何の能力も与えられずに異世界転移してしまった小娘ですけど、残忍な伯爵夫人だけは絶対に許せないので成敗させて頂きます

牧神堂

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第一章

10話 おばばはとにかくワケ分かんなかった

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 ゴゲゴッゴーーーーー!! 

 うわっ! 何だ?

 ゴゲゴゲゴッゴーーーーーーーー!!!

 けたたましい鳥っぽい鳴き声で目を覚ます。
 どこかで飼ってる鶏かな?
 やけに濁った鳴き声だけど。

 朝だ。

 ガラスなんか入ってない小さな窓から射し込む柔らかな朝日。
 ここの鶏もどきは夜明け前に鳴くわけではないらしい。時間分かんないけど感覚的に7時くらい? 屋内にできた光と影の境目を見ていると、何となく元の世界の自分の部屋を思い出した。
 両親はどうしてるだろ。
 あの事があって、勝手に看護学校辞めて、ひたすらバイトして、家出して・・・・・・。
 家出した後も、変に警察なんかに捜索願い出されないよう毎日連絡だけはしてたんだ。それが遂に途絶えちゃったわけだからね。
 今となっては、ここに警察が捜しに来てくれるなら大歓迎だわ。

 横に寝ていたチドルは・・・いない。
 起き上がり、居間に行く。

 あたしの服が干してあった。チドルが洗っておいてくれたんだ。
 平原ですっ転んで酷い有様になった服。死体の汁とか付いちゃってるし、気持ち悪いのでもう捨てようと思ってた。でも、考えてみれば貴重な服だ。ありがたいや。
 早起きチドルめ。嫁に欲しい。

 テーブルの上に紙片が目立つように置いてあるのに気がついた。
『ミチルへ 朝のパンかってきます』と書いてある。
 おせんたくにいってきます、の文字は横線で消されてた。

 ん、そうか。
 ・・・・・・って、紙? 文字?
 あたしは三回分驚いた。
 それは、つまり。
 貧しい庶民が無造作に書き置きに使うほど、このパチモン中世ヨーロッパでは普通に紙が普及しているという事実。
 そして、その庶民の子供が普通に文字を書ける事実。
 そしてそして、その見知らぬ文字をあたしは普通に読める事実。
 つか、チドル、東方人がこれ読めると思ったのか? 話せるからって書ける読めるとは限らんぞ。考えが浅いとこはやっぱ子供だね。読めたけど。
 それにしてもこれ、この世界では誰でも読み書きできるってことなのかな。だとしたら中世ヨーロッパとは大違い。その差はたぶん、太陽石という便利な明かりの存在によってついたんだ。こちらの世界では夜をたっぷり使えるんで、色々と学ぶ余裕があるんだろう。紙だってあるしね。道理でチドルが自分の国や文化のこと、けっこうちゃんと知ってるわけだよ。

 ま、とりあえず驚いた後はすぐに受け入れた。
 これらの事実はあたしにとってかなり有益だ。
 それより用を足したいんだけど。
 あ、やばっ! 一気に便意きた。
 
 あたしは部屋の隅にあるトイレ、つまり桶に駆け寄り跨がる。
 素っ裸なのでそのまま跨がる。
 側の小さな木箱には質の悪そうな紙が重なって入ってた。
 昨晩は気づかなかったなぁ。
 ふう、紙でお尻拭けるだけ幸せだわ。
 

 家の中に水道はもちろんない。
 その代わり近くに井戸があることは聞いていた。チドルもそこで洗濯してきたんだろう。その井戸へ行って手と顔洗おう。汲み置きの水は申し訳なくて使えない。

 チドルのお姉さんの普段着を着る。膝下丈の貫頭衣。
 そして、決意した。郷に入りては郷に従えだ。
 ノーパン生活を始めよう。余計なリスクは減らすに限る。
 よし、やるぞ、やるぞ、ノーパン。
 パンツ穿かずに外出るぞ。うう。

 あたしは麻のタオルを拝借して家の外へ出た。
 履物はチドルのお姉さんの布靴。服同様に借りたもの。
 さあっ、ノーパンで歩く初めてのお外。
 ひいいっ、なんて下半身が心細いんだ。
 

 周りの家から生活音が聞こえてくる。
 誰かに出くわしたらどうしよう。ドキドキドキ。
 あ、これノーパンだからってんでドキドキしてるんじゃないよ。
 服装はもう大丈夫だけど、いかにも人種が違う顔立ちは隠せないから。
 王都にしかいない東方人、ここでは誰も見たことないんだ。
 どんな反応されるやら。
 でもまあ、領主様と既にもう縁が出来てるんだし、それほど心配しなくてもいいとは思う。最悪くせ者扱いされて取っ捕まっても平気さ。

 少し歩いていくと小さな広場に出た。そこに井戸がある。
 先客はいない。
 井戸の周りがかなり濡れてるから、多分近所の人達はもう使ってった後だ。
 見回すと家の屋根の向こうにちょっと目立つ建物が目に入った。
 高台からも見た、おそらくこの村で一番大きな建造物だ。
 教会っぽいな。ロマネスク様式の建築に近い。

 顔を洗い、うがいして水を飲む。
 戻ろうかと振り向くと人が歩いてくるのが見えた。
 この世界で三人目に出会ったのは小柄な鉤鼻の老婆だった。黒いローブを羽織ってる。猫背で顎はしゃくれて尖り、後ろで縛ったどどめ色の髪はかなり長そう。
 おばあちゃんはあたしと目が合うと、えらく驚いた顔して立ち止まった。
 やっぱりあんな反応かぁ。
 単に村人でない者がいるからってだけじゃないね、あの驚愕ぶりは。
 あたしの顔付きが自分らと違うからだ。
 いや、しかし、ビックリしすぎ。
 化け物じゃないよ? そこまで差はないでしょ。
 目を剥いて、震える腕をゆっくり上げてあたしをガクガクと指差す。
 何? その演技臭い動き。
「み、み、見つけたぞぉ!」
 おばあちゃんがしわがれ声を搾り出して叫んだ。
 そして、あたしの真ん前まで猛ダッシュ。
 速っ!
 思わずあたしはのけ反った。
「その異形の容貌。お主こそ我が家系が永年に渡って捜し続けてきた運命のおなごに違いない」
 おばあちゃんはまくし立てる。
「はい?」
 異形。な、何か失礼だな。
「渡す物がある」
「は、はい」
「ここで待っておれ」
 言うなりおばあちゃんは体を反転させ、凄いスピードで走り去っていった。
 遠ざかり、家の陰に隠れていったおばあちゃんを見送りながら、取り残されたあたしは唖然と立ち尽くす。

 え、なっ、何なの??
 待ってた方がいいの?


 迷いながら待ち続けていると、おばあさんは駆け戻ってきた。
 今度は手に何か持っている。

 え、本?
 ちょっと目を輝かせてしまった。

 異世界の本。あたしは文字が読める。
 チドルの家には本なんてなかったから、紙は普及してても書籍はまだ高価なものなんだろうと想像できた。もしかしたら未だ手書き写本が主流の段階かもしれない。
 だから、おばあさんが大事そうに手に捧げ持ってきたものはメチャクチャ稀少な代物だって可能性は高いのだ。

 おばあさんは息切らし、再びあたしの前に立った。
「これを」
 細い枯れ枝のような両手であたしの目の先に本を突き出す。
「あの、これをあたしにくれるんですか?」
 おばあさんが厳かに頷くので、あたしは受け取った。
 表裏背と真っ黒な本。書名なんかは記されていない。
 聖書を連想した。単行本サイズで聖書ほど分厚くはないけど。
 どうも羊皮紙のような動物の皮を使った紙を綴じているように思えた。あたし、羊皮紙って実物を見たことないけどね。
 とにかくえらく古そうな本だ。
 あたしはちょっと中を覗こうと表紙を開きかけた。

「ばかもん! くわーーーっ!!」
 おばあさんにいきなり怒鳴り付けられ、あたしはマジびっくりした。
「神の日の光が直に当たる所で開くものではない!」
 あう。そ、そうなんですね。劣化が早まるのかな。
「す、すみません」
 あたしが謝ると、おばあさんはなんか怖い顔で言った。
「大切に役立てよ。選ばれし者であるなら読めよう。書の言葉に耳を傾けるのじゃ」
 どうも引っ掛かるな。
「何の本なんですか? これ」
 あたしが聞くと、おばあさんはあたしの目をじっと見つめた。鋭い眼光。
「分かっておろう」
 いえ・・・・・・分かりません。
「悪魔に祝福されし娘よ。その書はわしには重荷であった。わしには何もできぬのだ。おお、ようやく解放される」
 あの、あの、あの、何言ってるの?
 さすがに狼狽した。
「いったいどういうこと・・・・・・?」
「分からぬはずがない。隠すな」
 隠してません。他に隠してることはあるけど、この件に関しては何も隠しごとはありません。
「わしの目に狂いはない。とぼけても詮無きこと。罠などではないから信じよ」
 ええ? あなたの目は狂いっぱなしだと思います。
「悪魔の血が流れる肌色。淫魔の漆黒の瞳。リリムの顔立ち。わしのような代理のまがい物ではない。お主こそ本物、真の所有者」
 はああ?
 ちょっとだけ話が見えてきた。
 東方人を見たことがない迷信深いおばあさんが、あたしの容姿を見てなんか頭がとっ散らかっちゃったんだ。
 じゃあ、この本の内容は・・・・・・。

「代々受け継ぎしその書。もうわしは関わらぬ。あとは全てお主の心のままに」
 最後にそう言い残し、おばあさんはまた猛ダッシュで去って行った。
 あ、井戸使わなくていいんですか?

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