カンテノ

よんそん

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第4章 ナターシャ

4-8 真紅

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 ブルヘリアさんとの歓談をしながら食事を終え、僕達は活気溢れた食堂を後にした。

「いやー、寺井さんも島田さんもえぇ人じゃな! どうだろ? 今宵はうちに泊まってかんか? ぜひもっと仲良くしたいんだわ! ダハハ!」

  よく笑う人だ。相変わらず変な笑い方で。

「気持ちは嬉しいが、食事までご馳走になって、今晩の宿も世話になるわけにはいかねぇよ。迷惑かけっぱなしだ」

  ドドはやんわりと断った。

「えーん、つれないのぅ? なぁ、寺井さんもダメですか?」

  肥えた体形のおじさんが少女のような仕草をしながら僕に聞いてくる。

「あ、はい。ここまでお世話になるわけにはいかないので。お気持ちだけ受け取っておきます」

  僕がそう言うと、ブルヘリアさんは観念したように首を傾けながら息を大きく吐いた。

「そこまで言われちゃー、諦めますわ。あ、でもちょうど今から夜のイベント始まるのでっさ! この里の名物だから、ぜひ見てってよ!」

  そこまで言われたら断るわけにもいかず、僕達はブルヘリアさんに案内され、里の中心部の広場にやってきた。
  既に広場には大勢の人が集まっていた。やはり名物のイベントという事もあり、住民にも人気なのだろう。

「さぁさぁ、始まるでおー!」

  ブルヘリアさんは今までにない程に興奮していた。その視線の先、広場の中心に視線を向ける。
  あれはなんだろう。中心部に銅像が置かれている。角がある。鬼か? いや、違う。翼もあって、禍々しく、ゴツゴツした身体をしている。あれは、悪魔だ――。

  その時になって気づいた。周りの住民のその異様な姿に。皆、黒い服を身にまとい、その顔は白く塗られ、目の周りだけは黒く塗っていた。
  呆気に取られていると、広場の奥の建物から女性が男性に引っ張られて出てきた。その女性は下着姿で、虚ろな表情はどこを見ているのかわからない。
  そして、悪魔の銅像の前にまで連れてこられた女性は、次の瞬間、近くにいた白塗り男のなたによって首を切り落とされた。
 
「ナイトサイド・エクリプス! ナイトサイド・エクリプス!」

  周囲の白塗りの男達が一斉に声を上げ始めた。なんだ? なんだ? これは。
  僕は動悸が収まらない。今、確かに目の前で女性が殺された。これが、この街のイベントだと? こんな事が、あっていいのか?

「どうですー、弖寅衣くん?」

  えっ? ブルヘリアさんは、今、確かに僕の名前を言った。僕は「寺井」という偽名を使っていたのに。

「ばれてないと思っとったんかぁ? 下手な偽名使いやがってなー」

  呆気に取られていた僕の心を見透かしたように、その男――ブルヘリアはそう言って笑っている。隣のドドも絶句している。訳の分からない事が重なりすぎて混乱状態が収まらない。
  そこに1人の男が現れた。こいつは……。

「やっぱりこの山にいたんですね、想くん」

「お前は!? エイシスト!?」

  オレンジ色の髪を頭頂部で縛り、サイドの髪は編み込んでいる。以前と同様、グレーのロングコートにベージュのワイドパンツを履いている。

「あぁ、教主様いらしてたんですねぃ! ご無沙汰しとりーます!」

  ブルヘリアはそう言って敬礼をした。という事は、ブルヘリアはゼブルムの人間なのか?

「貴様、まさか未来予知で俺達がここに来る事を予知したのか!?」

  ドドが声を荒らげて言った。

「そうです。ですが、それが見えたのは今日のお昼頃でした。この3週間、私の未来予知では想くんが全く視えなかったのです。いったいどうなっているのです?」

「そんな事、僕らが知るわけないだろ」

  僕はそう言うと、そばにあった資材置き場から角材をグラインドで動かし、エイシストに向けて放つ。が、それをエイシストはひらりと避けた。

「あのブルータルを倒したそうですね。流石です。しかし、私にはこの未来予知がある限り攻撃は当たりません」

  エイシストは目が見えないにも拘らず1人で行動ができるどころか、攻撃さえも避ける。それは「エイシスト」という未来を予知するグラインド能力があるからに他ならない。

「未来予知がなんだっつーんだよー!」

  ドドが吠えながら拳を放つも、エイシストは少し屈んだだけでそれを避けた。

「教主様によくも無礼をー! あほんだらー!」

  そう言って、ブルヘリアは拳銃を取り出してドドに向けて撃った。

「つっ――!」

  辛うじて避けたドドだったが、銃弾が太腿を掠り、血が弾け飛ぶ。僕は先程の角材を動かし、ブルヘリアの後頭部を殴った。

「ぼんげへぇっ! いってぇなガキぃ!」

  ブルヘリアはそう叫び、今度は僕に向けて銃を撃ってきたが、資材置き場から予め用意していた鉄板を空中に浮かせてガードする。

「未来予知ができるエイシストを攻撃できないなら、ブルヘリア、あなたを倒すだけだ」

  僕はそう言って、角材を空中に浮かせて構える。と、周りの白塗りの男達がブルヘリアを守るように集まり出す。皆、手に鉈や包丁などの刃物を持っている。

「ドド、大丈夫かい?」

  僕は脚を負傷した彼の下に近寄る。

「あぁ、この程度なんともねぇ。数が多いが、やるしかねぇんだ。いくぞ、想!」

  ドドは走り出し、相手の刃物を物ともせずに殴りかかっていく。僕はドドが倒した相手が持っていた刃物をグラインドで動かし、近くにいた白塗り男に片っ端から切りつけていく。それと同時に角材を振り回し、白塗り男達を吹っ飛ばしていく。

「調子に乗るなよー島田ぁ!」

  ブルヘリアはそう言ってドドに向かって銃を向ける。「堂島」というドドの本名は知らないようだった。
  僕は先程防御に使った鉄板をドドの方に飛ばして銃弾を防御する。彼にこれ以上傷を負わせる訳にいかない。

「サンキュー、想! 助かった!」

  ドドは少し離れた所で敵を殴り倒しながら僕に向かって言った。そして、僕はあの禍々しい悪魔の銅像をグラインドで動かしていた。

「んぎゃちゃばらぼごー!? こ、このガキ、またしても……!」

  背後から銅像の突撃を食らったブルヘリアは訳の分からない悲鳴を上げていた。

「はぁ。ブルヘリア、あなたは私といなさい。そして、がんばってついてきてください」

  エイシストがブルヘリアの服の袖を摘むように引っ張った。

「はぁいっ! ブルヘリア、教主様とならどこへでもついて行きま……あばらげっちゅー!? んが、てめぇ! オラが教主様と話してる時に邪魔すんな!」

  会話の途中で僕が再びあの悪魔の銅像でブルヘリアの胸を殴り、奴はまた訳の分からない悲鳴を上げていた。

「お前を許さないからだ。あの女性をなぜ殺した!?」

  先程、広場で殺した女性は一体なんのために殺したのだ。見せ物だというのか? あれが、この里の名物イベントだと? 巫山戯るなよ。

「あ? あの女は生贄だ。我が暗黒教団、『ナイトサイド・エクリプス』にとってサタン様に捧げる生け贄なんじゃよ! あほんだら! ……ぎやっはばらっちぇー!?」

  何を言ってるのか、全くわからなかったので奴の突き出た腹を鉈で切り付けた。エイシストが横で引っ張っていたにも拘らず、奴は話をする事に夢中になって気づかなかったようだ。

「想くん、なかなか酷い事するよね」

  エイシストは少し笑っていた。僕も調子が狂う。その時、

「うっ……あ、がはっ! な、んだ……これ?」

  離れた所で戦っていたドドが倒れていた。

「ドド!? どうしたんだ!?」

  見た所、外傷も見当たらない。だが、ブルヘリアが笑っている。

「お前! ドドに何をっ……した……ん、だ……!?」

  身体が苦しく、手足に全く力が入らなくなり、僕はその場に倒れ込んだ。身体が全く動かない。

「イービビビビッルッ! やっと効いてきたな! さっきの食べ物に痺れ薬を入れといたのさ。島田の方がいっぱい食べてたから先に倒れたみたいだなー。お前ももっと食べればよかったのによー」

  ブルヘリアは笑ったが、腹に傷を受けているため、そこが痛み出して慌てて手で押さえている。

「あの時の、カレー……か、ち、ち……ちく、しょー……」

  身体に力が入らない所か、意識が朦朧としてくる。

「ざまぁみろ! じゃあな、オラは忙しいから帰る。さ、行きましょう、教主様。お前らー! 後は任せたぞー! そいつらぐっちょんぐちょんに殺しちゃってー!」

  と、ブルヘリアはエイシストと近くに停まっていた車に向かう。その車の運転席にはエイシストの従者の女がいた。
  そして、倒れている僕とドドに白塗りの男達が集まってくる。

「ま……て……っ!」

  僕は、車に乗り込もうとするブルヘリアに向かって鉈と角材をグラインドで飛ばす。が、頭がフラフラし、視界も定まらず、集中力も欠けて、物体をまともに動かせなかった。そして、ブルヘリアとエイシストを乗せた車は走り去った。

「く、く、くっ……そ……」

  と、僕の目の前に白塗りの男が立っていた。僕の身体はうつ伏せになっていて、なんとか目で確認する事ができたが、その白塗り男は間違いなく山中で1番初めに出会ったあの男だった。

「死ね。生け贄になれ。サタン様のために」

  男は手に拳銃を持っていた。
  もう、駄目だ。先生、ごめんなさい。生き延びて、あなたに恩返しをする事ができなかった。
  そして、一颯さん、ごめん。あなたに救ってもらったこの命を無駄にしてしまって。
  これで、僕はあなたの所に行けるかな。


  ――――バァンッ!


  銃声が鳴り響いた。そして、僕は、死ん……でいない……? どこも痛くはない。いや、身体は痺れていて苦しいが、銃で撃たれた痛さはない。血も出ていない。

  と、僕の目の前にポタッポタッと赤い血が落ちてくる。

「あっ……あがっ……」

  頭上から呻き声が聞こえ、僕は何とか首を動かして目の前に立つ白塗りの男を確認する。その男は腹を押さえ、そこから血が溢れ出していた。
  何が起きたんだ? 僕は、苦しみに耐えながらも首を動かして、周囲を見回す。

  そして、少し離れた場所に1人の少女が立っていた。その少女は、血のような真紅の色の髪をしていた。緩く巻いた髪をツインテールにしている。
  その服装は、フリルやリボンがふんだんにあしらわれた黒いワンピースだ。頭にもリボンとレースが付いた小さなハットを乗せている。
  少女は左手に拳銃を持っていた。その拳銃は間違いなく、先程白塗り男が持っていた物だ。

「わたくしはもう、2度と、大切な人を失わない」

  真紅の髪の少女はそう呟いた。そして僕は、その時になってやっと思い出した。その少女のファッションを、「ゴスロリ」と呼ぶ事を。
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