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2巻
2-1
しおりを挟む第一章 思春期は自由な世界放浪人
一 瓜坊令息と白豚時代の思い出と
『誰が貴様なぞ愛するものか。勘違いも甚だしい』
サク、サク――
踏みしめる自室の絨毯の音と少し籠った香りに、俺はあの衝撃を思い出した。
バクバクと五月蝿い心臓の音、嫌悪に歪んだ表情と、冷たい、アイスブルーの瞳。
この世界では絶滅した女を彷彿させる爪先まで磨き上げた同級生達と、ぶよぶよと肥え太って醜い俺。
『そ、そうだったんだ……。ごめんね、全然気付かなくて。俺、勘違いしてた。じゃぁ、さよなら』
十四歳の誕生日の三日前、俺はすごく傷付いた。けれど、泣くのも烏滸がましく申し訳ない気持ちでいっぱいで、ヘラヘラ笑ってカフェから逃げ出す。
あんなにショックだったのに、思い出は何処か遠くて、角が丸い。これが風化なのだろうか?
(まぁ元々、家出して三日で大分喉元を過ぎてた気がするけど……)
カタリと机の小物が倒れた小さな音に、換金できそうなものを掻き集め、置き手紙を書くチビッちゃい俺の幻を見る。
ふうふうと息を荒らげて、巨体をイモムシのようにモゾモゾ動かす白い贅肉の塊。
美しい婚約者に愛されてると信じていた。それが勘違いだったと知り、恥ずかしくて恥ずかしくて。消えてしまいたくて。
大好きな父上や兄上にも話せず、兎に角、気持ちを落ち着けようと家を飛び出……す気持ちでノコノコ蝸牛の歩みで出ていった。
あの頃の俺って、ちょっと廊下を歩いただけでも休憩が要る上、全力全開で歩いても遅いし、つっかえたりぶつかったり、難儀な体だったなぁ。
それで、まさか四年近く家出するなんてね。
そんな巨体で、買い物一つしたことないような世間知らずじゃあ生きていけないのは明白で。
奴隷市場を真っすぐ目指したっけ。
奴隷は物知り、奴隷は強い、奴隷は頼りになる……
大好きだった叔父さんの教育の賜物というか、刷り込みというか……十三歳にして「そうだ奴隷を買おう!」みたいな発想しちゃうのはどうかなって、今更ながらに思う。まぁ、それでスーロンとキュルフェに出会えたんだから良しとしよう。
傷心の俺が出会ったのは、腕や足を切り落とされて死んだ魚みたいに覇気のない瞳で寄り添っている褐色肌の二人の奴隷だった。
スーロンとキュルフェ――主従でもあり異母兄弟でもあるという複雑な関係の二人は、俺がポーションで欠損を治せると知る前から頼もしくて優しかった。
「……こら、サミュおじいちゃん。また、ぽけっとしてる」
「ミュー、風呂だぞー?」
「わ」
ヒラヒラと目の前で手を振られて、俺は我に返る。目の前にはキラキラした朱みがかった金の瞳と金緑の瞳。スーロンとキュルフェだ。
艶やかな朱とマゼンタの髪を纏め、滑らかな褐色の筋肉がしっかりついた腕を振っている二人は〝健康〟の擬人化かと思うほど生命力に溢れている。出会った頃のボロボロ具合とは大違いだ。
物語でよくある〝絶望していた人がだんだん元気になった〟みたいな感じじゃなくて、奴隷市場で買って宿屋で合流した直後から、もう割とこんな感じだったんだから凄いよね。
そんな超人異母兄弟は俺をすっごく可愛がってくれる。いっぱい愛情を注ぎ、いっぱい美味しいモノを用意して、いっぱい楽しい所に連れていってくれた。
観光して、ダンジョンでお金を稼いで、どんどん強くなって、どんどん知らない街や国に行く。
お陰で俺は、自分が振られたショックで家出したことどころか、侯爵家次男だったこともちょっと忘れていたくらいだ。
なんて考えていると、風呂場がキャッキャと楽しそうなことに気付く。俺も慌てて下着を脱衣籠に放り込んで風呂場に向かう。
「うわ冷てぇ! キュルフェ! 湯になるまでの水が勿体ないからって俺に使うなよ!」
「フフフ、すみません。だって毎回騒ぐから面白くて。あ、お湯になった♪ どいて、兄さん」
「ハイハイ……ほら、ミューもおいで」
「キュルフェ、自分も冷たいの掛けられたらキャーキャー言うくせに、すぐスーロンにイジワルするんだから……あれ? 風呂場こんな広かったっけ」
ヤレヤレと言いたげな顔で石鹸を泡立てていたスーロンが、少し場所を空けてくれる。
はぁい、とソコに収まって、俺は大の男三人が余裕で並べるバスタブの横の空間に、少し違和感を覚えた。
……改装? いやでも、バスルームのデザインは昔のまんまなんだよなぁ。
「あー……出会った頃のミューとだったら、ちょっと狭かったな」
「細くなりましたよね、ホントに。少しだけ昔の子豚君が懐かしいです。ほら、急に飛び出してもすぐ捕まえられたし……」
「あ、そっか。痩せると随分と感じ方が違うもんなんだなぁ……って、いつもゴメンね、キュルフェ。反省してるんだけど、つい、動いちゃうんだよね……」
そっか、こんなに広く感じるほど、昔の体は大きかったんだな、と納得しかけたところに、キュルフェの一言。いつも飛び出しては迷惑かけちゃっているのでシュンとなる。
毎回反省しているんだけど、どーも、気になった瞬間に動いちゃうんだよなぁ。
「フフフ、冗談ですよサミュ。今のサミュも可愛いけど、昔のサミュも可愛かったから懐かしいなってだけです♪」
ちょっと反省していると、キュルフェが笑いながら頭を撫でてくれて、そのままシャワーの下に引き込まれて頭を洗われる。キモチイイ……頭洗ってもらうのってどうしてこんなキモチイイんだろうね。
「長旅だったからな、流石のやんちゃ坊主も疲れが出てんだろ」
なんて言いながら、後ろからスーロンが大きな手で肩を揉んでくれた。それが温かくて、心地良くて、俺は目を閉じたまま、ふんむーーと鼻息を洩らす。
「はぁ~~、数日ぶりの風呂はサイコーだな」
「ふぅ……意外と疲れてたんだなって実感しますね……」
モコモコの泡と入浴剤の花びらを頭や肩に載せ、スーロンとキュルフェが気持ち良さそうに呟く。二人の向かいで俺は、久々に皆で一つの浴槽に浸かれるのが嬉しくてニヤニヤが止まらなかった。
「ねぇ、皆でそっちでくっついたら足伸ばせるんじゃない? 俺もそっちに入れてよ!」
太かった俺が充分寛げるようにと一人用にしては大きい円形バスタブは、三人で入ると小さめのカフェテーブルでも囲んでいるような距離感だ。なんだか楽しい。
(でも折角だし、三人でゆっくり足を伸ばしてお喋りしたいな)
そう思って、「じゃぶん!」と勢い良く二人の間に飛び込む。泡の下で触れるスーロンとキュルフェの足。えへへ、そこに足があったんだね、ゴメーン。
嬉しくて足をバタバタさせ、泡まみれになった二人に怒られてしまった。
その後スーロンもキュルフェも喉が渇いたとか眠くなったとか言って、すぐにあがった。少し残念だったが、久々に皆で入る風呂は格別だ。
(俺はもっと長風呂したかったのに……長風呂って年齢と共にできなくなるものなのだろうか?)
風呂から出てすぐに服を着せられる。ちょっと暑いなぁ、なんて思いながら、差し出された果実水を飲んで一息入れた。
「ブルーグレー中心に纏まっていて落ち着きますけど、随分と大人びた部屋ですよね……」
「ああ、でも初めて会ったミューを思い出すとしっくり来る部屋だなぁ。……埃一つないし、閉め切ってた臭いもないのに、机の上はちょっと散らかってる。もしかして、家出した時のまま維持してたのか?」
キョロキョロしてキュルフェとスーロンが俺の部屋の感想を述べるのが少し気恥ずかしい。
「確かに、出会った頃のサミュって感じしますね。いかにも真面目で大人しいインドア坊っちゃんって感じ。それが今じゃスーロンに感化されてこんなにヤンチャ瓜坊に……フフフ♪」
そんなにヤンチャかな? 体型以外はそれほど変わった自覚はないんだけどな……
「おい、俺が悪いみたいな言い方するなよ。そもそもミューは出会った時からヤンチャだったろ。買い物一つしたことなかったのに、宝石換金して変装してまで奴隷買って家出したんだぞ? ダンジョンでいきなりゴキブリの巣に火炎球ぶちこむし」
「アハハ、懐かしい! ありましたね! 真ん丸体型で三歳児みたいに何もできないクセに、色々規格外で、最初の頃は随分と振り回されました……」
ヤンチャじゃないって思っていたけど前言撤回。俺、ヤンチャかもしれない。スーロンの言葉にキューッと顔が熱くなる。
確かに。あの時は必死で、それ以外の選択肢なんて浮かばなかったけど、改めて言われてみれば結構ヤンチャなことしてるな……うぅ恥ずかしくなってきたぞ。うぁぁ~、笑わないでよキュルフェ……
恥ずかしくなって果実水のグラスの唐草模様をひたすら目で追っている俺の肩に、トスと顎が乗る感触と優しく華やぐ香り。キュルフェだ。頭には温かい大きなスーロンの掌。
「まったくなぁ……気が付きゃ、このヤンチャにも大分慣れたなぁ」
「ええ、大分慣れましたね……」
グラスから視線を上げると、愛情たっぷりの穏やかな笑みで囁かれ、俺はくふふ、と笑む。
あの時、二人と出逢えて本当に良かった。
二 瓜坊令息の自白めいた告白と両サイドから齎される情報過多な告白
「――なんだって?? 俺に隷属した??」
「ああ、隷属紋はここだ。目立つとミューが嫌がるだろうから、小さめにした」
何げない感じで口にされた言葉に驚いた俺に、ペロッと服を捲ってみせたスーロンとキュルフェの脇腹には、小さな鎖のような唐草模様が浮き出ていた。
それは、一見すると普通の魔法紋だが、バフではない魔力を帯びている。
ここは俺の部屋。
荷物を運んでもらって軽く整理して、ちょっと一息、と、俺のベッドで三人で寝転んで雑談中。
先程、スーロンとキュルフェが父上達と何を話し合っていたのかという話になって、その内容に俺は衝撃を受けた。
二人はいつの間にか俺に魔法で隷属を誓っていたらしい。
〝金さえ払えば消える奴隷契約の魔法と違って、隷属の魔法は一生消えない。そして、隷属したものはその意思までも支配される〟
俺は叔父さんに教えてもらった知識を思い出して血のけが引いた。
違う。違うんだ。俺はそんなことを望んでたんじゃない……。だって、だって二人は……。二人は俺にとって……
「やだよ……なんでそんなこと、したんだよ……。俺、二人のこと、そんなんで縛りたくなかっ……のに……」
伝わっていなかったんだ、俺の気持ち。
いっぱい好きって言ったし、いっぱい好きって気持ちを表現していたつもりだった。
けど、さっき、父上や兄上に言おうとして、俺は全然ちゃんと口にできていなかったことに気付く。
好きにはいっぱい種類があるのに、俺はただ、好きとしか言っていなかった。
俺は、最初から……、俺は二人のこと……、その先の言葉を探す。手遅れだとしても、ちゃんと伝えたい。二人は……
ポロポロと涙がこぼれ落ちる。泣き虫サミュエル! 泣いてる場合じゃない!
「ミュー……? ……べふんぐ……」
何か言おうとしたスーロンの口をサッと塞いで、キュルフェが俺に優しく問いかけた。
「大丈夫ですよ……。ゆっくりで良いから、落ち着いて? さあ、深呼吸して……。何故、隷属させたくなかったのか……教えて、サミュ。さっきも言いましたが、サミュの口から聞きたいです。いくらでも待ちますから、焦らず……、深呼吸……、落ち着いて……」
キュルフェの腕がそっと俺の体に絡まり、背や腕をさする。静かに彼の頬が俺の頭にすり寄った。
その優しさに、その言葉に、俺の中のぐちゃぐちゃに絡まった思考がほどけていく。温かい掌に、促されるように言葉を吐く。
「スーロンとキュルフェは……俺にとって、大事なんだ。大好きなんだ」
「ええ、そうですね」
キュルフェが先を促すように相槌を打ってくれる。
「……好きな人を、隷属の魔法なんかで支配したくなかった!」
やっとこさ出てきた言葉が、手遅れだなんて……。でも、キュルフェは優しくその先を促した。
「そうだったんですね……。その好きは……どんな好きなんですか? 友達として? ……家族として? ……それとも、……愛してる?」
「分かんない! これが愛なのかなんて分かんないよ! ただ、アーサーや兄上、父上達、バーマンやアマンダ達とは違うんだ……! ずっと一緒にいたい! もっとくっついてたい! スーロンとキュルフェにもっと触れられたいし触りたい! キスだっていっぱいしたい! どっちかとかじゃ嫌だ。二人とも好きなんだ。そーだよ! 二人とも好きなんだよ!! 二人とも好きなの!!」
キュルフェの言葉に、俺の中でつっかえて詰まっていた気持ちがどんどん溢れる。
思っていた言葉が土石流みたいに溢れると同時に、押し出されるように涙もジャンジャン出て、もう、俺は何がなんだか……
ただ、心から溢れる気持ちが口から脈絡もなく飛び出す。
格好悪くて止めたいけど、もう全然止まらなくって。
全部吐き出しなさいと言わんばかりの、キュルフェの優しい温もりに、言葉が転がり落ちていく。
告白ってもっと……。格好悪い……。告白っていうより、これじゃ自白だ……!
「好き! 好きだ! スーロン好き! キュルフェ好き! 大好きだ! 俺から離れないで! 俺に支配なんかされないでよぉ!」
泣きながら訴える俺に、スーロンが触れ、そっと頭に優しいキスを落としてくれる。大きな腕で、横から抱き締めてくれた。でも、これはスーロンの意思? 俺が望んだことが反映されているだけ?? 嫌だよ。そんなの嫌だよ。
「ああ、サミュ……。サミュはちゃんと恋愛感情で私達を見てくれてたんですね。それを知れただけで私は幸せです……。嬉しい」
「大丈夫。大丈夫だよ、ミュー。俺もミューが好きだ。俺達は支配なんてされてないから安心して……。ちゃんと俺達は自分の意思でミューを愛してるから……」
「私達が二人だったから、サミュは悩んじゃってたんですね……。気付いてあげられなくてごめんね? ほら、私達の父はその、兄弟全員を娶るよーな人だったので、この国も側室とかあるし、ちょっと思い至りませんでした……。私も愛してますよ♡ 私の可愛い子豚くん……泣かないで……。その可愛い泣き顔、もっと見たくなっちゃうから……」
…………ちょっ……待てよ……?
えぐえぐと泣いていた俺は、ぐちゃぐちゃになった思考で、涙と鼻水に身を委ねて聞き流している場合じゃないと気付く。重要な話がさらっと流れた気がして、我に返った。
両方向から同時に喋られたからイマイチよく聞こえなかったんだが、今、聞き捨てならないことを言われなかったか??
「え? …………今なんて?」
俺は息を整え整え、スーロンに聞き返す。
「ん? 俺らの親父が、気に入ったからって大臣の息子五人を全員娶った話か?」
いや、違うよ。それもスッゴク気になっちゃうけど、それじゃないよ。
「……キュルフェがミューの泣き顔見たさに意地悪してくるドS野郎って話か?」
チガウヨ、チガウ。
いや、若干……、キュルフェは俺が困ったり恥ずかしがったりすると悦んでいる節があって、そーかな、とは思っていたけど。泣き顔もなんだ……? ドえらい人を好きになってしまった……
って、そーじゃなくて!
「ハハ……スーロンも中々意地悪ですよね。無意識な分、私より質悪い。兄さんに聞いたんだから、兄さんが言ったことを聞き返してるんです」
キュルフェが笑いながらスーロンに言ってくれる。俺はその尻馬に乗っかってウンウンと頷いた。
スーロンは少し考えた素振りを見せて、ニッコリ言う。
「ミュー、愛してるぞ♡」
愛…………俺は恥ずかしさと嬉しさのあまり顔を火照らせて突っ伏す。……けど、チガウヨースーロン! 俺も好き! そんなスーロンが好きだ! でもチガウヨー。でも好きだー!
「アハハ! 地味に兄さん、告白が嬉しくてポンコツになってる!」
キュルフェの言葉に俺も、と心の中で同意する。俺もポンコツだ。さっきからマトモに喋れない。
「まぁ、サミュが心配するような精神支配はされてないってことですよ。考えてもみて? 隷属の魔法を掛けたのは、実はポール殿が迎えに来た日の夜なんですが、それから私、サミュの嫌がること、何回しました? 何か変化ありました?」
言われてみれば、いつ隷属の魔法を掛けたのか分からないくらいに変化がなかった。
俺の嫌がること……。ちょくちょく楽しみにしていた最後の一口や肉の一番好きな部位を奪われてベソかいてたな、俺。
本気で怒っちゃいないって言えばそうだけど、でも、割と怒ってたしな。
「う……。結構、ある……」
「でしょ? ごめんね……。可愛くてついつい……。まぁ、あれなんか、支配されてたらできないですからね、信じてくれた?」
「うん……。信じる」
キュルフェが優しく涙を拭ってぐちゃぐちゃの顔を浄化してくれるのにうっとりしながら、俺は返事した。それを見てキュルフェが嬉しそうに微笑む。悪戯好きなところも、意地悪なところも、こうやって優しいところも、全部好き。言葉にしたせいか、するすると気持ちが纏まる。
「ふふ、良かった♪ まぁ、サミュが言ってた支配されるって話は、奴隷契約の際のオプションで選べる隷属契約のことだと思うんです。叔父さんに教わったんじゃないですか? ……でしょ?」
キュルフェの言葉にこくりと頷くと、スーロンも合点がいったとばかりに頷いた。
「ああ、成る程……。ミューは隷属魔法が全部あんなんだと思ってたのか。そりゃ、驚いたよな、ごめんな。奴隷契約の隷属魔法は、掛ける時に付与する条件で精神を支配したり、解除したら隷属者の命を奪うって定めたりするんだ。だが、隷属魔法自体は術者以外は解けないって程度で、そんなに怖いものじゃないよ。支配と隷属のための枠組みであって、どのような支配と隷属かは、条件として付与する。俺達は、ミューに害をなすことだと思うことはしない、もしミューに致死ダメージがくれば、それを俺とキュルフェが肩代わりする、何かあった時のためにある程度だがミューの居場所を感じられる。この三つを誓ったんだ。それをミューのお父上と兄上に、ミューを本気で好きだから離そうとしても絶対追い掛けるし、傍にいさせてくれたらしっかり守るって覚悟として見せて、一緒にいる許可を貰ったってわけさ」
「やだよ! 俺の代わりにダメージ受けるなんて!」
「おや、サミュ、これは重要ですよ。サミュが死ぬようなダメージでも、私とスーロンとで半分こですから私達は死なないし、サミュが死ななければサミュの回復魔法とポーションが炸裂するでしょう? ヒーラーを守るのは当然ですよ」
え、あ、……そうか。そう言われれば、そうか……。うん。うん? うーん。うん……。うん。
スーロンの挙げた条件にとんでもないものが一個入っていたので慌てて抗議したが、キュルフェに言われたらそんな気がしてくる。取り敢えず、ポーション常備しとかなきゃ。
「それにしても、隷属掛けてて良かったよな。ミューのお父上、初めましてスーロンと申しますって言った瞬間に、奴隷紋解除のスクロール発動させたもんな……」
「予想はしてましたけど、速かったですね。あ、サミュの叔父さんの奴隷達みたいに、私達も家に着いたら奴隷紋解除してバイバイされそうだなって話になって、お迎えが来た夜に、寝てるサミュに二人で誓ったんです。ふふ、奴隷市場なんかでは、奴隷を眠らせて何秒以内に返事がなければ同意とみなすって理不尽な誓いをさせるんですが、私達の場合、主のサミュが眠っていたので、全く逆なんですよね」
笑顔で言う二人を前に、俺は気が抜けてフニャフニャになった。
「サミュ。可愛い子豚くん。二人共好きで良いんですよ。二人で可愛がってあげますから……♡」
気が抜けて、積み重なった枕の隙間にズブズブと沈み込んでいく俺の顎をそっとキュルフェが掴み、上を向かせる。
「そうだぞ、ミュー……。二人で沢山可愛がってやるから、三人で沢山楽しいことしような」
スーロンもそっと頬を撫でて、二人の顔が近づいてくる。
(これは、初めての唇と唇でのKISSでは!?)
そう思った俺は、期待にドキドキしながら目を閉じた。
……しかし、いくら待ってもレモンの味も柔らかな感触も齎されず。
おかしいな? と思って、目をそっと開けてみる。
「「……! ……くっ…………!」」
頬を押し付け押し合い圧し合いをしているスーロンとキュルフェの顔が目の前にあった。
瞬間、俺の中の何かがスン、と凪ぐ。
「棘薔薇乃実」
「えっ、ちょ、アァア……!?」
「みゅあっ!?」
ずむん。と、天井に頭がつっかえるほどの大型のローズヒップがベッドの足元側に出現する。
キュルフェとスーロンがすっとんきょうな声をあげたが、俺は無視して命令した。
「二人にお尻ペンペン百回しといて!」
「ラジャ!」と葉っぱで敬礼したローズヒップが、くるくると蔦を使ってスーロンとキュルフェを宙に持ち上げる。
「あ、あ、嘘でしょ!? サミュ、やめてぇ! こんな状態で……! 私、そんな趣味は! ねぇ! ちょっとぉ!」
「ハッハッハ! さてはお前! ハッハッハ! キュルフェ、お前!」
「五月蝿いぞ! ローズヒップ、二百回に変更だ!」
俺の言葉に頷いて、ローズヒップがペチンペチンと葉っぱで二人の尻を叩く。そんな光景を尻目に、俺は布団を頭まで被って丸くなった。
ふーんだ。そうさ、俺は拗ねているんだ。
「――え、スーロンとキュルフェをジャスパー翁の養子にして、俺の婚約者にすふの!?」
あまりの衝撃発言に俺は噛んだ。なんかもう、ふへぇ……
食べていたお肉はさっきまで美味しかったのに、今、口に入れたものは何かもよく分からないくらいに素早く喉を通り過ぎる。
あの恥ずかしい自白告白の後、一頻り拗ねた俺はうっかりそのまま眠ってしまい、夕食前にキュルフェの擽り攻撃で起きた。
そうして着替えを終え、父上と兄上と、俺達三人で食事している。そこで父上が発した「スーロンとキュルフェを俺の婚約者にするよ」宣言に、俺は茹でダコになった。
あああ、フォークを取り落としそうだ。俺の骨は何処へ行った。へにゃへにゃだぁ。
嫌じゃないよ? 嫌じゃないけど……婚約だなんて……心臓が……! ぷひ――! 顔から火が出そうだ。口の中も熱くてじんじんして……って違う! これ辛いんだ!
「あ! これ辛い!!」
今日はお祝いで、コースではなくジャンジャン美味しいものが出てくる。スーロンとキュルフェの好物の白身魚の煮込みが出てきたので食べたところ、めちゃくちゃ辛かった。
油断していた。俺、こんなに辛いと食べられない。
いつもはスーロンとキュルフェが程好い辛さに作ってくれていたから……。これ、辛くなかったら、めちゃくちゃ美味しいのに!
そういえば初めてこれを食べた時、俺は転げ回って悶絶したんだ。それ以来、スーロンとキュルフェはこれをマイルドな味で作ってくれるようになったんだよな。
「あ、本当だ。ミューには無理な辛さだ。でも、ミューには悪いが、久々の辛い煮込みは実に旨いな!」
「あ、本当だ……この辛さ久し振り。美味しいですね。コートニー家のシェフは腕が良い」
俺が過去の二人の愛を感じながらヒーヒー言っていると、両脇の二人が嬉しそうに煮込みを食べ始めた。わぁ、スーロンもキュルフェもニコニコだ。
「おや、辛さ控えめで、とちゃんと伝えておきましたのに……。行き違いがあったようですね。誠に申し訳ない」
辛さを紛らわせようとバターをたっぷり塗ったパンをスーロンに食べさせてもらっていた俺に、バーマンが謝る。
「気にしないで、バーマン。これ、本来はこの辛さなんでしょ? 二人も喜んでるし。俺が食べたくなったらまた、スーロンとキュルフェに作ってもらうからさ。……キュルフェ、はいっあーん♪」
「ふふ、サミュありがとう。あーん♡ ……ん、美味しい♡」
下げようとするバーマンを止め、「気にしないで」と言って、俺の皿の白身魚をフォークで刺してキュルフェにあーんする。
「はいっ、スーロンもあーん♪」
「お、ありがとうな、ミュー。あーん♡」
食べ物が無駄になっちゃうのって許せないんだよね。それが好物なら尚更で。
俺は白身魚の煮込みと添え物の野菜を全部スーロンとキュルフェに食べてもらい、皿に残るスープも二人に食べさせた。ふぅ。達成感がある。
……それにしても、あっちこっちでキリキリギリギリと音がする。虫でも入り込んだのかな? キリギリスってこんな音だっけ?
まぁ、コートニー家は薬草やらなんやら、植物だらけだもんなぁ。
「……さて、可愛い私のサーミ。もうお口は大丈夫かな?」
父上が俺の白身魚の皿が下げられたタイミングで話し掛けてきた。俺は慌てて頷く。
「はい、もう大丈夫です。父上!」
「……ああ、良かった。では、話を戻すけど、もうすぐ学園に戻るだろう? 何年も領地療養をしていたことにしているし、侯爵家の身分で婚約者なしだと色々と変な虫が寄り付くからね。スーロン殿とキュルフェ殿にジャスパー翁の養子の身分を与えて、サーミの婚約者として学園に行ってもらうことにしたんだ。流石に第二夫まで決まってれば変な虫も来ないと、……スーロン殿達が主張するものだから……。……ただ、サーミが嫌だったり他の人が良かったら、すぐに父上に言うんだよ? いいね? サーミ」
「そうだぞ! 言いにくければ兄上にでも良いからな? というか、本当はもう既に嫌じゃないか?? 大丈夫か??」
「はい! 父上! 兄上! 俺、嬉しいです!」
俺は笑顔で返事したが、正直に言うと後半あんまり頭に入っていなかったかも。
だって、なんかもう、二人と一緒に学園に行けるとか……そんなの……ワ――!! キャ――!!
……あ、待てよ?
「……学園でもおんなじ部屋?」
俺はふと気が付いた不安要素を口にする。
「まぁ、部屋は別に与えられるでしょうが、サミュの部屋に三人でいれば良い話です。あとの部屋は荷物置きにでもして」
「そっかぁ。あ、でも、ベッド狭いよ?」
バーマンにサーブしてもらったロティサリーを丁寧に切りながら言うキュルフェの言葉に安心したものの、学園のベッドは家ほど広くないのを思い出す。
「寝れる寝れる。昔、カジノで全財産スッた時、三人でシングルより狭いベッドに寝たけど、寝れたじゃないか!」
「ワッハッハ!」と笑いながら言うスーロンの言葉に、俺もキュルフェも思い出し笑いをする。
そんな俺達に呆れたのか、父上と兄上が眉間を押さえて俯いた。テヘへ……
スーロンが全財産賭けてみたらすごいスリルだと思わないかと言って、本当に全財産ルーレットに賭けたことがあるのだ。
確か、ストレートアップで黒の十五に賭けたんだったかな。案の定、赤の十八だかに入って、俺達は大笑いした。
ディーラーは大汗をかいていたし、何か勝算があるのかと慌てて駆け付けたオーナーも引きつった顔して固唾を呑んで見守っていた。カジノ中の客が野次馬に来るような騒ぎだったのだ。
歴代ダントツの最高額を賭け一瞬にして文なしになった俺達はもう、その後は引っ張りだこで。オーナーが喉を潤しがてら俺達にご馳走してくれた一杯を始め、皆が俺達に奢りたがった。そうしてたっぷり奢られた後、偶々、俺が拾ったコインでスロットを回して少額を当て、それで一晩狭い宿に泊まった。次の日からはまたダンジョンで稼いでいつも通りの生活に。
文なしになっても困らない冒険者だからこそできる遊びだ。
……あんなのはもう二度としないけど、楽しい思い出だ。
スーロンはそういう思い出作りが上手い。
「あれは傑作でしたね。オーナーのハラハラ顔は一生忘れられません」
「俺がスロットで当てた金で宿に泊まれたんだぞ、俺ってば有能♪」
キュルフェがくくくくと笑いながら言い、俺も笑って軽口を叩く。
気が付くと、バーマンも懐かしそうに笑っていて……
……あれ? バーマンて何処まで知ってるの??
俺はバーマンの全知全能具合にぶるっと身震いした。
その後も晩餐は和やかに進み、俺達は父上と兄上とバーマンにおやすみなさいをして、早々に部屋に引っ込んだ。
(明日からは勉強尽くしだー!)
三 侯爵家執事長のモーニングルーティンと懲りない人々
「ふぅ、昨日は散々だった……」
ふ、と、時間通りに目を覚ました私、バーマンは独り言ちた。
昨日、坊っちゃんが帰られてから、それはもう、邸は大騒ぎで……
何度も口を酸っぱくして言い聞かせたのに、皆、坊っちゃんの婿殿達に敵意を向けるし……。本当に、老体には応える……
何故、分からないのか……。いや、分かっていても抑えられないのか……
坊っちゃんの大好きな二人にちょっかいをかけても、結局、己が火傷をするだけだというのに。
アマンダは先頭を切って部屋を離そうとして、結果、坊っちゃんのほうから部屋を同じにしたいと申し出られ暫し泣き叫ぶ置物と化していた。
それで懲りれば良いものを、手篭めにしていないかなど変な妄想をして監視という名の出歯亀に行き、しっかり坊っちゃんの熱烈な告白を聞いてしまうし……
洗顔後、着替えながら昨日のことを振り返る。
寝不足のせいか体が少し重い。首を回すと、盛大に音が鳴る。
同時にまた思い出した。夕食時もそうだ。私はあれだけ失礼なことをするなと言ったのに。
坊っちゃんが教えてくれた彼らの好物の一つ、辛さ控えめの白身魚の煮込み。まぁ、聞かなくても調査済でしたが……
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