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謎の男、名無し殿
しおりを挟む夕日の帰り道、私はイヴと並んで馬を走らせていました。邸までの森林道、人気もありませんわね。
「……名無し殿、ですか」
イヴがいわんとしていることがは承知、攻略対象なのかということでしょう。というか、イヴ、あなたも気を遣ってくださってましたね。先程のやりとりの間、見事なまでに気配を消してましたこと。
「プレゼントです。相当な専門書だとお見受けしました。学が深い方なのか、というか、あの方――」
イヴはしっかりと確認していたようです。そして。
「アルブルモンド語の発音からして――外国の方なんですよね、名無し殿」
「……!」
イヴ、知ってましたのね。彼は『いや、ネイティヴばりの方もいますけど』とフォローもしてますわね?
「一部の発音、難しいらしいです。僕もある人に愚痴られたことがありまして」
ここでもイヴ、『でもね、名無し殿の違いは本当に僅か。相当努力されたんでしょうね』とも。追いフォローでしてよ。
ある人。イヴの親しみのある呼び方。ええ、マジェスティ卿のことでしょうね。微笑ましいエピソードのお披露目と同時に、イヴの鋭さも再認識ですわ。
……名無し殿、外国の方でしたか。私、勝手にアルブルモンド人と思ってましたから。そうなると、色々と違って――。
「……あら?」
私、どうしたのかしら。ここで思い浮かべたのが――昼下がりの君。彼も、外国の方。とある大国の王族で……あれ? あの書物も彼の国にまつわるものでして……?
いえ、そんな、まさか……ねえ? いえ、纏う雰囲気とか、似ていたりもしますし?
彼の落ち着いた声もそう……無関係ではないと? なんらかの繋がりがある方なのかしら。ご親族の方とか?
「僕の方でも色々と探ってみますね?」
「ええ、お願いしますわ――」
「もうっ!! 本当に寂しかったんだから!」
翌日となり、やって来られたのはブリジット様。私は彼女を自室に招き入れ、お茶会を開いてますのよ。ふふ、紅茶だけではなく、ケーキスタンドまで!! ああー、幸せ。
「……と、その節は申し訳なかったですわ」
「ううん、いいんだけどね。仕方なくだろうし?」
ブリジット様がよくない気分なのもそうでしょう。意図的に彼女とも距離をとってしまってましたから。彼女は笑って許してくれましたわ。
ああ、のどかな昼下がり。私たちは取り戻すかのように会話に花を咲かせていたのでした。昼時は過ごしやすい気温、風もやさしきこと。
「いい季節だよねー。今度、ピクニックとか行こうね?」
「ええ、是非とも」
喜ばしいお誘い、私は快諾したのでした。外の景色を二人して眺めていると、目に入ったのは空中に浮かぶダンジョン。ま、今はジャングルタイプですの? 遠目からもわかる、蠢く森林よ。
「それにしても、ブリジット様? あなた方――」
そう、ダンジョン。私は疑問が芽生えていたのです。その内容と申しますと。
ループ開始直後から、あなたはいらっしゃるでしょう? それもダンジョンを介しての移動ともなると、中には困難なるものがあると。それにです、未踏なるダンジョンの時もありましたでしょう?
「――あ、そうだね。確かにね。でも、なんてことないの。ループ開始前に現地入りしてたんだね!」
「なるほど!」
合点。答えは明快でした。ループ前のダンジョンはオーソドックス洞窟でしたものね。そうでなくても、列車を使って来られる所存だったのでしょう。解決解決。
「今回、ダンジョンコロコロ変わるんだね。今までそうじゃなかったから」
「確かに!! そうですわね」
ブリジット様のご指摘。そう、これまでは繰り返しの日々によってはダンジョンは(殿下の時は除いて)固定、ですが今回は変貌してますわね。
思えば、ですわね。こちらのゲームプレイ時も、変わっていたではありませんか。そういうことですのね、そういうこと。私、フォローめいてますわね。この満足感、補足しきった感もありましてよ。
「――あとはセレステ。こっちでも色々調べてみるから」
「ブリジット……ありがとう」
彼女の方でも動いてくださっている。私がお礼を告げると、彼女は微笑んでくれました。
ああ、本当に平和なる昼下がり――。
「――アリアンヌ!! いるかー?」
「おっふ……」
扉をも余裕で貫通する殿下のデカボイス。いつもはメイドと共にようですが、単独で参られて?いえ――。
「――大変失礼致しました、アリアンヌ様。エミリアン殿下並びにヒューゴ・クラージュでございます」
丁重にノックするはヒューゴ殿。彼とご一緒とは、なんと申しますか、珍しい組み合わせと? ええ、お招きしましょう。
「二人は仲良しさんなんだー」
「ええ、そうですわね」
ええブリジット様、そうですわね? 私たちは呑気にそう評していましたわ。
「え、たまたまだよ? そこでバッタリ会っただけだよ? ……いや、俺としては仲良くしたいけどな? マジレスの鬼じゃないか、ヒューゴ殿って!」
「ま、殿下……」
感心しませんわね、ディスりは。
「……ひゅっ」
殿下……喉を鳴らしてどうなさったの? 顔まで青くされて。
「マジレスばかりで申し訳ありません」
対するヒューゴ殿は淡々とした反応。殿下、またしても『ぐぬぬ』と。
殿下、ごほんと咳払いと共に、こうとも。
「……堪えるものだな。こうも距離をとられるのは。俺はいささか焦り過ぎていたのかもな。それで君に避けられては……」
……ええと、殿下? あなた、誤解なさってらして? 私があなたを避けていたと? ……あなたの言動に思うところがあって、と?
「……やらかしてばかりではないか。俺という者は学習しないときた。アリアンヌ、すまなかった」
「殿下……」
ええ、正直思うところはありますけれど……あなたを避けていたのは、そういった意味では。
「……」
説明に困りますわね。どう説明したらと――。
「へえ……やらかし、ですか。淑女相手にですか……」
「やらかし……だって。この子相手に何をしでかしたのかなぁ?」
おお……殺気立つお二方よ。
「うう……」
追いやられるは殿下、涙ぐんでおられて……こちらを縋るような目でも。そんな、子犬のような目を向けられては……。
「ま、まあ、皆様方? こうしたご歓談も久しいではありませんか? ささ、別室に移動しましょうか? 茶など用意させますわ?」
「きゅーん、アリアンヌぅ!」
「はっ!」
感涙した殿下が迫りきますけれど、私、神回避でしてよ!! さらりと躱してみせましてよ!!
「くーん……」
さらに泣きそうになっていますの? そのようなこと、ありませんわね?
「イヴも用事から帰ってきますわ。誘ってもいいかしら?」
せっかくですもの、皆で楽しく。
わからないことだらけの名無し殿のこと。セレステのこと。まだ対処しきれてないことは多々ありますわね。
今だけはどうか、楽しい一時を過ごさせてくださいまし――。
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