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名無しという男
しおりを挟む「そこまでお見通しかと思っていた」
「……いいえ?」
「ふっ……」
私、馬鹿正直に答えてしまいました。名無し殿、今、笑いを零してまして?
「ああー……そういう……ああー……」
私、名無し殿の前だというのに、一人ごちてましてよ? ああ、思えば、本当に思えば!! その方が自然ではありませんか、納得がいくではありませんか!!
しかも名無し殿、どういうわけか記憶を有しておいで。
「……となると」
私は神妙なる顔つきにもなりましてよ。彼、どこまで覚えているのかしら。私たち、婚姻の話までも進められていて――。
「――あの時のあなたは愛らしかった」
「へ」
私、またしても。我ながら間抜けな声ですこと。
「……いや、そうじゃない。違うな」
私が呆けている間に、名無し殿は訂正されているようで。
「……いつだってあなたは愛らしい。そう思ってきた」
「……」
私ったら間抜け面のまま……そのくせ、いっちょ前に顔は赤くなっていて。
「あなたとの日々は愛しくて、尊かった」
名無し殿の慈しむような声、けれども。
「私には――限りがあるから。このような自由な日々も夏まで」
――そう決めていたと。ええ、名無し殿。あなたはそう仰っていましたわね。
そういうことでしたのね。今までは公務のかたわらダンジョン通いも出来ましたけれど、それももう刻限であると。
「よく許されてきたものだ。本来の私は――王族であるサミュエルだ。名無しという男はもう――いてはいけない」
いてはいけないと?
私のプレゼントもまた……追い詰めてしまったと。王族としての彼ならば喜ぶもの、でも、ダンジョンでいるあなたからすると。
「……あなたは」
葛藤してらっしゃるのね。そして自分には過ぎたことであったとも。
「無責任に申しますわ。名無し殿にはいていただきたいのです。それは夏が過ぎても」
ええ、これもまた、私が申したこと。一緒にダンジョン行こうと。
「約束したではありませんか、名無し殿」
私はあえて、こちらの名で呼ばせていただきました。伝えたいのです――ダンジョンを自由に駆け抜けたあなたに対して。
「これからを考えますと難しいことではあります。それでも、名無し殿として得たもの、絆もおありでしょう? 完全に切り離すにはまだ早いのではなくて?」
「それは……」
「先延ばしもまた、悪いものでもなくてよ? これからですもの、あなたも……私も」
そうですわ、まだ先がありますもの。なかば言い聞かせるようでもありました……自身に。
「……あまり賢明な考えとは言えないな」
「くっ……」
ばっさりとですわね……!! 私も言いようがありましたかと、思っていたところ。
「……ああ、私の良くないところだ。どうも口が上手くない」
「いえ、そんな……」
口下手、そう仰ってもいましたわね。私は気になりませんが……私はというと。
「私はあなたとの優しい時間、好ましく思いますわ」
あなたの落ち着いた声、穏やかなる一時。かけがえのないもの。
「……それは私もだ」
「あら、そうですの?」
「名無し殿としても……サミュエルとしても」
「ああ……」
そうですわね、そうなのです。もちろんのこと。
「ええ、サミュエル様も。正直、よく存じませんわ。それでも知っていきたいのは真なのです」
「本当に正直だな……だが」
呆れ声と共に――微かなる笑い声。
名無し殿が一歩、近づいてくる。一定の距離は保たれたまま、そんな彼はこのような提案を。
「レア宝箱、持っているのだろう? こちらにいただけたら」
「あ……」
そうですわね、持ち歩いてはいましたわ。こちらのレア、受け取ってくださると? 私はリュックから取り出し、光り輝く青き宝箱をお見せしました。それから開封しますと、それは――。
「往復の旅券? ……レヴァンタジア行きの?」
何故レヴァンタジア? 辛うじて思いつくのは、ダンジョン国家だから? それでもって、何故二枚?
「――今となってはハネムーンチケットだ。それは私も……サミュエルとしても望んでいる」
「!?」
ぶ、ぶっこみ過ぎではなくて!? 私、追いつきませんことよ!?
「ふむ。まずはエミリアン殿下との婚約問題があるな、どうしたものか――」
「いえ、どうしたとかでは……」
「む、失礼した。今はあなたと私の関係を進展させなくては。ご令嬢、名無しとしての私も知ってもらわなくては」
名無し殿は魔法陣の上に立ちました。ご帰還ですの? イヴも待たせてますものね。
「時が許す限り――ダンジョンを駆け巡ろう。ダンジョン三昧だ」
「ダンジョン三昧!」
私、目を輝かせていましてよ!! 名無し殿も満足そうに頷いていたのでした。
答えを出さなかった……先延ばしともいえること。それが正解かもわかりません。
ですが、名無し殿。あなたにとってダンジョンで過ごした日々、とても有意義であったと思うのです。無駄などあるはずもない、かけがえのない経験だったと。あなたがいずれ国を背負う立場になったとしても――。
そして、セレステ。あなたは本当にどこにいるの……? 名無し殿もしくはサミュエル様、どちらかが生まれ変わりかと。でもそうでもなさそうで。
『――前世。私の前世はセレステではない』
あの後、さりげなく聞いてみましたの。これまでの流れ、記憶を有している方は前世の記憶もあったと。なら、名無し殿もと思ったのですが――結果は違うと。私は断定なさった彼の言葉信じましてよ。
というか、名無し殿。彼は前世の記憶おありですのね。どなただったかは仰らなかったので、セレステでないのなら、そうした考えの私も追究はせずでした――。
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