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第一章
25話 でもって、解凍
しおりを挟むあたし達は四階に辿り着いた。
「ふししっ。どうしましゅ? 皿洗いは止めておきましゅか?」
マドンナさんに聞かれる。
「いえ、やった方が気持ちが落ち着くと思いますので」
「ふししっ。そうでしゅか。では料理長しゃんに話してきましゅ」
あたしは厨房の入口に立ち、料理長と交渉するマドンナさんの様子を見守っていた。
レンガの壁の広い部屋。
壁炉やかまどの前、流し場、あるいはテーブルの前で料理人やお手伝いの人達が十数人ほど忙しく立ち回っている。
肉を切ったり、パン生地を棒で伸ばしたり、ボウルの中をかき混ぜたり、鍋を火にかけたり。
あちこちから良い香りが流れてくる。あと少し煙い。暑い。
でも、あたしはこの雰囲気に浸ってはいなかった。
さっきの出来事がぐるぐる頭の中でリピートしてた。
何も出来なかった。何も出来なかった。動けなかった。
なんてあたしは無力なんだろう。
マドンナさんと料理長が連れ立ってあたしの方へやって来る。
料理長は中背で小肥りのおじさん。髭は剃ってはいるけど口の周りには青々と剃り跡が残っている。ゲジゲジ眉で顎は弛み、どんぐり眼で鼻が丸い。頭を包んで顎紐で止める灰色の頭巾を被ってる。
着ているものは茶色い踝丈の長袖ワンピース。丸首でざっくりした素材のもの。その上から肉屋さんみたいな白いロングエプロン。
そのエプロンには血が付いてるし、デカい肉切り包丁持ったままだし、ちょっと怖いんですけど。
「お前かっ! 東方のアホンダラはっ!」
向かって来ながら、いきなり料理長はあたしのことを怒鳴りつけた。
あたしはビクリとした。
なっ、何よ!
「ふししっ。ごめんなしゃいね。あてくしも頭が回らなくって」
マドンナさんは謝ってくる。何のこと?
「こんな時間に洗う皿がそんなにあるかいっ! 洗うのは午餐が終わってからだっ!!」
料理長が更に怒鳴る。
あ、そうか・・・・・・。
でも、そんな怒鳴んないでよ。さっきの事がトラウマになってて、男の人の乱暴な声が怖い。
くそー、浮気料理長め。
「やる気があるならキャペツを食いやすいよう切りやがれっ! できるかっ?!」
「え、はい、たぶん」
キャペツ? 料理長が顎で示した先には籠にごろごろ入ったキャベツそっくりな葉菜。分かりやすっ!
「たぶんだとう?!」
「いえっ、できますっ!」
マドンナさんには座って休んでもらい、あたしはキャペツチャレンジに取り掛かる。
小型のテーブルの前に陣取り、まな板を置き、キャペツを一玉乗せる。
借りた包丁を構える。
周囲の料理人達の視線を感じた。
「どんな風に切りますか?」
あたしは料理長の方を見て言った。
「はあ? どうにでも好きにしろ! キャペツなんてそのまま食うだけだ。味が変わるわけでなし、手で毟ってもいい!」
「はいっ」
生で食べるんだね。
あたしはキャペツをスカンと二つに切った。芯を取る。半玉キャペツを更に二つに切る。
そして、神速の千切り! 繊維を断つように切る! これで甘みが出て食感は柔らかくなるんだ。
カカカカカカカカカカカカカカ! 軽快な音がリズミカルに響く。
よし、極細の仕上がり。
さあ、次。
刻み終わったキャペツを皿に盛り付ける。
「すっ、すげえ!」
見ていた料理人の一人が声を上げた。
その声に反応して料理長が近づいてくる。いいけど肉切り包丁は置いてきてくれないかなぁ。
「何だ、こんな細かくして」
料理長はあたしの横から皿の上の千切りキャペツをひと掴み取って口に入れた。
「む!」
目を丸くする料理長。
どうだ、美味いだろ。味も食感もいつもと違うだろ。
「根菜も切れるか?」
料理長が聞く。
「切れますよー」
「あれを切ってみろ」
料理長は流し場で女の人が洗っていた人参っぽい野菜を指した。
「はいっ!」
受け取ったニンチン。さあ、どうしてくれよう。
周囲の喧騒。人声。主に料理長の喚く声。
「あー、違う違う! 先にこっちやれってえの!」
「家令様はピーミャンは大嫌いなんだって何度言ったら分かる? サラダに混ぜんじゃねぇ!」
「伯爵夫人様が届けて下さる最高級肉はもうきてるのか? ドリンクも? きてんなら言えよ!」
「バカヤロウ! 焦がしすぎだっ! やり直せっ!」
「まだ下ごしらえが済んでねぇのかよ。間に合わなくなるだろうが!」
「イリヤさん、またつまみ食いに来たんすかい? あっ、勝手に高級酒飲むなっ!」
気にするな。集中、集中。
無我の境地で作業。
あたしの周りには人だかりができていた。
テーブルの皿の上には様々なニンチンの飾り切りが盛り付けてある。
桜、もみじ、ねじり梅、菊、薔薇、蝶、星、扇、うさぎ、鳥、ハート。
綺麗でしょ。面白いでしょ。この世界にこんなのないよね?
感嘆と称賛の声が渦巻く。
ふふっ。
あたしは鼻高々。
「もっとやって見せてくれ!」
誰かが言った。
「は~い。じゃ、あれ使ってもいいですかぁ?」
あたしは大根っぽい根菜を指差した。
桂むきしたタイコンを広げて切り込みを入れ、コルク栓くらいに切って頭に細かい格子状の切れ目を入れたニンチンに巻きつける。
根元を爪楊枝で止め、立ててタイコンを広げていく。
「「「ううおおおおおおおおおおっ!!!!」」」
空気を揺るがす怒涛の歓声。
菊花大根だいっ! ネットの動画見ながら練習したんだっ!!
マジで花に見えるでしょ? えへんプイッ!
「ミチルといったか」
料理長が何だかしおらしくなって話しかけてきた。相変わらず肉切り包丁は持ってるけど。
「はい。ミチルです!」
「その、時間のある時にでも今の東方の技をわしに教えてはもらえまいか?」
「いいですよ~。もっと色々ありますよ~」
「そ、そうかっ!」
「偉いお客様をもてなす時なんか喜ばれますよ~♪」
「うむっ、うむっ」
あたしはなんかもう、すっかり気分が良くなっていた。
暇になった時の職場も確保できたぞ。
そだ、午餐も近いよね。
マドンナさんは?
あ、居眠りしてる。
あたしはマドンナさんを揺り起こし、食事のマナーを教えて欲しいとお願いした。
ふがふが頷くマドンナさん。
さあ、付け焼き刃になるけどしっかり覚えなきゃ。
昨日の侍従・侍女での食事はぶっちゃけた感じでワイワイしてたんで、あまり参考にならない気がするし。
東方の習慣のままでいいという伯爵の言葉があるとはいえ、夫人と二人きりってことになるとなんかね。甘えてらんない。
伯爵夫人は優しげな感じだけど、ランマルさんには夫人は厳しい人だから落ち度のないようにって釘を刺されてる。それはつまり、きっとマナーにも厳しいんだよね?
いかん、緊張してきた。
この会食はあたしのイメージを大きく左右するに違いないぞ。
好印象与える為には、しくじれない大一番。
ああっ、マドンナさん、また寝ちゃダメ! もうそんなに時間ない。
料理長の好意のもと、あたしは厨房の片隅を使ってマドンナさんからテーブルマナーの手ほどきを受けた。
うん、転移前の洋食マナーとそこまで掛け離れてはいない。
これなら何とか大丈夫じゃないかな。
いける。戦える。
「ふししっ。しょれから生ネズミにょ食べ方は」
へ?
「生ネズミ?」
これまでの法則からして、ネズミというからには地球の鼠に準じた動物だよね。
「ふししっ。はい。籠から掴み出ひて皿の上に乗しぇたら、まじゅ逃げにゃいよう首根っこをフォークで押さえ付け、しょひてナイフで」
「いっ、生きてるのぉ?!」
「ふししっ。生ネズミでしゅからね。もちろんでしゅ。毛は剃ってありましゅにょでご安心くだしゃい」
いえ、その、あの・・・・・・。
いっ、いやああああああああああああっっっっ!!!!
「そっ、それ、こ、これからの午餐に出ますか?」
「ふししっ。しゃあ、しょれは分かりましぇん」
あたしは料理長のところへすっ飛んでいった。
そして、伯爵夫人との会食のメニューに生ネズミ料理はないことを確認。
はああ、よ、よかったぁぁ。
料理長は夫人の午餐の相手があたしと知って驚いてたな。
「ふししっ。ところで、しょろしょろ食堂へ向かった方がよいでしゅね」
マドンナさんは粛然と運命の時が訪れたことを告げた。
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