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新たなる朝。
しおりを挟む先にシルヴァン殿を孤児院に送り届け、私たちは公爵邸に向かうことになりました。
『明朝、迎えに行く』
シルヴァン殿は約束してくださいました。そうですわね、朝まで……。
翌朝になり、シルヴァン殿はやってきました。彼についているのは軍人たち、どうやら彼らが港町まで連れていってくれるようです。
「ゆっくり過ごせたか?」
「ええ。シルヴァン殿も?」
「俺もそうだよ。あいつらと……マザーとも過ごせた」
「……シルヴァン殿」
彼の目の先は孤児院の方へ。気がかりなのは確かなのでしょう。かといって、そこまで憂えているわけでもなさそうです。
「こっちはもういい、大丈夫だって言われた。何としてでも仕送りしてみせるけどな」
「まあ……シルヴァン殿らしいですわね」
私が笑うと彼も笑う、そこで迎えの方に咳払いされてしまいました。いつまで話しているのか、そして内容に対してでしょう。失礼しましたわ。
「ええ、参りますわ。皆様もどうぞお元気で―」
見送りにきてくれた家族や使用人たちに別れを告げ、私たちは旅立って行くのでした。
「……イヴ」
彼の姿はありませんでした。
「おっつかれー、アリアンヌたーん。ついでにシルヴァン殿。待ってたよー」
港に泊めてあったのは、領主様の船でした。まさか留まっているなんて思いもよらず。隣国まで送ってくださるのだとか。頭が上がりませんわね、本当に。
「心より感謝いたしますわ……!」
「いいってことよ。さあ、乗った乗った」
私は感激しながら船に乗り込みました。一方でシルヴァン殿は――。
「嫌な予感しかしない……」
そう呟きながら乗っていました。にやりと笑うのは領主様。
「……さよなら」
穏やかな波に揺られながら、船は帆を上げていく。私は遠のく故郷を眺めていました。
到着は早くて夕方、夜は過ぎるとのことでした。デッキの上で私はぼうっとしていました。もう祖国は見えなくなっていましたが、それでもずっと見つめていたのです。
「――あー、やっと解放されたぁ!」
心底うんざりした口ぶりで、シルヴァン殿はデッキまで出てきました。私は彼の方を振り向きました。
「まあ……大変でしたのね」
「まったくな!」
シルヴァン殿の顔は真っ赤でした。足取りもその、不安定ですわね。
「シルヴァン殿、おかけになっては?」
出入口の近くにビーチベッドがあります。彼に腰かけてもらった方が良さそうですわ。
「そうする。よっとぉ!」
シルヴァン殿はどかっと腰かけました。あー……と呻いてます。
シルヴァン殿は早々に領主様に絡まれていました。成人している彼に持ちかけられたのは、酒につきあえということ。ずっと話相手をしつつ、お酌もさせられていたのでしょう。
「シルヴァン殿、お水飲まれます? お持ちしますわね」
端の方にいた私はシルヴァン殿に近づきました。近づけば近づくほど、彼が酔っぱらっていると思えてなりませんわ。
「平気――、アリアンヌちゃん、いらんてー」
「……シルヴァン殿?」
「アリアンヌちゃーん、アリアンヌちゅわーん、アリアンヌたーん……あんのセクハラクソ領主が。なにが娘と同じ年頃ー、だよ」
「……」
これはもう、酔っぱらっているのでしょう。私は急いでお水を持ってくることにしました。お薬もないか皆様にも訊いてみましょう。
「素面だよ」
「ですが」
「素面。酔ってない、酔ってないから」
「ですが」
ますます怪しいこと。まあ、言動は確かではありますわね。
「……そっちもさ、殿とかなくていいから。呼び捨てでもいい」
「なんですって?」
突然の申し出でした。しかも呼び捨て……と?
「……そう、ですわね」
もう貴族令嬢のアリアンヌ・ボヌールでもない。それは彼もそう。かしこまった言い方はしなくていいのでしょう。となると、私は前世の時のようにシルヴァンさん、と?
「んー?」
ビーチベッドに座り込んだ彼が、私を上目遣いでみてきます。こうして相まみえているからこそ、呼び辛いというものがありました。
「……いずれは、でしてよ。当分はご容赦くださいまし」
気恥ずかしいというか、慣れるのに時間がかかるというか。当分、私の彼への呼び名は変わらないようです。
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