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しおりを挟む霊能者がハッとした表情を見せた。
うつむき、謝罪の言葉を搾り出す。
「ごめんなさい・・・。やっぱりこの霊は祓うよりもちゃんと成仏させてあげた方がいいです」
「何だって?」
父親の方はまだ冷静になれない。
「祓うのと成仏とどう違うってんだよ」
霊能者は言葉を選びながら平易な説明を試みた。
「成仏させた場合は然るべき霊界に送り届ける事になりますが、単に祓った場合は霊はその場からいなくなるだけで現世には留まり続けます。追い出した後、結界を張ってここには近づけなくするというだけの処置です」
「霊界ね」
父親は冷ややかに笑う。
「で? 何で妻は霊界に行かないのかな?」
「それは私には分かりませんが、ご家族のことが心配だったのかも」
「それでずっとこの家に居座るんだ?」
「いえ、時間が経てば自然に成仏すると思います・・・」
「待ってらんないな。あんたが成仏させてくれよ」
「それが、あの、私は祓う事は出来ても成仏させる力はないんです」
「何だ、そりゃあ?」
二人の会話に絵美さんは割り込んだ。
「あのっ、お母さんと話は出来ませんか?」
考えていたことを霊能者に向かって問う。
霊能者は申し訳なさそうに首を振った。
「ごめんね。そういうのも私は無理。霊能者にも得手不得手があって」
この返事に父親が絡む。
「あれも出来ない、これも出来ないか」
「お父さん、もう止めてっ!」
絵美さんは叫ぶが、その声は父親の心には届かない。
「お前こそもう黙ってろっ!」
怒鳴りつけられた。
「なぁ、どうせインチキなんだから適当に坊主の真似でもして成仏しましたって言えばいいだけだろ?」
父親の嫌らしい台詞。霊能者は眉間に皺を寄せた。
「妻を成仏させてやってくれ」
不快なニヤニヤ笑いを顔に浮かべながら父親は言う。
「どうしてもと言うのであれば、もっと力のある霊能者に頼んで・・・」
霊能者は精一杯自分の感情を抑えている様子だ。
「つまり、あんたは無能だって事だな?」
追い討ちをかける父親。
「・・・・・・それでいいです」
霊能者は間を置き、溜息を吐いてぽつりと言った。
「でも祓う事は出来るんだろう?」
食い下がる父。
「それは出来ますが」
「なら祓ってくれ」
「だから、それは・・・」
「客が頼んでるんだ。祓え」
「・・・・・・・・・」
「どうした?」
「どうなっても知りませんよ?」
遂に再び霊能者の顔に怒りの色が浮かんだ。
「脅すのか? どうなってもって何がだ?」
「家に憑いた霊を成仏させずに祓ったら行き場のない浮遊霊になります」
「ふうん」
「その場合、力のない無防備な一般霊は巷を徘徊する古い悪霊に取り込まれる恐れがあるんです」
「はぁ? 霊が霊に取り憑かれるってこと?」
「まぁ、そのようなことですね」
父親は笑い出した。
「そうかそうか、マンガみたいなこと言い出すんだな」
霊能者はキッと父親を睨みつける。
「そうなったら奥さんにとってどれだけ不幸か。成仏すら出来なくなるのです」
「もう死んでるのに不幸も糞もあるものか。ぐだぐだ言い訳してないで祓ってくれ」
「・・・やるとなったら私は仕事と割り切って本当に祓いますよ?」
「当たり前だ。金を払うんだからな。あんたは霊を祓う。俺は金を払う」
こう言って父親はまた笑った。
すっかり母親の霊を祓う流れになってしまった。
絵美さんが抗議しようと口を開きかけると父親が先に鋭く言った。
「お前は自分の部屋へ行ってるんだ!」
絵美さんは自室に飛び込むと布団に突っ伏して泣いた。
何でこんな事に・・・・・・。
今のままでいいのに。
どれくらい時間が経ったろうか。
さほど長い時間ではなかった気がする。
父親が絵美さんの部屋へ入ってきた。
「終わったぞ」
父の声に絵美さんは目を赤く泣き腫らした顔を布団から上げる。
何も言葉が出てこない。
「別に大した事しやしない。見世物としてもつまらんものだ」
父親は勝手に感想を述べる。
絵美さんは唇を噛み締めてそれを聞いた。
「お前も言いたい事があるだろうがな。これはお前の為でもあるんだぞ」
「・・・・・・どういうこと?」
絵美さんはやっとそれだけ言った。
「お母さんの霊が家の中にいて助けてくれていると思ってたんだろう?」
父の言葉に絵美さんは頷く。
「その思い込みは一種の心の病気だ。お母さんの死から立ち直れてない証だ」
父親はもっともらしいことを言い始めた。
「もう前を向いて生きていかなきゃ駄目なんだ。だからな、除霊という儀式を行う事で思い込みから決別して幻影を振り払う訳だ」
落ち着きを取り戻した父親は変に興奮した事に引け目を感じていたのであろう。滔々と語る。
だが、絵美さんの耳にはその父親の理屈は自分の言動を正当化する為の後付けの言い訳にしか聞こえない。
祓いの済んだ家の中は、何か妙にがらんと虚ろな空間になってしまった気がした。
父娘の日常が再開される。
あの日以降、家の中での不思議な出来事は本当に一切何も起こらなくなった。
全ては終わってしまったのか。
いや、そうではなかった。
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