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「ふぁあああ……」

 穏やかな午後の陽射しが差し込んでくる部屋で、私は震える声をあげた。
 何でこの世界には、密封出来る袋がないのだろうか。
 これは絶対に開発しなければ!
 ……いつになるのか皆目見当もつかないけれど。

「スゥウウウウウウ」

 そんな事を考えながら、私は目一杯に息を吸い込む。

「スーーーーーーーーー」

 既に空気でいっぱいになっている肺は苦しさを訴えているけれど、まだまだと言わんばかりに、私は息を吸い続ける。
 もったいない。この空気を逃してなるものか。
 これから息を吐く事すらも、もったいないと思える。いや、自分の身体に浸透させたのだから、それはそれでありなのだろうか。
 ならば、思いっきり深呼吸をして、自分の体内へと何度も入れて循環させるのが尊い空気の使い方というものではないだろうか。

「ハーーー……スゥウウウウウウ」

 少しだけ息を吐いて、また肺いっぱいに息を吸い込む。
 うん、尊さが薄くなった。自分の吐いた息の分だけ。
 確証はないけれど、気分的にはそう思える。だけれど、尊い空気がある事には変わりないのだ。良い匂いが立ち込めているのも間違いない。
 一生懸命に息を吸い続けていれば、視界の隅にベッドが映る。
 気が付いてしまえば、もうそれ以外に視線はいかない。
 先ほどまで、ずっと存在していただろうベッドに気が付かない程、空気に夢中となっていたが、気が付いてしまえば別だ。

 ――埋もれたい。

 ただ、自分の願望と欲望が膨れ上がり、視線はずっとベッドにとらわれたままだ。
 ……空気を吸い込み続ける事は忘れてはいないが。

 ――あのベッドに埋もれなんてしたら、もはや変態ではなかろうか。

 どこかに残っている理性が、今の私を引き留める。
 否、埋もれたりしたら昇天するのではないかという、生きる生存本能の方が強いのかもしれないが。
 ……いや、部屋の持ち主が帰ってくる前に、少しだけでも……。
 息を止め、生唾を飲み込もうとした、その瞬間。

「何をやっているのですか、義姉上」
「げぇっほ! げほげほ!!」

 まさかの部屋の主が、音や気配が全くない状態で声をかけてきたおかげで、私は盛大に咽た。というか、一体どこから見られていたのか。

「義姉上!?」

 心配するような声をあげる義弟に、自分の心が欲望に溢れて醜い事を痛感してしまう。
 いや、でも仕方ない。こんな素敵な人が義弟なのだ。立場を有意義に使って何が悪い?
 というか、そもそも、私がこの世界へ転生した事が悪いのだ。私を転生させた奴が全て悪いのだと責任転嫁する。

 ――だって義弟は、前世で私の『推し』だったのだから。
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