団欒の家

牧神堂

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 私は家の中で絶え間無く怪我をするようになっていました。
 やたら物が落ちて来る。階段に油が零れていて滑る。漏電による感電。思いがけない所に刃物がある。もう只事ではありません。
 身体の不調もいよいよ洒落にならない。病院で検査を受けても特に異常はないと言われるのに、です。

 あの五人、彼等家族は邪魔な居住者である私を排除したいのだ。そう確信しました。
 しかし、ここは私の夢のマイホームです。
 出て行くのは既にこの世の者ではない彼等の方だ。
 
 私は除霊の検討を始めました。その為に彼等の情報が欲しい。
 一家五人が亡くなるほどの大きな事件がここで起こったのは確かに違いない。
 そして、それはおそらく心中なのだろうけど、それは何故?
 どうして命を絶たねばならなかったのか。

 私は詳細を知る決意をし、家を売った業者に話を聞きに行くことにしました。
 相手は地元の不動産業者ですが、店へ足を運んだことはまだありません。

 事前に用向きは伝えてありました。
 私は応対の担当者にまず言いました。
 これはクレームではありません。ただ全ての真実を知りたいのです、と。

 あの家で自殺があったとは聞いています。
 それは一家心中だったわけですね? 心中も自殺には違いない。

 担当者の返答は想定外でした。

 いえ、あそこで一家心中事件なんて起こっていませんよ。



 家の歴史について担当者は調べてきた事実を分かるだけ話してくれました。

 まず最初に住んでいたのは四人家族。子供が幼い頃に新築で家を建てたそうです。
 ところが数年後、暴走車による事故に巻き込まれ奥さんと子供二人が亡くなります。
 それからは旦那さんだけで長年寂しく一人暮らし。挙げ句、年老いて後、孤独死してしまった。
 遺体の発見までにはずいぶん時間がかかったといいます。
 残された借金があり、家は業者のものになりました。

 リフォームした後、次に住んだのは中年の夫婦。子はありません。
 ある夜、奥さんが夕食の支度中に脳出血で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
 その時旦那は浮気相手とホテルにいて、帰ったのは朝。早く処置出来ていれば助かったろうということです。
 テーブルには旦那の誕生日を祝おうとしたのか、御馳走が並んでいたそうです。

 次にお婆さんとその息子夫婦が住みました。
 お婆さんは惚けが始まっていて、気の強い嫁にひどく虐められていたのだとか。
 だけど息子は見て見ぬ振り。
 そして真夏にエアコンも付けない部屋に放置され、熱射病で亡くなりました。

 四番目に住んだのが女子大学生のグループ。シェアハウスとして使っていたらしいです。
 皆奨学金で学校に通う身でしたが、その中の一人が特に貧しかった。
 夢あって進学したものの実家からの援助は一切なし。
 むしろ親は就職を望んでいたようで、勝手に大学なんか行ってふざけるなという態度。
 呑気な身分なんだからバイトして金を送れと度々言ってきていたそうです。
 詳しくは分かりませんが、相当な毒親に泣かされて育てられた風。
 そんなだからお金がなく、まともな食事も摂らずにバイトを掛け持ちして無理を重ねる。
 そのうち体を壊しても病院にも行かない。
 他の学生が気付いた時には部屋で血を吐いて事切れていたとか。

 最後、私の前に住んでいたのが夫婦とその息子の中学生。
 夫婦は再婚で、子供は妻の連れ子でした。この子が新しい父親に虐待を受けた。
 しかも母親は庇ってくれない。
 少年は拾ってきた子猫だけを心の拠り所にしていたようです。
 轢かれた母猫の骸に寄り添って鳴いていた子猫。
 その猫を父親が蹴り飛ばして殺してしまった。
 少年は自分の部屋をめちゃくちゃにして、首をくくったといいます。
 私が聞いていた自殺があったという話はこの件のことでした。
 この時点ではまだ賃貸だったようですが、業者もいい加減嫌になって問題の多い家を格安で売り出すことにしたのでしょう。

 以上の事実を知り、私は暗澹たる気分に沈み込んでしまいました。



 話を聞いた後も相変わらず彼等は現れ続け、家での事故は絶えません。
 ガスが漏れているのに警報器が鳴らない。遂に包丁が宙を舞う。

 また、何にもない所に火が着き小火ぼやになるも自然に鎮火してしまったことがあります。
 これはさすがに家を燃やしてはまずいと思い直したのでしょうか。

 入浴中に浸かっていた湯の温度が突然上がり、パニックになって飛び出したりもしました。
 たちまち湯は沸騰し始め、慄然としたものです。
 こういった異変の頻度は増すばかり。

 こちらへ・・・一緒に・・・。頭の奥でいざなう声が聞こえ始めました。
 若い女性、ナオさんの声でしょうか。
 いよいよ体調も深刻です。
 本当に命が危険に晒されている実感があります。
 しかし、除霊を行う踏ん切りがつきません。


 私の彼等に対する見方は変わっていました。
 あの人達は家族の暖かな愛情に飢えている。
 同じ想いの者が集まって、仮初かりそめの家族の中に死後の安息の場を見出だし、寄り添っている。

 もう分かっています。彼等が執拗な本当の理由。
 だってあの家族はまだ完全ではない。
 彼等の家族ごっこにはお父さん役が必要なのです。
 そして私も、家族は欲しい。
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