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あまりにも違い過ぎて。
しおりを挟む「――上手く、説明できないかもしれません。私、『アリアンヌ様』の前世の人なんです」
前世というとそれもまた別の話。ですが、これ以上適した言葉が見つかりませんでした。
「前世……?」
殿下は瞳を伏せ、考え込まれていますわ。いきなりの前世話、戸惑われてしまったのでしょうか。
「……ああ、いや。すまない、何でもないんだ。そうか、そうだったのか……」
「……?」
「君の名前は? アリアンヌって名ではないだろう?」
殿下はどこか引きずられたようではあれど、再び私の目を見つめてきました。頬に添えられた温もりがあるからでしょうか、私の強張りも消えていくよう。
「はい。結衣、小川結衣です。今はアリアンヌ様の姿をお借りすることになってます。あの、私自身もよくわかってないことがありまして。話せることもそんなに多くはないのですが――」
私が語るは前の生を終えたこと。それからアリアンヌ様となって、殿下を含めた殿方を攻略することになったこと。それが正しき世界に戻ることになるのだと。
「――で、俺が最後なんだよな。それで日々が続いていくと」
「ええ。もう巻き戻ることもありませんわ。殿下もようやく解放されるのです」
……言えませんでした。私のそれからのこと。イヴにもですし、あなたにもそう――告げられることはないのでしょう。
「……繰り返しの日々が終わる、ねぇ」
殿下の眉がぴくりと上がりました。どこか意にそぐわないところがあったと……? 令嬢口調に戻ったタイミングがわざとらしかったかしら? それとも……?
「……いや、いいんだ」
穏やかな笑顔に戻られました。ええ、私は安心してもよいのでしょうか――。
「――ありがとう、ユイ。本当のことを話してくれて」
「……ええ」
――私の本当の名前、それをこんなにも愛おしそうに呼んでくれる。嬉しい、嬉しいのに。
胸が痛い。本当に本当のことは話せていないのに。殿下が優しく笑ってくださる分、堪えるものもありました。
「……そうだ。ユイだから話したかった。伝えたかったんだ」
「……!?」
ひ、額が重なり触れ合ってます。瞳を閉じた殿下はそのまま語られるのです……私の高鳴る鼓動などおかまいなしに!
「アリアンヌの凄惨なる死の後、どこか違っていた。初めて君に逢った時、そう、どこか違っていたんだ。はっきり言って庶民くささが抜けてないというか、無理に高飛車であろうというか。挨拶もたどたどしくてな? ともかくな、無理している感がすごかったぞ?」
「え」
「夜会デビューもヒヤヒヤしたな。君は飲み物を零すし。落ち着きもないし。ああ、入学式前の夜会は慣れたとはいえ、背中の汗がすごかったな。でもそれ、人前では耐えていたんだから。うん、成長したものだ。うんうん」
殿下は愛おしそうに話されていますけれども、内容が、内容が……!
「……あまりにも違い過ぎて、だからだろうか。君のことが気になっていた。今まではパートナーとしてしか見ていなかったのに。それに……だ」
しばらくの間があれど。
「デ、デート。君から誘ってくれただろ? ほんのり程度だけどな、嬉しいって思ったんだ」
殿下は声は上擦らせながら、そう口にしていて。ええ、最初の頃ですわね。私からお誘いしたデート。でもそれは――。
「……俺からの婚約破棄があって、流れてしまったと」
「ええ……」
私は破談された身。それから逢瀬があるとはどう思えるのでしょうか。
「……約束していたその日、俺が向かっていたって知らないんだろうな」
「なんですって……?」
私はつい額を離し、彼の顔をまじまじと見てしまいました。いえ、思いませんでしょう? 破棄された身で、どうして約束が有効であると?
「……来ない方が当然なんだ。でももしかしたらって、俺が勝手にそうしただけだ」
悲しそうにしているのは殿下。こちらは破談された側、それはそうだろうけれど。
「それは……申し訳ないことをしましたわ」
「……いや、本当にいいんだ。俺も言うことじゃなかったな、うん!」
殿下は明るく振る舞ってますが、その時の殿下の心情はいかほどのものだったのでしょうか。
「そう……婚約破棄をしたんだ。しかもあんな大勢の前で」
「……」
そうですわね……残酷ともいえる仕打ち。
「それでも君は気丈だった。どこまでもアリアンヌ・ボヌールとして在ろうとしていた」
「……」
「……俺はただ静観するしかできなかった。俺は道化のように振る舞っていたけど……喪失感にも苛まれていたよ」
「……」
「ヒューゴ殿の時。オスカー殿、シルヴァンだって。俺はそう立ち回るしかなかった。婚約破棄を言い渡す――舞台装置のように」
殿下が吐露していく思い。私はどう言葉にすればよいかわからなくて。
彼の苦悩が伝わってくるのです。そうすることしかなかった、できなかった彼の思いが。
「――もう舞台装置も終わりだ。やっと、俺の番なんだ。もう……感情だって抑えつけなくていい。言い聞かせなくたっていいんだ」
『だがな、それももう終いだ――やっと俺の番だ』
かつて殿下が仰っていたこと。空耳だと思っていたそれはそうではなかったのだと。これまでの彼は思いを抑えていたのだというの……?
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