カンテノ

よんそん

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第2章 カーネイジ

2-11 イナゴと熊

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 橋の上では無数のイナゴが次々と人を襲っていた。たかが虫だと侮っていた人達も多かったが、あのイナゴ達は従来のそれよりも大きく、凶暴で、人間に噛みつき、さらに強靭な羽根は刃と化し観光客たちの肌を切り裂いていた。為す術もない人々はその場に次々と倒れていった。
  そしてあまりにも異常な数で、人間を真っ黒に覆い尽くす程にイナゴがびっしりと群がっていた。さらに、橋にもイナゴが絨毯のように敷かれ、人々は行き場を無くし右往左往している。

  なんとかしなくてはならない。川岸へと降りれそうな場所を探す。橋のたもとから脇道に入って降りれそう場所があった。

「ドド、あそこだ、行こう」

「おう! あいつら許せねぇな」

  堂島さんと僕は橋のたもとへと急いだ。降りれそうではあったが、辛うじて岩の足場がある程度だった。

「シルベーヌさん、一颯いぶきさんを頼みます!」

「ちょっと! あなた達!」

  後ろにいるシルベーヌさんが呼び止めようとしていたが、僕達は止まるわけにはいかなかった。早くこの事態を収束しなければならない。
  草が鬱蒼うっそうと茂る斜面を降り、岩場をいくつか渡り、堂島さんと僕は川原へと辿り着いた。
  川原と言っても、そこは殆どが岩場である。大小様々な岩が点在しており、その間を縫うように川が流れている。その川原の両脇には白い岩山が高くそびえ立っている。

  そして、あの3人を視界に捉える。20m程先で僕らを待ち構えるように大きな岩の上に立っていた。足場が悪い。こんな場所でこいつらと戦えるのか。

「よう、また会えて嬉しいぜ。でけぇの」

  アイレッスルドベアが堂島さんに向かって声をかけた。よく見ると後方に熊が2匹控えている。

「あぁ、こっちも嬉しいぜ。今日こそお前をぶちのめして、その面ボコボコにしてやるぜ」

  堂島さんは挑発も兼ねた宣戦布告をした。そして、アイレッスルドベアの隣にいる、あの長髪で覆面をつけてる男。この季節でも黒いコートを着ている。あいつの周りにイナゴが飛んでいるという事は、あのイナゴは奴が操っているのか。
  その隣にはあの坊主頭がいる。半袖のTシャツから出ている腕にはタトゥーがチラリと見える。

「お前は、あの時、街で僕に声をかけた奴だな?」

  僕がそう言うと、坊主頭の男は口を横いっぱいに広げ、獰猛な笑みを浮かべた。

「おうおう、そうだ。覚えててくれて嬉しいぜー、青緑のガキ。確か、弖寅衣てとらい 想だったな? こっちで調べはついてる。俺の名前はサターンズ・リングだ。よく覚えとけ」

  サターンズ・リング。坊主頭はそう名乗った。自信に満ち溢れ、今にも攻撃を仕掛けてきそうな危険な目をしている。

「こっちはローカスト。そんでアイレッスルドベアとはもう面識あるんだったな」

  サターンズ・リングは丁寧に紹介してくれた。長髪の男、ローカストは無口なのか言葉を発しない。だが、吊りあがった口元は人を殺す事に躊躇がない様が伺える。橋の上からはまだ人々の悲鳴が聞こえている。

「お前らがわざわざ俺達のところに来てくれて助かったぜ。出向く手間が省けたからなー。さっさと始末して、俺達は任務を遂行しなきゃなんねーんだ。アイレッスル、また相手してやれよ」

  坊主頭のサターンズ・リングはアイレッスルドベアに向かって言った。

「言われなくてもやってやるさ。サターン、あんたは休んでな。こいつらは俺が殺す!」

  アイレッスルドベアがそう言うと、奴の後方にいた熊達が動き出した。動物ゆえにこの岩場という地形に慣れている。岩場の上を難なく進み、僕らに向かってくる。

「望むところだ。てめぇら全員ぶっ倒す!」

  堂島さんは声を上げ、己に喝をいれると飛び出す。川は勾配になっており、敵は上流の方にいるため、僕らは地形では圧倒的に不利だった。それでも、堂島さんはひょいひょいと岩場を飛び跳ね進み、熊に向かって飛び蹴りを放つ。

  もう一方の熊も僕に向かって数秒で近づいてきた。しかし、僕は慣れない岩場でほとんど動けずにいた。一番近い岩は大きくて、よじ登るにも大きな隙が生じるため、ここで迎え打つしかない。周りは川。落ちたらそこを狙われ、負ける。
  熊は眼前に迫っていた。グラインドを使い、近場の岩をぶつける。熊は水飛沫を立て、川へと落ちたが、川での動きも慣れているのか、すぐさま起き上がる。僕は半ば慌て気味にもう1つ岩をぶつける。
  しかし、甘かった。僕の真後ろに、もう1匹熊がいた。3匹目の熊が身を潜めていたのだった。振り返った時にはもう目の前に鋭利な熊の爪が迫っていた。

  ――――やられるっ!?

  思わず諦めてしまった。が、前足を振りかぶった熊はその場に倒れ、川へと落ちた。

「全くもう。レディーを置き去りにするなんてダメじゃない!」

  シルベーヌさんだった。シルベーヌさんが僕のすぐ隣に、同じ岩場に立っていた。怒った表情をしていたが、すぐにニコッとする。少し離れた所には一颯さんもいた。

「あ、シルベーヌさん、ごめんなさい。そしてありがとう」

  まだ日本刀は布袋に入っている状態である。それであの熊を倒してしまったのか。少し離れた先で熊と格闘している堂島さんもシルベーヌさんを確認し、声をかけている。

「いいわよ。あたしが助けに来たからにはもう安心しなさい。これ持っててくれる?」

  そう言って日本刀を入れていた布袋を僕に渡した。三脚ケースの方は一颯さんが持っていた。

「あなた達、3人まとめてかかってきてもいいのよ! 全員、あたしが斬るわ」

  シルベーヌさんはまだ納刀状態の日本刀を左手に持ち、3人に向けて言い放つ。長髪覆面のローカストが何か言ったが聞き取れない。恐らく日本語ではないのだろう。他の2人は流暢な日本語を話すのに対し、あいつは日本語が話せないようだ。

「お前か! シルベーヌっつーのか? あん時はよくもやってくれたな! いいぜ、今日はフルパワーでやるからな? ……あん? サターン? どうした?」

  意気揚々と宣言したアイレッスルドベアだったが、坊主頭のサターンズ・リングの様子がおかしい事に気づき其方を見ていた。あの余裕に満ちていた笑みが消え、目を見開き、おののいている。

「シルベーヌ……だと? うそだろ……? ばかな! ピンクの髪……日本刀……いやそんなわけがない! まさか、まさか! なぜ日本にいる!? 貴様、剣精シルベーヌか!?」

  サターンズ・リングの言葉をアイレッスルドベアが嘲笑う。

「ケンセー? 何言ってんだよ! 軍隊を壊滅させただの、テロリストを皆殺しにしただの、ありゃ都市伝説だろ? んなもんいるわけねぇだろ? 日本だぞ?」

  アイレッスルドベアは笑っていたが、すぐにのんびりとした声が響く。

「剣精ねぇー、そう呼ぶ人もいるわねー。あとは剣精姫とか、ブレイド・フェアリーとかも。あたしはそっちの方がいいんだけどね」

  シルベーヌさんのその言葉にアイレッスルドベアの笑いが凍りつき、まじかよと言葉が洩れる。そして、シルベーヌさんは日本刀を抜き始める。

「それでも、あなた達はかかってくるの? あたしと、あたしのこの死刀『フィータス』に」

  シルベーヌさんは笑っていた。いつもの笑顔ではない。獲物を見つけたハンターのような笑みだ。隣にいる僕は怖くてたまらない。

  と、先程から黙っていたローカストがイナゴの大群を飛ばしてきた。鋭い羽根が周囲の岩に当たり、耳を劈くような音を立てる。
  しかし、そのイナゴ達は僕らの周りで皆バラバラになり川に落ちていった。シルベーヌさんの刀は鞘から抜かれていない。いや、これは居合というやつか? そんな、あの一瞬で何百もいるイナゴを全て切り落としたのか?

「やだぁ、虫なんて切りたくないわぁー。あたしのフィーちゃんが臭くなっちゃう」

  先ほど刀の名前を「フィータス」と言っていたが、その愛称なのだろうか。シルベーヌさんは呑気にそう言っていた。
  軍隊やテロリストを壊滅したなんて本当なのかと思っていたが、こんな荒業を目の当たりにしたら信じざるを得ない。

「うそ、だろ……本当に剣精が実在したってのか!?」

  驚いていたアイレッスルドベアだったが、その横から忍び寄る影があった。

「おっらぁ! ここまで来てやったぞ!」

  堂島さんがアイレッスルドベアの腕を掴み、反対側の岩へと投げつける。

「ぐあっ! こいつ、不意打ちしやがって。俺の熊はまだまだいるんだよ!」

  そう言うと、どこから出てきたのか、熊が6匹程現れた。まだこんなに待機してたのか。

「そーちゃんまだ戦える? 無理しない程度にね。百々丸どどまるくんがあの女と戦うからあたし達は熊を片付けましょう」

  シルベーヌさんの表情が段々と真剣なものへと変わっていく。そして、彼女はすぐに飛んだ。いつもはスカートでもあの身のこなしなのに、今日はデニムパンツだからか、さらに俊敏だ。堂島さんのすぐ近くにいた熊を一太刀で斬り倒した。

「百々丸くん、あの女と決着つけるんでしょ? いってらっしゃい。周りのはあたし達に任せて」

  突然すぐ近くに来たシルベーヌさんに堂島さんも驚いているようだったが、すぐにいつもの笑顔になった。

「サンキュー姉さん。 んじゃ、いってくらぁ」

  そう言って堂島さんは1つ、2つ、3つと岩を渡り、アイレッスルドベアへ拳を放つ。勢いがついた拳は、アイレッスルドベアの顔を捉えていたが、それを両腕でガードされてしまう。

「こっちも加減してらんねぇ状況なんだ。悪ぃが昨日と同じと思うなよ! フルパワーで行くぜ!」

  そうアイレッスルドベアは言い放つと、堂島さんの顔目掛けて足を蹴り上げる。しかし、堂島さんは体を横に半回転するようにしてそれを避け、その動きを勢いにした裏拳でアイレッスルドベアの顔面を横殴りした。

「残念だが、お前はもう俺には勝てねぇ」

  堂島さんはそう言い放ち、さらに回転し、蹴りで追撃し、アイレッスルドベアを川に突き落とした。
  僕も周囲の熊へと注意を向けていた。手当たり次第から倒すしかなく、大きい岩を投げつける。頭部を狙えば難なく熊を倒す事はできる。2体の熊を倒す事に時間はかからなかった。

  その間、残り4体の熊もシルベーヌさんが倒していた。全く息も乱れていないようだし、相変わらず返り血を浴びていない。
  と、その時、僕の頭上からイナゴの大群が押し寄せてきた。いつの間にか、上に待機していたのか。気付くのが遅すぎた。少しでも回避しようと、真横にジャンプするが、体中にイナゴの羽が突き刺さる。

「っ――――!」

  声にならない叫び声が洩れ、激痛と共に僕の身体は川へと落ちていった。
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