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続いていく日々ED②
しおりを挟むそれからのことは覚えていない。私の意識も記憶も途切れ途切れになっていたから。
そう……私は白い光に引っ張られるように、一瞬にして――あの時代、あの場所に戻ってきていた。
彼らと別れたところ、ヒューゴさんの部屋。ああ、皆がいて――。
「――ユイ、戻ってきてくれた……良かった……!」
黒い空間の隙間から現れた私、それを抱きとめて受け止めてくれたのは……イヴ君。そのまま強く抱きしめられたまま、そう、苦しくもなってきていて……。
そこから騒がしくもなって……特に王子とか。ああ、これだけ騒々しい中で、私の意識は落ちていって――。
ここはどこだろう? 私は真っ白な空間を歩き続けていたけれど、やがて開けた場所に出てきた。
「ああ……」
ここは――公爵邸の庭園? あのブランコだってある。でもなんだろう、霞みがかっている。本物ではないってこと? なら、ここは――。
「――ユイ嬢」
なんてよく通る、美しい声。私が振り返ると――。
「……アリアンヌ様」
美しい貴婦人が立っていた――アリアンヌ・ボヌール様だ。白い大きなツバの帽子、溌剌とした黄色のドレス、それも着こなしている彼女。
「……」
私、こちらのお顔、お姿で過ごしてきたはずなのに。こうして対面するとわからせられてしまう。佇まいも品格も何もかも――こうも違うものなのかと。私はきっと、こんなにも上品には笑えてなかった。
令嬢の中の令嬢、誰しもが憧れずにはいられない――本物のアリアンヌ様。
「ユイ嬢よ――誠に有難うございました」
そんな彼女が……私に頭を下げていた。直角のお辞儀、どこまでも美しい所作。
「ありがとうって……そんな、お礼を言われることは!」
って、見惚れている場合じゃない!! さすがに恐れ多いし、それに本当に心当たりがない。むしろこっちが巻き込んでしまっているのだから、謝らないと――。
「私を元に戻す為に奮闘なさっていたこと、それもありますわ。ですが――あなたは私を本当の意味で救ってくださったのです」
「え……」
ますます信じられないお言葉だった。私があなたを……?
「ふふ、御存知でしょうに。私が重責に押しつぶされていたのを」
「あ……」
そう、そうだった。私は彼女がいくら美しく素晴らしい方と思っていても――同時に弱さも抱えていること。それを知ってたんだ。
「私はユイ嬢によって救われたのです。あのままなら、私は――」
頑張ってきた普通の子、それだって知っていた。それでいて、彼女は私の想像以上に苦悩していたんだ……。
「あなたの強さ、私は誇りに思っておりますわ」
「アリアンヌ様……」
嬉しいお言葉だった。やっぱり恐縮してしまうけれど、でも受け止めさせてください。
「私だって、あなたに憧れて、あなたを目指してきました。迷うあなたの姿も確かに知っているけれど、やっぱり憧れずにはいられないんです」
私もそう、お伝えしたかった。アリアンヌ様、はにかんでくださった。やっぱり綺麗な人だな。綺麗で素敵な方……。
アリアンヌ様、直接ご対面できて良かったです。こんな機会はもうないのかも。彼女はこれから国の中心となっていく。手の届かない存在となっていくのだって、そうだよね?
さあ、お返しする時がきたんだ。私はもういいんだ。この世界に戻ってこられたのだから。
「アリアンヌ様、皆様がお待ちです。あなたのお帰りを待ち望んでいらっしゃいます」
ついにこの時が来たんだ。本来、在るべき姿に――。
「……ユイ嬢よ」
そう、私はユイとして生きることになる。一般人として見守っていますから――。
「――いいえ、アリアンヌ・ボヌール様」
「……?」
ええと、アリアンヌ様……アリアンヌ様? 何故にアリアンヌ様が私をアリアンヌ様と? 混乱してきましたよ?
「あなたがアリアンヌとして生きるのですよ? ――私に代わって」
「え……」
「あなたがアリアンヌとして。私はもう、その名は捨てたのです」
ええと、やっと事態は把握出来てきましたが……いやいや。いやいや!
「ど、どうしてですか!?」
私、つい彼女の両肩を掴んでしまった。動揺する私に対し、彼女は首を傾げていた。
「どうして、とは? 嬉しくありませんの?」
「そ、それは……」
「――私はあなたが励んできたことを存じています。そのようなあなただからこそ、私は『アリアンヌ』を託せるのです」
……信頼の眼差し。私を信じてくださっている。それは嬉しくて、頑張ってきて良かったとも思えた。
そんな風に感動していたんだ、この時は。
「未来の王太子妃、我らが殿下のお隣に相応しいことも」
「そ、それは……」
あ、そっか……アリアンヌ様になるのなら、王子との婚約もそうなるわけで……って。
「殿下、あなたのこと大層好いていらっしゃいますでしょう? それなのに、私がとって代わってしまっては……心苦しくてよ?」
と、憂える彼女。いつの間にか取り出した扇子で顔を覆っています。
「――とは申しますが。それはそれ、ですわよ?」
扇子からひょっこり顔を出した彼女、悪戯めいた笑み。
「――ねえ、『アリアンヌ』? あなたはやり遂げたのですから。もうお好きになさいな。心のままに――あなたが望む相手と」
――殿下に縛られることはなくてよ、と。
「!」
あまりにも衝撃的だった。私はアリアンヌ・ボヌールになって……それでいて、自由でいいのって。彼女は愛らしい笑顔でこう仰っていて。
「ごめんあそばせ、私はそうさせていただきますわ。ほほほ、おーほほほほほ!」
高らかな笑い。さすがは本家、すごい反響している……。
そういえば何気に気になっていたんだ。地面に置いてあるトランク、それに彼女にしてはカジュアルめな装い。これは。
「……私はね、アリアンヌの名は捨てて――好いた方と生きて参りますわ」
笑いは微かなるものへ。彼女は愛おしそうな表情で、胸元に手をあてていた。
「一度は違えてしまった私たち。今度こそ――幸せになってみせますから」
不安を携えながらも、それでも覚悟をした目でもあった。
「それって……」
あなたは『彼』と生きていくの? 彼――ヤニク様と。
「ふふ」
彼女は笑って答えてくれた。肯定ってことでしょう。
「ええ、私の愛称は――『アリア』。彼がそう呼んでくれていましたの。遠く長い旅の果て――私は彼と共にアリアとして、生きていきますわ」
アリア様。それがあなたが選んだ道なのですね。それがあなたが望むこと。
「はい、アリア様。私は――アリアンヌ・ボヌールとして」
私たちは笑い合った。少なくとも私たちにとっては望むこと、願ったことだったから。
「ごきげんよう、アリアンヌ様」
「ごきげんよう、アリア様」
アリア様はドレスの裾をつまんでの挨拶、私も制服のスカートで返す。様になってますわね、って笑って褒めてくださった。やった。
より視界は霞みがかっていく。ここまでって告げているみたい。ああ、アリア様の姿が揺らいで、消えていって――。
「そう、そうですわね――」
結衣としての喋り、このへんにしませんと。時々出てしまったりもしますわね? あと、イヴのことイヴ君って言ってましたわね。名残りでしてよ、名残り。やっぱりね、ボロを出さない為にも徹底しませんと。
そうですもの、私は。
「私は、アリアンヌ・ボヌール。華麗なる脳筋悪役令嬢として――生きていくのですから」
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