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アリィ。
しおりを挟む「あっそ」
と、シルヴァン殿は投げやりです。面白くはないでしょうが……。
「一度失礼しますわね――」
「こっちおいで――アリィ」
立ち去ろうとした私を呼び止めたのは、シルヴァン殿。そう、私を呼んでいました。とても、とても……甘い声音で。
「アリィ、ですの?」
「そう。そう呼びたいんだよ……アリィって」
……酔っぱらっているから、ですわよね? そんなにも頬を赤らめているのも、蕩けるような瞳をしているのも。
「好きだよ、アリィ」
こんなにもストレートに伝えてくるのも、彼が酔っぱらっているから。それはそう、確かなこと。
「……」
シルヴァン殿は酔っぱらっている。けれども、本音であるとも。私はわかってしまった。それは――番同士のような茶色の蝶が二匹、飛び回っているから。今がターニングポイントであるのだと。
「……エミリアン様のことも、故郷のことも。全部奪うことになってしまったからな」
酔っぱらっていようと、私を案じる気持ちは確かで。酔いから醒めてきたのでしょうか、立ち上がってしっかりとした足取りでこちらへ、私の目の前に立っていました。
「俺じゃ足りないだろうけど、埋めていくから。アリィが失ってしまった分」
「……」
「あんたが寂しくないように。ずっと笑っていられるように」
真剣な思いもそう、伝わってくるのです。こんなにも私の気持ちに――。
「――一生かけて。なあ、アリィ。ずっと一緒に暮らそうか」
そう、一生かけてと。そこまで誓ってくれるほど――。
「……ええと、シルヴァン殿? 一生、そう仰いました?」
「言ったけど?」
いえ、さらりと返されましても。私かなり戸惑っていましてよ……?
「それだけの覚悟があるってことだよ」
「……」
その眼差しに圧されてしまいそう。私に差し出された手、この手をとってしまえば――。
「私は……」
シルヴァン殿は本気なのだとしても。
「……私、部屋探し始めてますの。追々家を出ることになるかと存じますわ」
「うん……うん?」
突然何だ、といったご様子ですわね。それでも続けさせてください。
「一緒に暮らせない、その答えになります。私にはそこまでの覚悟が――」
「……」
シルヴァン殿は目で強く訴えてくる。私は――決して惹かれてないわけではなくて。
最初は紳士で優雅な方だと思っていました。実際はガラがよろしくないことも驚きました。こちらを煽ってきたり、ことあるごとに換金換金と。
でも、家族同然の大切な方の為でもありました。ずっと主の為にとも身を捧げてきていました。私に対しても労わってくださっていました。
彼の根幹は変わりないないのです。どれだけ悪態をつこうとも、悪ぶろうとも――根底にある優しさは揺るがないもの。
「……ごめんなさい、そこまでの覚悟はありません」
「……」
私は言ったと同時に頭を下げました。シルヴァン殿の返事はありません。彼は何も言わないままで。
「……?」
シルヴァン殿は黙られたままです。私は頭を下げ続けようとしましたが、何やら様子がおかしいような。
「ぐー……がー……」
「……寝てますわね」
見事なまでに。シルヴァン殿は寝てました。ビーチベッドに仰向けになって寝息を立てていました。
私の返答まで聞かれていたのか、いえ、覚えてもいらっしゃるのか。それはいかがなことでしょう。それでも、茶色の蝶たちは留まったままでした。連なっていた蝶はふっと離れていき、つかず離れずの距離で飛んでおります。
私は――友愛エンディングを迎えたのでしょう。
私は一度船内に戻り、そしてまたデッキまでやってきました。
「おやすみなさい、シルヴァン殿」
お借りした毛布を彼にかけます。今はごゆるりとお休みくださいませ。
海に吹く風の心地良いこと。新たなる故郷が私を待っています。巻き戻る日までの間、束の間の穏やかな日々を過ごせますことを――。
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