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二人の狂王。
しおりを挟む到達したは、王の謁見の間。玉座に鎮座するは――狂王。
「……本当にそっくりだね」
「……ええ」
あちらの方が豪奢な装いであれど、お顔立ちはうり二つ。見分けろという方が難しいといえるもの。
「……ですが」
私も、殿下をよく知っている方々ならば。違いは歴然としたものでしょう。『彼』には殿下のような温かみも、人の豊かな表情もない。和ませてくれるような笑顔もない。あるのは――冷たさだと。
「私にはわかる。お前は――私だと」
肘をついた狂王は殿下に声をかけていた。ええ、彼が言わんとしていることはわかります。見た目に限った話ではない、精神としての話であると。
「お前の憂いもわかるのだ。お前も私も――優れて生まれてきたのだからな」
足を組み直した彼は殿下に問うてくる。
「なあ――もう一人の私よ。民は実に弱く、愚かと思ってこなかったか? 昔から思うていたが、今となっては絶望としている。私の頃の民ならばもっと違っていたものよ」
「……」
殿下は静かに耳を傾けていた。彼はそう、何も言うことなく……。
「私が統べていたかつての強国。その面影もなくなっているではないか――腑抜けたものよ」
失望する狂王。殿下は何も言わない。
「――かつて滅ぼした大樹もしぶとく再生されおって。また大樹頼りの弱き国に戻っていたとはな。ああ……そうか、また滅せればよいのか」
落胆しきっていた狂王が物騒めいたことを言い出していた。私は聞き捨てにならなくて。
「戯言はおよしなさいませ! あなたは好き勝手言っていますが、今のアルブルモンドは真の豊かな国といえましてよ! あなたの統治では得られなかったもの、平和といえましょう!」
声を荒げたのは私でした。ええ、いてもたってもいられなくて。
「……なんだ、娘よ」
「……!」
ようやく、と。私の存在に狂王は気づいたようでした。ああ……黙ってこちらを見ているだけ、それだけなのに。こうも――圧されそうになってしまう。
攻撃の意思は示していない。座っているだけ、佇んでいるだけの相手なのに。
「……いけない」
私は気持ちを奮い立たせた。ここで怯んでしまっては戦うことすらままならないのだと。
「……もう一人の私よ。この娘は何なのか。お前の伴侶の一人か」
狂王は私を見下げた目で見てくる。
「――凡庸なる娘よ。せいぜい愛人であろうか。国母たる器ではないだろう」
取るに足らない相手であると。彼は私の本質を見抜いていた。教育だけはされてきたけれど、私の根幹は庶民の娘、ごく平凡の少女だったから。そうだ、狂王も――殿下も。本当ならば関わることもなかったのだと――。
「……えー? 普通に王太子妃ですけど? 未来の国母ですけど?」
殿下……殿下? やっと口を開いたかと思えば、その、緊張感の抜けきったというか? 狂王の迫力にもまったく慄いてもないようですわ……内容もですし。
「……ま、観察させてもらってたけど。やっぱり俺と貴公は違うようで」
殿下が黙っていたのはそういった理由があったからのようで。下手に動かずといったのが実に殿下でした。
「そう、違うんだ。貴公は存じないんだな。彼女は俺よりよっぽど強いよ。どれだけ助けられたことか」
な、と殿下は微笑んでくれました。私はどういった表情をしていいのか。
「そう、彼女も――彼女だけじゃない。玉座にあぐらかいているだけじゃわからないかな?」
次は狂王にも笑っていますが、ええ、嘲笑ともいえましょうか。
「実際見て、接してないとわからないんだよ。民がどう思って、何を望んでいるのか。だから貴公はわからなかったんだ。彼らは弱くもあれど、その実、逞しい」
――学ばせてもらっているのは、こちらの方だ。支えられているのもと。
「殿下……」
ああ。あなたはそうでしたわね。市井に暮らす人々とも赴いて関わってきた。率先して動いてもきていた。
ええ、殿下。あなたはもう狂王ではありませんわ。乗り越えられてますものね。
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