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シルヴァン殿の休日。
しおりを挟む都の裏通りに入っていくと、建物隙間から光が差し込んでいました。うらぶれた通りの中の、聖域ともいえましょうか。教会に――併設している建物。
「……孤児院?」
こちらの孤児院、私は覚えがありました。父が寄付しているところですわ。母も時折訪れているのだと。
「……あの方は」
私は孤児院から出てきた男性に目がいった。シャツにズボンと軽装姿の――シルヴァン殿でした。
「印象、変わりますわね」
いつもは前髪を上げてきっちしている彼は……前髪を下ろしていました。左側にかかる前髪が長いのか、左目がほとんど隠れている状態。片方は耳にかけています。くつろげるお姿のようですわ。
「……」
「……」
私からの視線に気がついたのか、シルヴァン殿は扉を開けたまま固まっていました。そして――何も見なかったかのように扉を閉めました。何事もなかったかのように。
「っと、そうはいきませんわよ?」
私は瞬時に扉に近づきました。む、内側から押さえつけられてますの? 抵抗……されてますわね。
「シルヴァン殿? 開けてくださりません? 私――破壊しかねませんわよ?」
……いえ、脅しでしてよ? 人様の家の玄関、破壊するわけにはいきませんもの。それに、私はかよわき令嬢。そのようなことするようにはみえませんわね。脅しとして成立など――。
「……?」
扉が開きましたわ? どうやらシルヴァン殿が招き入れてくださったようです。彼は……笑顔ながらも青褪めていますわ。私の脅し、本気にとられたのかしら……?
「ごきげんよう、シルヴァン殿。ちょうどお見かけしましたの。ご挨拶をと」
「さようでございますか……では、御用はお済みでしょう? そうでしょう?」
「シルヴァン殿……!?」
威圧的な笑顔ですこと! その綺麗な笑顔ながらも、私を追い返そうとしているのはミエミエでしてよ。帰ろうとしない私に、シルヴァン殿は焦れているようで。
「……頼むよ、帰ってくれよ」
「??」
ぼそりと。シルヴァン殿、なんと……?
「――かしこまりました。私とお話ということでしたら、喫茶にご案内しましょう。こちらでなくてもよろしいでしょう?」
いつもの笑みですわ。それでも焦りは隠しきれてないようです。彼を困らせにきたわけではありません。お話が出来るならと考えていた時。
「――シル兄ちゃん? そっちのお姉ちゃんたち、おともだちなの?」
「めずらしいねぇ、シルお兄ちゃんがおともだち連れてくるの」
子供たちが集まり始めていました。彼らはシルヴァン殿にまとわりついています。
「初めまして、皆様。突然の訪問、ごめんなさいね? そちらのシルヴァン殿にはお世話になってますの」
私は屈んで彼らと目を合わせました。子供たちの純粋な眼は、好奇心を隠せないようです。次々と話しかけてきます。
「お世話になってるんだー。シル兄ちゃん、面倒見いいもんねぇ」
「今ねー、みんなでお外で遊ぼうかと思ってたの。二人も一緒に遊ぼう?」
嬉しそうに話してくれました。ええ、良い関係で良かったですわ。と、ほっこりしつつ。お返事もしようとしていました。
「後ろのお兄ちゃん、彼氏?」
……子供は怖ろしいですわね。後ろにいたイヴがむせてますわ。大丈夫かしら……。
「……。ほら、皆様方? お客様が困られてますよ? 私にお話ということですので、皆様は外で遊んでなさい? あまり遠くにはいかないように、ですよ? あと、はぐれないように……というか」
シルヴァン殿、子供たちに全体重をかけられたり、よじのぼられていますわ。それでも笑顔は保たれてます。ただ……どこか、言い淀んでいますわね。
「……シル兄ちゃん、変。へーん!」
「変なの。へーん!」
彼らは変だと大合唱しています。シルヴァン殿も笑顔を保てなくなってきてますわ……。
「……すみません、マザー!」
心底困りきった声で、シルヴァン殿はどなたかを呼びました。
「あらあら、シルヴァン? あなた、大人気ねぇ?」
「そういうんじゃないんで……こいつらどうにかしてください」
奥の部屋からやってきたご年配の女性。シルヴァン殿は助け船として呼んだようです。その、随分とくだけた口調ですのね?
「……ふふ」
「?」
ご婦人は私の方も見られました。口元に手をあてて微笑まれましたが、どうなさったのかしら?
「はいはい、みんな? お外いきましょうね? 私もご一緒しますからねぇ」
「わーい、マザーと一緒だぁ!」
「マザー、お外でのんびりしようねぇ」
子供たちはご婦人の元へわっと集まりました。といっても、シルヴァン殿のようにじゃれつくことはなく。ご婦人を気遣うかのように寄り添いながら出て行かれました。
「……はあ。さて――アリアンヌ様?」
うんざりしていた顔も、私には無理に笑顔を向けてくる。鉄面皮であるとは気づいてはおります。
「落ち着いて話せる場所までご案内致します。もちろん――イヴ様もご一緒にどうぞ?」
まるで宮廷の中にいるかのよう。シルヴァン殿は恭しい態度で私たちを迎え入れるのでした――。
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