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幸せなお姫様が眠る場所
しおりを挟む「殿下……。王子妃が発見されました…。」
「そ、そうか…。よかっ「死後、かなりの日数が経っているようです。」
暗い顔した側近の報告に、一瞬ホッとしたシャルルゴールドは、続けられた言葉が暫く理解できなかった。
「………は?」
思わず呆けた声が出る。
「……殿下、恐らくですが、王子妃は結婚式の翌々日の夜に亡くなっています。
先程、近衛騎士団と魔法師団が、離宮より南東にある池で白骨死体を発見しました……。」
はっ…こつしたい……とシャルルゴールドがおうむ返しに聞き返す。
何故なら、まだ挙式から十日しか経って居ないのだ。骨になるのは幾らなんでも早すぎる。
何かの小細工なんじゃ、と考えるシャルルゴールドを見透して、ゆっくりとサイドは首を振った。
「池には透明度を保つ掃除係としてスライムが放たれてますからね、死後三日もすれば綺麗な白骨になりますよ。……まだ詳しく調査してませんが……、王子妃でほぼ間違いないと思います。」
白骨……。呟いて、シャルルゴールドは机の上の結婚指輪を見た。
サイドが置いて以来、そのままにされていたのだ。
挙式後の馬車の中で直ぐに外したシャルルゴールドの指輪。
挙式翌日に外して花と硝子珠に交換された指輪。
(俺が目の前で指輪を外した時、彼女はどう思ったんだろう。)
王族の結婚指輪とは思えない味気ないデザインでほんの短い間しか装着されなかった指輪は二人の結婚を象徴しているようだった。
指輪を見せられても判らなかったシャルルゴールドは又、イオラの瞳の色も顔も殆んど覚えていなかった。それどころか、名前すら覚えていなかった。
唯一、淡い金髪か白銀髪だった記憶があるのみで、それすら、正確な長さは覚えていない。
現地で無理矢理顔を合わせられ、書簡で王の判断を仰いだ婚約は絵姿すら無く、このまま顔すら思い出せぬまま弔うのかと思うと、後悔と罪悪感が怒涛の様に押し寄せ、シャルルゴールドは思わず胸をギュッと鷲掴んだ。
ーーーーー
ーーー
ー
シャルルゴールドとサイドが池に着くと、池は騎士と魔法師があちこちで調査をしており、ものものしい雰囲気だった。
何人かがシャルルゴールドに気付き、礼をしてから上司を呼びに行く。
そうして見せられたものに、シャルルゴールドは眩暈を感じて思わず後ずさった。
空中に魔法で浮かび上がった映像。
そこには、水底に長い髪を揺蕩わせる婚礼衣裳を纏った白骨死体が写し出されていた。
「巡回中の近衛兵が転覆した小舟と池や付近には生えてない花を発見。
検分したところ、小舟に上質の布地の切れ端が付着していた為、本部に報告し、その後飛行魔法を使える者が上空から確認、女性らしき人影を池底に確認しました。
現在、詳細を調査中ですが、少し難航している状態です。」
「……シーツか何かで石を包み、足に巻き付けたようです。結び目の位置から自殺ではないかと。手も結ばれていますが、拘束というよりブーケを離さない事を目的とした様です……。」
騎士団長が何か説明し、魔法師団長が映像を動かして見せるが、シャルルゴールドの耳には全く入ってこなかった。
ブーケを胸に抱いて水草の草原に佇み、周囲には傷んで色を失った花々とぼんやり光る硝子珠。差し込む陽に照らされた白骨死体はまるで、祈りを捧げる聖女の様でもあり、その幻想的且つ倒錯的な光景に、多くの騎士や魔法師達が言葉を失った。
恐ろしさに顔を蒼くする者、目を背ける者、祈る者。そして、熱に浮かされた様な表情で魅入る者……。様々反応の中、シャルルゴールドは言葉を出さずにひたすら胸元を鷲掴んでいた。
髪に星の様に散る沢山の小さな宝石の髪飾り、宝石を縫い付けたベール。真珠の首飾りと手甲、婚礼衣裳、ブーケ……。
どれもがあの短い挙式で見たのと同じものだった。あの手甲を嵌めた手にキスをした。だが、顔が思い出せない。柔らかく微笑んだ筈の瞳は何色だったか、鼻は、唇は……。
何故かまじまじとしゃれこうべを映す魔法師団長のせいで、シャルルゴールドの記憶の中のイオラがどんどんと髑髏に上書きされていく。
髪色も、水の色と仄暗さに阻まれて淡い金髪か白銀髪か判らない。
後悔に苛まれるシャルルゴールドを尻目に、サイドが騎士団長と何か話していた。
「ええ、王子妃で間違いないと思います。髪が残っていて幸いでしたね…。」
「多分、ヘッドドレスと髪飾りに使用されている宝石の光の魔力を嫌がったのでしょう。スライムも魔物ですからね…。」
「しかし、これだけ近くで映せて引き揚げられられないのですか?」
「ええ、引き揚げようという意思を感じ取ると直ぐ様邪魔をしてきます。三人程、騎士と魔法師が溺れかけました。」
サイドは、王子妃の髪色を覚えているのだろうか……。
この国で、王子妃の姿を見たことがある者は、シャルルゴールドと停戦条約の交渉に随行したサイド、結婚式に立ち会った大使と数名の外交官のみだ。
シャルルゴールド以外の王族は遠目ですらイオラの姿を見たことが無い。
全ては自分のせい……シャルルゴールドはやるせない気持ちになった。
シャルルゴールドがぼんやりそんな事を考えながら話を聞いているとどうやら、硝子珠の仄かな灯りを気に入ったのか周囲に邪妖精が住み着き、イオラの死体を引き揚げさせないとの事だった。
唯一回収出来た、と真珠の耳飾りを見せられる。首飾りと手甲と揃いの物だ。
「……髑髏に耳は無いものな……。」
ぽそりと呟いたシャルルゴールドの言葉は王妃がやってきたとの騎士の報告に掻き消された。
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