20 / 55
第3章 華の競い合い
第20話 入内と立て札
しおりを挟む掖庭宮の入口は通明門ただ一つである。
この内教坊に隣接する大門は、百華を守る後宮の砦を担う。
宮女や下人専用の戸口は外郭にいくつかあるが、門と呼べるものはこの通明門のみ。その上、掖庭宮は水堀に囲まれており、中へ入るには門をくぐり、堀に掛かる太鼓橋を渡り、入口手前の尚宮で木簡の改めを受けてようやくという道程だ。
入口が一箇所のみに加えて中へ入るために手続きがいるとなると、起こりうるのは――混雑しかない。
「後宮、朝からすんごい列になってますね」
「ほんとよねぇ。蟻の行列みたい」
曄琳は茗と教坊の庁堂からぼんやりと通明門を覗いていた。早朝から女官や宮女が通明門にずらりと並び、列が途切れる気配は微塵もない。皆大小様々な荷物を抱えており、茗の『蟻の行列』という喩えはまさに言い得て妙であった。
茗が耳の穴をほじりながら七弦琴を調弦していく。少し前の雲角のヒビはすっかり直したらしく、粘土で埋められていた。音のズレやヒビの音は聞こえない。
「なんでもイイトコロのお嬢さん方が一斉に入内するらしいよ。四華の儀とやらがあるんだってさ」
「四華の儀? 妃嬪選びですか?」
「皇帝陛下はまだあーんなちっこいのにねぇ。四夫人を入れたところでって感じだけど」
後宮に身を置く妃嬪らは、皇后を頂点に、四夫人、次いで九嬪、二十七世婦、八十一御妻の順に位を得る。この度選ばれるらしい四夫人は、その名の通り四つの位――上から貴妃、淑妃、徳妃、賢妃の順に位を分ける。
四華の儀とはこの四つの椅子を争って女達が競い合う場なのだろうと曄琳は解釈した。
(で、この蟻の行列は選抜関係者ってとこか)
曄琳は炎天下の中、列を成す人々に耳を傾ける。
「早く朱様のところに行かないといけないのに」「私がお仕えするのは凌家から四の姫ですって。まだ七つだとか」「こっちは六歳ですって」「後宮って決まりとか厳しいのかしら……」
並ぶ女官は皆他部署から後宮へ配属された増員らしい。不安と期待が混じった声が聞こえてくる。
今の後宮は閑散としている。先代の崩御にともなって先の後宮は解体され、当時の宮仕えの大半が尼寺送りとなった。今の後宮は主上が即位後再編された後宮で、必要最低限の人のみを配置しているらしい。
(後宮は今しばらくは忙しないだろうなぁ)
暁明が言っていた四夫人のもとで云々も、すぐには行われないだろう。なにしろ、まだその四夫人が選ばれてすらいないのだから。
七弦琴の弦を弾いていた曄琳は、ふと風に乗って聞こえてきた大勢の足音に顔を上げた。何人なのか拾えないが、みな一様にこちらへ向かっている。
曄琳は琴から手を離して欄干から顔を出すと、茗が訝しげな顔をして続く。
「どしたの?」
「何かこっちに向かってるような……」
しばらくすると曄琳の察知した通り、色とりどりの一団が角を曲がって姿を現した。容車を先頭に、赤の衣で統一された宦官や女官らが付き従う。
右目だけでなんとか目を凝らすと、女官は一様に赤い玫瑰の刺繍が施された薄衣の帔帛を腕に掛けていた。
曄琳の頭に顎を乗せた茗が騒ぐ。
「うへぇ、天女の一団みたいだわ」
「それにしては俗物的ですけどね」
曄琳は冷めた目で玫瑰の一行を見つめた。
門につくと、車から小さな人影が女官に抱えられて出てきた。やはり全身赤で統一されている。年不相応な金銀装飾で全身を飾り立てられたその子は、主上と同じくらいの年に見えた。
真っ赤な唇に、白雪のような肌、そして瑞々しい黒髪。細い手足は幼く、胸など全くないのに一丁前に胸元を開けている姿は、可愛らしさより取り繕ったような痛々しさすら感じた。
(揃いの玫瑰にここまで豪華な輿入れとなると、さっき漏れ聞いた凌家の四の姫?)
赤の玫瑰と聞くと、皆が凌家の名を上げる。
凌家は言わずと知れた力のある名家。今の中書令も凌家の人間が拝命していたはずで、朝廷へ多大な力を持っていると聞く。
曄琳は女の噂話には疎いが、一通りの政治知識は頭に入れている。
身を守るためには危機察知能力を上げること、それにはまず知識から。
母楚蘭に叩き込まれた教えは未だに活きている。ここにきて女の噂話も馬鹿にできないと身に沁みてきているので、噂話も耳聡くなるべきかと思ってはいるが。
しかし、だ。
曄琳は重い息を吐き出す。
凌家の姫でこれだ。さっきの盗み聞きから想像はしていたが、主上に合わせて後宮へ入れる妃嬪の年齢も軒並み下げられているのだろう。
(私、こんな幼子ばっかりの後宮で何をするの……?)
曄琳の不安は増すばかりだ。
しかも、その心配は的中した。
◇◇◇
「ちょっと、失礼します」
人垣を掻き分けるようにして曄琳は前に進む。真昼間、突然教坊の門に現れた立て札に、宮妓らはざわついていた。大半の宮妓は文字が読めないのだ。
小柄な曄琳は人波に揉まれながら姐様方の腰のあたりから顔を出し、肩を抜くと前へまろび出た。
目の前にあったのは、横に長い大きな木板。そこにはつらつらと長ったらしい文面が綴られていた。
(なになに? この度の掖庭宮四華の儀において、下記宮妓を招集する。本日の日昳初刻、至春院の庁堂に集まりたし……?)
曄琳は下記宮妓とやらを目で追っていく。十数名はいそうな名前の羅列の中に己の名を見つけてしまい、曄琳は顔を顰めた。何か面倒くさそうなものに選ばれてしまっている。
しかし待てよと曄琳は首を傾げる。よく見ると選ばれた他の宮妓は内人ばかり。曄琳のような下っ端で名前がある者は一人もいなかった。
これは作為に仕組まれたものではないか。というより、おそらくそうだ。四華の儀の文字がでかでかと目に飛び込んでくる。
曄琳は複雑な気持ちで立て札から離れた。
「ねえ小曄、あんた文字読める? あたし読めなくて」
遅れて仲間とやってきた茗が立て札を覗く。曄琳は前回の失敗を思い出して首を横に振った。
「読めません。でも自分の名前があることくらいはわかります」
「えっ、あんた名前載ってんの?」
「載ってるみたいです」
人垣が膨れ上がっていくのを見かねた誰かが、近くの官舎から識字のできる官吏を連れて戻ってきた。声高に読み上げられる文面を聞きながら、曄琳は人混みからそっと離れたのだった。
1
あなたにおすすめの小説
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。
それは愛のない政略結婚――
人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。
後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―
島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
男装官吏と花散る後宮 仮面の貴人と妃の秘密
春日あざみ
キャラ文芸
旧題:男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
2026年3月書籍発売!
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
もっと早く、伝えていれば
嶌田あき
キャラ文芸
記憶から生まれ、1ヶ月で消える運命のあやかし・憶。鎌倉の古い喫茶店「波音堂」で目覚めた彼が最初に出会ったのは、17歳の高校生・夏希だった。
同じ17歳なのに、夏希には18歳の誕生日が来る。憶には来ない。
憶は、大切な人を失った人々を「記憶の渚」へ導き、故人の記憶と対話する手伝いをしている。言えなかった恋の告白、12年越しのさよなら、認知症の夫への思い――4つの「弔い」を通じて、憶は生きること、死ぬこと、記憶することの意味を知っていく。
そして最後、憶は自分の正体を知る。憶は、夏希の母の記憶から生まれたのだと。
「もっと早く、伝えていれば」と後悔する人々に寄り添いながら、憶自身も夏希との限られた時間の中で、大切な気持ちを伝えようとする。
1ヶ月後、憶は静かに光の粒子となって消えていく。でも憶の存在は、夏希の記憶の中で永遠に生き続ける――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる