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ヒューゴ殿と貴婦人
しおりを挟む私は今、馬車にて送迎されています。
都は本日も賑わいをみせています。これから夜になろうと、そこまで様変わりはしませんわね。厳重なる警備、秩序ありし都ですわ。帰路につく彼らを見守っていたところ――。
「……?」
目を疑うような光景。私、瞬きを繰り返します……ですが、幻ではないようで。
「まあ……!」
私は口元に手をあてて、再確認をば。ええ……間違いありませんわ。
都の群衆の中におわすはヒューゴ殿。彼は一人ではありません。彼の傍らには。
ブリジット様ではない――麗しきご婦人がいらしたのですから……!
「……」
やりますわねぇ! ……というには、どうもお二人は緊張しきっていて。体を寄せ合いながらも、周囲を警戒もしているようですわね。
「!」
馬車の窓越しで目が合ったのは、ヒューゴ殿。彼、こちらに気がついたようです。私もですが、よく互いに気が付いたものですわね……!
「……ヒューゴ殿」
これはきっと、私のせいではありません。彼は私に救いを求めるような目をしてきていたのです。
「ごめんくださいませ、止めていただけます?」
王族の馬車ではありますもの、私はお願いをすることにしました。有難きことに、馬車を端に停めてくださいました。私は彼らを手招きすると、彼らもやってきました。
「……申し訳ございません、アリアンヌ様! ボヌール家の方にも――」
駆け込み乗車さならがら、ヒューゴ殿は婦人をまず乗せて、それから彼も乗り込んできたのです。ええ、今は王族の馬車であることは触れないでおきましょう。
「ほ、ほ、本当に突然で、申し訳ございません――」
「あなた……」
第一印象は儚げで透明感のある女性。艶やかな黒髪につばの大き目な帽子を被った貴婦人。そのような彼女は血色が悪く、今でも倒れそうですわ。
「ご婦人、安心なさって?こちらは……公爵家の馬車。あなたは守られていましてよ?」
私は彼女の隣に座り直し、そっと肩に触れます。ふふ、権威だって利用しましてよ?
「ほら、深呼吸でもしましょうか?」
「は、はい……」
まっすぐな方、彼女は深呼吸を何度も繰り返してくださり、ようやく落ち着けたようでした。
「……」
ヒューゴ殿は彼女の向かいに座り、静かに見守っていました。その眼差しは優しくもあり、心配しているようでした。
「ゆっくりと語らいを……というには、ご事情がありそうですわね。急いでらしてるようですし、お送りしましょうか?」
「お願いできますか!?」
「え、ええ……」
食い気味で頼んできたのはヒューゴ殿、その勢いに圧されてしまいそう。いえ、お送りしましょう。本当に大変そうですから。
「あなたもお願いできますかしら。行先変更していただきたいのです」
「承知つかまつりました」
受話器越しでお願いし、ボヌール邸から別の場所へ向かうことにしたのです。あら、行く先を伺ってませんわね。ひとまずヒューゴ殿に尋ねてみましょうか――。
「――港、ですの?」
「……はい。そちらまで連れていってくだされば、あとはどうにか」
どうにか、ですの?しかも港と、予想外の場所でありますわね。そこそこ距離もありますが、ここはご厚意に甘えておくことにしましょう――。
神運転によって、馬車を飛ばしてくださいました。素晴らしきこと、かなり早く港に到達できましたわ。
「……」
私、気づいてましてよ――追手がいましたことは。そこは神運転手、上手く撒いておられましたわね。
「アリアンヌ様……公爵家の方ですね。この度は誠にありがとうございました……!」
婦人は何度も何度も頭を下げられてました。
「ええ、充分に伝わってますわ。頭、お上げになって?」
「そうです。ほら、迎えがきてますから――急ぎなさい」
私に同調したヒューゴ殿は、駆けつけてきた男性を指し示していました。こちらに向かってくる彼、お知り合いですの?
「あ……」
ご婦人の瞳が潤む。彼女の想いがこちらまで伝わってくるかのよう――愛しさという。知り合いどころではありませんわね。
「……ヒューゴ様! 彼女のこと、ありがとうございました!」
駆けつけて第一声、でした。その殿方は私の方も見ています。
「ご婦人にも――」
「私の方で丁重に礼をしておきます。本当に急ぎませんと――」
ヒューゴ殿の目線はやってきた船へ。ええと、こちらのお二方が乗る船ですの?私は疑問を浮かべながらも状況についていこうとしています。
「……ヒューゴ、本当にありがとう。あなたにどこまでも迷惑を――」
「私の方はいいですから――どうか息災で」
「うん……ありがとう。本当に……」
……ええと、かなり親しみのある関係ですわね。ヒューゴ殿、本当に優しい目をしていますもの。
「……ああ、そうだ。今度こそちゃんと――逃げ切ってくださいね?こちらの負担も考えていただきたい」
……手厳しさもあれど、案じる心が伝わってきますわ。逃げようとする男女もそれを承知のようです。
と、お話はここまで。頭をもう一度下げたお二方は、急いで船に乗り込んでいったのでした。
「……」
「……」
私たちは航海しいては旅の無事を祈りつつ、見送っていたのでした――。
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