モニカのお悩み相談室、通称「悪役令嬢更生センター」

ブリリアント・ちむすぶ

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神との出会い

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目覚めたのは白い空間だった。
真っ白で何も無い空間。そこに私は1人で横たわっていた。

「……えっ?」

周囲を見渡すが、誰もいない。
自分が寝ていたベッドもない。 
本当に地続きの白い空間が広がっていた。

「……どこ、なの?」

不思議と恐怖は感じなかった。
心地よい安心感が私の心を満たしていたが、それでもこの見知らぬ空間の正体が知りたくて、私は立ち上がり宛もなく歩いた。
満足に歩けなかった足はすんなり動く。私はそれに驚くことも無く歩き続けた。

『ここには何も無いよ』

声が聞こえたのは唐突だった。
子供の、大人の、男の、女の、老人の、すべての声が重なり、反響して私の頭に響いた。

「えっーー?」
『ここには何も無い。いや、何でもあるとも言えるのかな?』
「…あなたは?」
『誰だと思う?』

質問を質問で返され、私は思わず息が詰まる。
頭の中の声は私の困った顔に面白そうに笑っているようで、黙っている私にくすくすと笑い声を上げている。

「あなたは…」
『何?』

面白そうに弾む声に私は暫し考えながら言った。

「あなたは、神ですか?」

私の問いにその声は一瞬の沈黙の後、堰を切ったように笑いだした。

『あーはっはっはっ! そう、そうだね、たしかに、そうかもしれない!』
「そうなの、ですか? だから私をここにーー」
『厳密には違うけど、いいや、うん、私が神。そう、神だよ』

神、というフレーズがよほど気に入ったのか声自分にいいか聞かすように神、神、と言っていた。
私は正直、困惑していた。
私の思う神は大いなる存在で、私のような子羊には足先すらも見ることができない、そんなようなものだと思っていた。
だが、この神は違う。
気さくで、大笑いをするこの頭の中の神をどうしても神と思えないのだ。
だが、死の間際の私をこんな場所に連れてくるぐらいなのだ。たしかに神なのだろう。
私は神に問いかける。

「ここは、どこなのですか?」
『ここはね、輪廻のすこーし外れたところ』
「リンネ? リンネとは」
『いいじゃないか。そんなこと。僕は君と話がしたかったんだ』
「話、ですか…」

神がわざわざ私と話したいというとは思わなかった。 
自分自身、そこまで賞賛される人生は送っていない。
レベッカという愛しい子供は産んだが、それでもそれだけの事だ。
もっと凄いことを成し遂げた人は沢山いる。

『いや~、たまたまチャンネルを君に合わせたら感動してさ、親子愛ってやつ? 素敵だよね~、ワシは感動したよ』

チャンネル、というのが分からなかったが、私の人生は神にとって褒められたものらしい。
私はどこにいるのかわからない神に跪き、手を組んだ。

「ありがとうございます。神にそう言って貰えて光栄でございます」
『ああいいよそんなかしこまらなくて。そう、それでね、君に話をしたかったんだ』
「話、ですか?」
『そう、話』

私は首を傾げた。
私なんぞに話などあるのだろうか。
私の様子に神は面白そうにくすくすと笑う。

『君は死ぬ最期まで自分じゃなくて他人を考えながら死んだよね。それ自体は珍しい事っちゃ事だけど、俺が面白かったのはレベッカのこと含めさ』
「レベッカ? レベッカが、どうかしたんですか?」
『そうだね、こればっかりは、ワタクシの口からじゃなくて実際に見た方が早いかもね』

そう言うと、私の目の前には大きな森が広がっていた。
知らない森だ。
いきなり変わった森に私は驚くことはしなかった。
不思議とその事実を受け入れ、森を見渡す。

「ここは? 」
『もうすぐ、面白いことがおきる』

なんだろう、と思った時、私の目の前を横切ったのはドレスを着た少女だった。
泥で汚れたドレスに、乱れた髪、靴はどこで脱げたのかわからないが片足だけ素足だ。
それを気にすることなく少女は逃げ回っている。
私は怯える少女の顔を見て叫んだ。

「レベッカ!!」

間違いない。
5年は会ってないけど、少女は私の娘、レベッカだった。
レベッカは誰かに追われ、この誰もいない森の中を逃げ回っているのだ。

「レベッカ! レベッカ!」
『無駄だよ。君は彼女には見えない』

神の言葉を気にすることなく、私は逃げているレベッカの名を呼び続ける。
 
「レベッカ、レベッカ…!!」

レベッカは気づくことない。
時折、後ろの方を凍ばった顔で見ている。
その時、レベッカの足に矢が突き刺さった。

「キャッ!」
「レベッカ!!」

レベッカには私が見えていない。
だが、私はレベッカに駆け寄りレベッカに触れようとした。
途端、私の体が人形のように止まるのを感じる。

「ッーー!」
『ちょっと見ていなよ。面白いことがあるんだからさ』
「い、や…、レベッカ…!!」

矢が刺さったレベッカの元に現れたのは2人の男だった。
貴族ではなく、木こりのような風貌のその男は矢に刺されて痛がるレベッカを見て笑う。
こいつらがレベッカを矢で傷つけたのだ。
男達は下卑た笑い声をしながら言った。

「なあ、貴族の嬢ちゃん。貴族は、『病気』、なんだろ」
「ち、違うわ…、私は…」
「新聞でみたぜ…、貴族は『病気』、しかも治すところがどこもねぇって話だ」
「ひ、ぃ…!」

男に囲まれ震えているレベッカを助けようと私は動かない体を動かそうとした。
だが、動かない、手も、足も、すべて。 

辞めて、辞めて、私の天使を。
泣かせないで殴らないで蹴らないで辱めないで〇〇しないでお願い、お願いします。
お願い。お願い。

「ヤメテ!!!!!!!」

ようやく叫ぶことが出来たのは全てが終わってからだ。
身体中が震える。
けど、レベッカの姿が目に焼き付いて離れなかった。
レベッカは最期まで叫び、泣いていた。 
神は言った。

『今が、君が娘のことを思って死んだ時と同じ時にあったことさ。娘が乗っていた馬車は強盗に合い、娘はその強盗に殺された。君は娘の幸せを願って死んだけど、娘は不幸だと思いながら死んだ。本当に、面白い』

私は言葉にならない声で叫んだ。
そして、必死で神に祈った。

「お願いです、お願いです!! レベッカを、レベッカを助けてください!」
『なんで?』
「まだ、14なんです。あの子は。あんな、あんなこと…」
『だから助けろって? 嫌だね』
「お願いします、お願いします…!!」
『大体、あれと同じように亡くなるやつなんて何人もいる。それなのになんで我が君の娘ってだけで助けないといけないのさ』

神の言葉に私は言い返すことができなかった。
そのまま元に戻った白の空間に私は泣き崩れた。

「レベッカ…、レベッカ…」

ごめん、ごめんなさい。
貴女を手放さなければあんなことにはならなかったでしょう。
なのに、ごめんなさい。ごめんなさい。
私のせいだ。

「うっ…あ、う…うっ…」

泣き崩れた私に神は語りかけた。

『君はあの子を助けたいのかい?』
「はい、お願いします…、助けて、レベッカを…」
『なら、君がやればいい』

神の言葉の意味がわからず、私は思わず顔をあげた。
そこには、先程まではいなかった光の玉があった。

『朕に助けを求めるくらいなら自分が行動すべきさ。大体、あたしは偶然チャンネルをまわしたら君がいたんだよ。ミーがいなかったら君はそのまま輪廻の海に行くはずで何も残らなかった。その上あの子を助けろだなんておこがましいんじゃないかな』
「私に…どうすれば」
『そうだねぇ、なら、繰り返させてあげるよ』
「…繰り返す?」
『そう。好きにすればいい。別の人生を送るのでも、なんでも』

自分がやる。
自分が、レベッカを救う。
か弱い私になにか出来るのか。
そう考えた思考を私は振り払った。

「やります。それしかないなら。やります」
『決まりだ。面白そうだから、あなたじゃなくて違うあなたにしてあげる。出血大サービスでこの世界の100年先の未来も教えてあげる』

神はそう言い、頭の中で指を鳴らしたようなパチン、という音がした。
目の前の光が明るくなる。

『せいぜい面白い人生でいてよ。私はみている。君の飲む紅茶の中や、陽の光、君の座る机の上にでもいるからさ』

耐えきれなく目をつぶり、しばらくして目を開けた私は落馬事故で気絶していたモニカ・フォン・ベルッチになっていた。
頭には『私』だった時の人生、今までの『モニカ』としての人生、繰り返す『前』の私が死んだ後の100年間の未来、という膨大な記憶を持ちながら。
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