しい視線で見るレベッカにモニカは負けぬように笑みを強める。
なるほど、レベッカという令嬢はただの無知な令嬢ではく、与えられた話を判断し、考えるだけの力がある。
さすがはアルバーテ家の令嬢、ということなのだろう。
レベッカは幾ばくの間考えるそぶりを見せた後、そのままナッシュに言う。
「いいわ。ナッシュ。早く部屋をやり直して。あと、ナプキンはグリーンで」
レベッカはそう言って足早に部屋に去っていった。
その後を追いかけるようにナッシュも続く。
本当に客人が来る時間が迫っているのだろう。
一人取り残されたモニカ椅子に座り、久しぶりに出会ったレベッカの姿に気持ちを馳せていたのだった。

ーーーーーーーーーーーー




しおりを挟む

処理中です...