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彼にとっての特別は
しおりを挟む妃教育。予習。辺境伯の領地へ。領地。教育。学び。ダンジョン。領地。教育。教育――。
ええ、全休日全ツッパでしてよ。私は人目を忍んで、辺境伯の領地へと。
かなりの距離ですから、移動だけでも時間を費やしてしまいますわ。となりますと、どうしても滞在は限られた時間になってしまいますの。
「ふふふ」
花の地、と名高いこちら。舗装された路を彩るは花壇。心が浮かれますわねぇ。私は道中お裾分けしていただいた花を手に、街を散策していました。
さあ、ヤニク殿? 本日はどちらにいらっしゃるのかしら?
「――これはアリアンヌ様!! 坊ちゃま、時計台にいらっしゃるそうですよ!」
「まあ、ありがとうございます」
今日は喫茶店の店主殿より情報を。有難きことですわ。
出没するようになった公爵令嬢を、最初は不思議そうにしていた領民の皆様。ここは通い詰め、次第に交流をするようになってきましたの。ご報告もいただいてますわね。
私が公爵令嬢であることは着いて早々、バレてしまいました。ですがお忍びとお伝えすると、黙ってくれてくださっています。大助かりでしてよ。
ふむ、時計台ですわね。ここからすぐですわ、急ぎましょう。
「――ごきげんよう、ヤニク殿」
長き階段を上っていき、頂上へ。街を見渡せる絶景ですこと!! 風もとても心地良いですわ。
「……また来たの」
「ええ!」
私が元気よく返事すると、『そう』とだけ。彼は街の景色に目をよこしたまま。
……ええ、こちらがヤニク殿です。
長い銀髪を下に束ねており、儚げな殿方。ええ、初期シルヴァン殿もそうでしたが、こちらの方は憂いを帯びた目もされていますわね。思えばシルヴァン殿、何気に手荒かったですわね……。
繊細そうな方。それでいて大胆でもありましょうか。アリアンヌ様と駆け落ちをしたり、謎カットインの時は情熱的だったり。
彼の宝箱は真っ赤、真紅な薔薇の方とは……失礼ながら意外とも。
おかしいなと思いつつも、当然とも思ったり。そうです、彼は――『アリアンヌ様』だからこそ、あれだけ情熱的だったと思うから。
『うちらの坊ちゃま、お優しい素晴らしい方ではあるけれど……ちょいと女性が苦手というか』
――気の強い姉妹に囲まれていてねぇ、と。領民談ですわ。
「何をお考えなのか。面白いこと、何もないでしょう」
彼自身がつまらなさそうにしていました。私はいいえ、と首を振ります。
「そのようなことありませんわ」
もちろん攻略のこともありますけれど、私。
「あなたのことを知りたいと思いましたの」
「……どうして」
彼、こちらを見ましたわね。信じ難い、と粘りつくような視線ですわ。
「父から聞いていたのです――幼少の頃、公爵邸に訪れていたことがあったと」
「……!」
ヤニク殿、驚かれてますわね。それは私にも言えたこと。
私、すがる思いで両親にあなたのこと尋ねてみましたの。何らかの接点はないか、ないものかと。そうしたら、このような返答でしてよ!!
ヤニク殿は本当に訪れていらしたのです。ですが、それは僅かな滞在。先方の都合ですぐに帰らなくてはならなかったと。しかもその日は。
――イヴを父君から引き離した日でした。長くイヴと共にいましたわね。
……縁というもの。タイミングというものでしょうか。私はイヴと共にいて、ですがアリアンヌ様は、ヤニク殿と逢っていたのでしょう。それから二人は年月を重ねてきたのでしょう。
「……うん」
それに……実感することもあった。こうして目の前にいて、接していて。それは――。
「……アリアンヌ様」
ヤニク殿は私の目を覗き込んできた。決して呼び捨てることなどなく。
――彼にとっての特別は『アリアンヌ様』。日々もあっても、一番のところ、アリアンヌ様自身だからこそ惹かれたのでしょう。
あなたは彼女を愛し、彼女もあなたを愛した。あのアリアンヌ様を普通の少女にさせてくれた、幸せにしてくれた殿方。結果、悲しい結末になってしまっても。
純粋に……単純に、どのような方か会ってみたかったの。
私からヤニク殿を見ているだけでなく、彼からの視線もあった。それは重なってもいて。
「……綺麗な瞳」
彼は私? ……それともやっぱりアリアンヌ様? どちらにせよ、そう形容してきたのです。
「裏があるかと思ってたけれど……今でもそう思ってもいるけど」
「まあ、おほほ……」
攻略という目的があるのは否めませんわ。怪しまれようとも、私は笑います。
「でもいいか――僕は夢を見ていた。幼い頃からの夢。金髪の巻き毛の可愛い女の子、その子と遊び回っている夢。彼女は面倒くさがる僕を連れ出してくれていた」
「まあ……」
そうでしたのね。夢であれど、それは実際にあったことなのでしょう。
彼にとってはなんて幸せで――悲しい夢。今は夢の中でしか、その彼女と逢えないのだから。
「顔はぼやけているけど……君に似ていると思った」
「!」
彼の表情が少しだけ和らぎました。似ていると……?
「僕は夢の中の彼女の恋をしている――ずっと」
そうですのね、あなたは変わらず。
「素敵だと思いますわ」
私は心から伝えます。でも彼は複雑そうにしておいで。
「奇妙がられると思ったのに」
「いいえ?」
「……そっか」
「ヤニク殿……」
本当に……柔らかな笑みですこと。そうですわね、きっと――アリアンヌ様が結びつけてくださったご縁ですわね。
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