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夢見る少女の願い
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『サルビア、貴方を待ってた』
一体、どういうことかしら…。
人違い?いいえ、サルビアって呼ばれてますし。
けれども、私は彼女を知らない。
「別のサルビアさんでしょうか?ごめんなさい、貴方みたいな可愛らしいこを存じ上げないの」
「サルビア・サクラ・ウィリアム」
リナが呟いた言葉を反芻した。初めて会う彼女が知るはずのないその名前に私の鼓動が変に速くなる。
…サルビア・サクラ・ウィリアム
「…どうして、リナがその名前を知っているの?」
もしも、父が送り込んだ輩なら、この国をそろそろ出なくてはいけないかもしれない。
こんな小さな子を手にかけたくはない。私は自分の中で葛藤する。
「聞いたの。夢の中で…」
「夢?」
「うん。リトには内緒」
そう言って、人差し指を立てて右手を口元に添えて「秘密」だと微笑んだ彼女は、年相応に見えた。
「リトって…」
「リトは私の弟。たった一人の家族」
『ピイィイイイイイーーーピィィィイイイイーーーーーーーー』
その時、西の方から甲高い笛の音が響いた。
「主が呼んでる。もう戻らないといけない。…けど、サルビアともう少しだけお話ししたい」
そういってリナは私を見つめた。
私も聞きたい事がたくさんあった。
どうして、その名前を知っているの?なんで私が来ることを知っているの?どうしてあなたはそんな恰好をしているの?どうして………。
聞きたいことが山ほどあったが、どうやら、彼女には時間がないらしい。
「時間がないの、サルビア。私が一方的に頼んでいるだけだから、聞かなくてもいい。けれども、サルビアたちにリトをお願いしたい」
リナは私のコートの裾を軽く掴んだ。
「どうして私たちに頼むの?」
ここを通る人は少ないが、私たちでなくても他にも頼もうと思えば頼めるはずだ。
「どうしても」
どうしても…?よく分からない。
『ピイイイイィィーーー』
再び笛の音が響いた。
「主が私を呼んでる。遅刻かな」
「大丈夫なの?」
「大丈夫。軽く殴られる程度。いつものこと」
それは絶対大丈夫ではないやつだ。普通に見れば、美しい幼子なのに、一つ一つ紡ぐ言葉がずっしりと重く私の胸に刺さる、初対面でも。
とても不思議な子…。
「じゃあ、もう行く。お願い、守らなくてもいい。けど、知っておいて欲しかっただけ。
…聞いてくれてありがとう」
そう言って、リナは大雪の中笛が鳴り響いている方へと駆けていった。
………
(…良かった。サルビアに会えた)
リナは走りながら、考えていた。リトにはずっと一緒だと言ってくれたが、リナはそれが叶わないことを知っていた。
リナは夢を見る。普通の人にとって夢はただの幻想であり、現実ではない。しかし、リナにとっては違った。
彼女がそれに気が付いたのは、6歳になったばかりのころだった。
夜中に、悪夢で起きてしばらく泣いたことがあった。
「どうしたの?」と母に言われて、「ちちもははもしんじゃうの?」答えた。
夢で、父と母が炎に包まれて消えてしまったから…。
母は私を抱きしめて「大丈夫だからね」と何度も言ってくれた。
しかし、1週間後、村が全焼した。原因は村を訪れた旅人が炊いた火の残りが村の家の一角に移り、そのまま村全体に広がったという。
その結果、村で暮らしていた人は殆ど死んでしまった。リナとリトの両親も例外ではない。それからは生き残った人々と共に暮らしていたが、暮らす中で、リナは周りの人々に関してたくさんの夢を見た。ある人は大雨に打ち付けられて死ぬ。ある人は婚約者に別れを切り出される。ある人は…...。
夢で見た出来事、しかも不幸な出来事が現実でも起きた。
繰り返し起これば、嫌というほど自分の夢の存在が歪なものだと気づく。その夢を何人かに話してしまったことがあった。語った夢が現実となったと時、その人たちからリナへ刺さるような視線が向くようになった。
リナは集団生活に居たたまれなくなった。リトの「リナと共にいたい」という想いもあって、2人は集団を抜けて暮らしていくことを決意した。
その真夜中のことだった。奴隷商が雇った賊が奇襲をかけてきた。
真夜中と言うこともあり、皆反応に遅れた。
多くの者は薬品を嗅がされ、気絶したところを攫われた。中には、抵抗して、殺される者もいた。2人も薬物を嗅がされ、捕まった。世の中の残酷さを突きつけられたのはリナが7歳、リトが6歳の頃だった。
2人は奴隷として、強制的に働かされることになった。リトは1日足らずで目が覚めたが、リナは、1週間の間、眠り続けた。
奴隷商の輩がリナを起こすためにあらゆる手をつくしても、目が覚めることがなかったので、床の間に放置された。リナはまるで眠らされているように目を開けることがなかった。
1週間の間、リナは夢を見続けた。
捕まった彼らの行く末…、リトの未来…。
そして、自分自身が、殺されること…。
自分の見た夢の中での出来事は鏡のように、何一つ変わることなく現実に写し出された。
今まで、未来が変わったことがなかったし、リナは自分の未来を受け入れるしかなかった。
(けど、リトだけは絶対に幸せな未来を掴んで欲しい)
そんな願いが、見せた、ある1つの夢。
初めての幸せな夢だった。
それとともに、その先の未来……サルビア・サクラ・ウィリアム。彼女の未来の断片の一部も見てしまった。
リナは、祈る。
リトの未来。加えて、サルビアが抱える未来の結末が少しでもいいものになることを。
夢でしか、サルビアを知らないリナは、その夢が示す未来にリトを託した。
その道のりは不安でしかなかったが…。
……
「リナ…大丈夫?」
荷物を運んでいるリトが、心配そうにこちらの様子を伺う。
先ほど、叩かれたところは、青紫に腫れ、痛みが引きそうにない。
「いつものこと。それに、私が遅れたのが、悪いの」
「あいつら、僕たちを無理やり連れてきたくせに」
リトは、持っている袋を強く握りしめた。爪が
袋に食い込むほどに。
リナもいつも通り、積荷を運んだ。
「リトは、大丈夫!」
「…?……うん?」
リトはなんのことか分からず、首をかしげて頷いた。リナはこれから起こる未来をしっかりと見据えていた。
一体、どういうことかしら…。
人違い?いいえ、サルビアって呼ばれてますし。
けれども、私は彼女を知らない。
「別のサルビアさんでしょうか?ごめんなさい、貴方みたいな可愛らしいこを存じ上げないの」
「サルビア・サクラ・ウィリアム」
リナが呟いた言葉を反芻した。初めて会う彼女が知るはずのないその名前に私の鼓動が変に速くなる。
…サルビア・サクラ・ウィリアム
「…どうして、リナがその名前を知っているの?」
もしも、父が送り込んだ輩なら、この国をそろそろ出なくてはいけないかもしれない。
こんな小さな子を手にかけたくはない。私は自分の中で葛藤する。
「聞いたの。夢の中で…」
「夢?」
「うん。リトには内緒」
そう言って、人差し指を立てて右手を口元に添えて「秘密」だと微笑んだ彼女は、年相応に見えた。
「リトって…」
「リトは私の弟。たった一人の家族」
『ピイィイイイイイーーーピィィィイイイイーーーーーーーー』
その時、西の方から甲高い笛の音が響いた。
「主が呼んでる。もう戻らないといけない。…けど、サルビアともう少しだけお話ししたい」
そういってリナは私を見つめた。
私も聞きたい事がたくさんあった。
どうして、その名前を知っているの?なんで私が来ることを知っているの?どうしてあなたはそんな恰好をしているの?どうして………。
聞きたいことが山ほどあったが、どうやら、彼女には時間がないらしい。
「時間がないの、サルビア。私が一方的に頼んでいるだけだから、聞かなくてもいい。けれども、サルビアたちにリトをお願いしたい」
リナは私のコートの裾を軽く掴んだ。
「どうして私たちに頼むの?」
ここを通る人は少ないが、私たちでなくても他にも頼もうと思えば頼めるはずだ。
「どうしても」
どうしても…?よく分からない。
『ピイイイイィィーーー』
再び笛の音が響いた。
「主が私を呼んでる。遅刻かな」
「大丈夫なの?」
「大丈夫。軽く殴られる程度。いつものこと」
それは絶対大丈夫ではないやつだ。普通に見れば、美しい幼子なのに、一つ一つ紡ぐ言葉がずっしりと重く私の胸に刺さる、初対面でも。
とても不思議な子…。
「じゃあ、もう行く。お願い、守らなくてもいい。けど、知っておいて欲しかっただけ。
…聞いてくれてありがとう」
そう言って、リナは大雪の中笛が鳴り響いている方へと駆けていった。
………
(…良かった。サルビアに会えた)
リナは走りながら、考えていた。リトにはずっと一緒だと言ってくれたが、リナはそれが叶わないことを知っていた。
リナは夢を見る。普通の人にとって夢はただの幻想であり、現実ではない。しかし、リナにとっては違った。
彼女がそれに気が付いたのは、6歳になったばかりのころだった。
夜中に、悪夢で起きてしばらく泣いたことがあった。
「どうしたの?」と母に言われて、「ちちもははもしんじゃうの?」答えた。
夢で、父と母が炎に包まれて消えてしまったから…。
母は私を抱きしめて「大丈夫だからね」と何度も言ってくれた。
しかし、1週間後、村が全焼した。原因は村を訪れた旅人が炊いた火の残りが村の家の一角に移り、そのまま村全体に広がったという。
その結果、村で暮らしていた人は殆ど死んでしまった。リナとリトの両親も例外ではない。それからは生き残った人々と共に暮らしていたが、暮らす中で、リナは周りの人々に関してたくさんの夢を見た。ある人は大雨に打ち付けられて死ぬ。ある人は婚約者に別れを切り出される。ある人は…...。
夢で見た出来事、しかも不幸な出来事が現実でも起きた。
繰り返し起これば、嫌というほど自分の夢の存在が歪なものだと気づく。その夢を何人かに話してしまったことがあった。語った夢が現実となったと時、その人たちからリナへ刺さるような視線が向くようになった。
リナは集団生活に居たたまれなくなった。リトの「リナと共にいたい」という想いもあって、2人は集団を抜けて暮らしていくことを決意した。
その真夜中のことだった。奴隷商が雇った賊が奇襲をかけてきた。
真夜中と言うこともあり、皆反応に遅れた。
多くの者は薬品を嗅がされ、気絶したところを攫われた。中には、抵抗して、殺される者もいた。2人も薬物を嗅がされ、捕まった。世の中の残酷さを突きつけられたのはリナが7歳、リトが6歳の頃だった。
2人は奴隷として、強制的に働かされることになった。リトは1日足らずで目が覚めたが、リナは、1週間の間、眠り続けた。
奴隷商の輩がリナを起こすためにあらゆる手をつくしても、目が覚めることがなかったので、床の間に放置された。リナはまるで眠らされているように目を開けることがなかった。
1週間の間、リナは夢を見続けた。
捕まった彼らの行く末…、リトの未来…。
そして、自分自身が、殺されること…。
自分の見た夢の中での出来事は鏡のように、何一つ変わることなく現実に写し出された。
今まで、未来が変わったことがなかったし、リナは自分の未来を受け入れるしかなかった。
(けど、リトだけは絶対に幸せな未来を掴んで欲しい)
そんな願いが、見せた、ある1つの夢。
初めての幸せな夢だった。
それとともに、その先の未来……サルビア・サクラ・ウィリアム。彼女の未来の断片の一部も見てしまった。
リナは、祈る。
リトの未来。加えて、サルビアが抱える未来の結末が少しでもいいものになることを。
夢でしか、サルビアを知らないリナは、その夢が示す未来にリトを託した。
その道のりは不安でしかなかったが…。
……
「リナ…大丈夫?」
荷物を運んでいるリトが、心配そうにこちらの様子を伺う。
先ほど、叩かれたところは、青紫に腫れ、痛みが引きそうにない。
「いつものこと。それに、私が遅れたのが、悪いの」
「あいつら、僕たちを無理やり連れてきたくせに」
リトは、持っている袋を強く握りしめた。爪が
袋に食い込むほどに。
リナもいつも通り、積荷を運んだ。
「リトは、大丈夫!」
「…?……うん?」
リトはなんのことか分からず、首をかしげて頷いた。リナはこれから起こる未来をしっかりと見据えていた。
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