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しおりを挟む父親の死は自殺も疑われたが、目撃者の話から最終的に事故として処理された。
娘へのクリスマスプレゼントを抱えたまま電車に飛び込むことはないだろうとの判断もあった。
大して飲んでいたわけではなかったが、酔ってホームを走り、誤って線路に落ちたということになったのだ。
葬儀に集まった親族は話し合い、絵美さんは父親の両親、つまり絵美さんの祖父母に引き取られることになった。
同じ県内ではあるが、学校は変わる。
また様々な思い出が詰まった我が家を離れなければならない。
絵美さんは、そういったことにぼんやりと思いを馳せる。
が、まださほど深い感慨はない。
父親の死がショックで、その事実を受け止めきれていないせいだ。心への打撃はそっちの方が遥かに大きい。
駅のホームに残されていた父親のクリスマスプレゼントは絵美さんに渡された。
ちょっとセンスを問われそうな、むしろ小さな子供が喜ぶに違いない児童向け人気キャラのぬいぐるみ。
そのぬいぐるみを抱いて、絵美さんは何日も泣いた。
実は父親の葬儀にはあの霊能者も姿を見せた。
霊能者は苦渋の表情で、泣き腫らす絵美さんに声を掛けた。
そしてしばらく言い澱み、それからかすれた声を発して頭を下げた。
「ごめんなさい」
絵美さんは何と答えていいか分からない。
二人とも無言の時間が流れる。
ようやくぽつりと霊能者が言葉を続けた。
「私にはどうにもならないから、私の先生の連絡先を伝えたんだけど・・・・・・」
その時の父親の反応は何となく察しがついた。
絵美さんの頭は混乱している。
この人に聞きたい事がいっぱいあったはずなのに。
考えがまとまらないまま、絵美さんはたどたどしく質問した。
「何が、どうなったんですか? いったいどういう・・・お母さんと関係が・・・」
言葉が続かない。その先を言いたくない。
「愛情は執着。それが悪意によって歪められたら・・・・・・」
霊能者もそれ以上は言わなかった。
そして絵美さんの手を取り、その手の平に香の匂いのする赤い小袋を握らせた。
「これを肌身離さず持ってて」
真剣な表情でそう言う。
「これは・・・?」
何なのか分かる気がしたが、絵美さんは聞いた。
「お守りよ。私の先生に作ってもらったから、力はあるわ」
触った感触では、中には小さな板が入っているようだった。
本格的な引っ越しはまだだが、年末年始は祖父母の家で過ごす。
年が明け、多少は落ち着いた絵美さんは、学校の友人達と電話で話して気を晴らした。
絵美さんが立て続けに両親を亡くした事を知る友人達は、気を遣ってその件には触れない。
あけおめと言いかけて慌てて言葉を濁す友人もいる。すぐにたわいない話題へ。
遠回しに励ましてくれる子には心の中で感謝した。
そして、絵美さんが学校を去ることを知ると悲しみ、泣いてくれる子。ありがたいと思った。
友人達は絵美さんの父親の死因の詳細は知らない。
ある子が雑談の中で、叔父さんが最近人が死ぬ瞬間を見たんだって、と話しだした。
ちょっと無神経に思える話題だが、その子は元々そういう子だ。悪気はない。
叔父から聞いた話が凄くて、誰にでも片っ端から話して回りたいという風だった。
その話に絵美さんは食いついた。
何故なら、その子の叔父は忘年会帰りに夜中の駅で男が電車に撥ねられるのを見たというのだ。
それはクリスマスイヴの夜のことで、駅名を聞くと・・・間違いなかった。
絵美さんは詳しく話してと頼んだ。聞くのも辛い話だが、どうしても気になったのだ。何が起こったか知りたい。
その子は喜んでこまごまと語ってくれた。
友人の叔父がホームで電車の到着を待っていると、どこかから男の怒鳴り声が聞こえてきた。
見回してみると、リボンを掛けたプレゼントらしき包みを抱えた男が奥の方の階段からホームへ駆け出て来るところだった。
男は走りながら何度も振り返り、喚く。
「どうなってるんだ、お前は! つきまとうな!」
しかし、男の後ろには誰もいない。
男は叔父のいる方へ駆けて来た。
「もうたくさんだ! やめてくれ!」
特急が通過するというアナウンスが流れた。
友人の叔父の近くへ迫ってきた男はまた振り向いて立ち止まり、泣きそうな声を張り上げた。
「何でお前はそんな姿になっちまったんだ!」
周りの人達は皆、唖然と男を見ている。
喚き立てる男の視線はかなり上の方を向いていた。
仮にそこに誰かいるなら有り得ないほど長身だ。もちろん誰もいやしない。
どうも酔っているどころではない。まさか薬物か。
叔父がそう思った時、男は何かを避けるような動きをした。
「よせっ!」
一言叫ぶと男は後ろの何かに目を向けたまま、また駆け出した。
叔父は、あっと思った。
走る男の先にあるのは線路だったからだ。
アクションを起こそうにも間に合わない。男は線路に転落した。
その瞬間、特急電車がなだれ込んできた。
叔父は思わず顔を伏せる。
男が持っていたプレゼントの包みが、ぽとんと叔父の足元に落ちた。
「もしもし? 聞いてる? 大丈夫? そんな恐かった?」
押し黙ってしまった絵美さんの耳に、友人の声は妙に遠く聞こえた。
「何かね、その男の人が避けるような仕草した時、叔父さん見た気がするんだって」
声を発しない絵美さんに構わず友人は続けた。
「灰色の細長い影のようなものが、すごい速さで男の人に向かって伸びていったのを、一瞬だけ」
そしてその時ね、と友人は付け加える。
どこからか、ジングルベール、ジングルベールって無機質に呟くように歌う女の人の声が聞こえてきたんだって。
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