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幸せの音が、少しうるさい
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気がつくと、俺は――
ほんのり温かな湯気に包まれた、広すぎるくらいの浴室の中。
大理石のような床、黄金の蛇口、壁一面に彫られた優雅な紋章。
これ、王城の風呂だよな……?いや、豪華すぎて現実感がない。
「……夢?じゃない。てことは、ここ……」
(なんで全裸で、筋肉嫁3人と入浴してるの俺ーーーー!?!?)
「おはよ~♡ 気持ちよく目覚めた?」
背後から甘ったるい声とともに、腰に回された腕の感触。
俺の背中は――クーの裸の胸板に、ぴったりくっついていた。
「……え、なにこれ。状況どうなってんの……?」
「ユーマが溺れないように、オレが椅子係♡」
ぴとりと頬を寄せられて、クーの唇が俺の耳をぺろりと舐めた瞬間、ビクッと体が跳ねた。
「ちょ、おまっ、やめ……っ」
「ユーマ~♡ 一緒にお風呂って最高だね♡」
ご機嫌なクーの声が、真後ろからふわっと耳元にかかる。背中を預けた彼の胸板は、湯に濡れてやたら熱っぽい。しかもその手が、俺の腰のあたりをぬるぬる撫でいて。
「……ちょ、こら。くすぐったいっ……て……」
そう抗議したつもりだったのに、声が妙に甘く抜ける。
気のせいじゃない。指先がやけに“じわっ”としてて、どこ触ってんだよって感じなんだよ!!!
さらに横からガウルの指が、頭の上から滑り込んでくる。
泡立てた指先がゆっくりと頭皮を撫で、やがて耳の後ろをぐるりとこすり、耳たぶをつまみ、くすぐるように撫でてきた。
「くっ……ぅあ……っ、耳は……弱いって……!」
「動くな、洗えないだろ」
ガウルの声がやたら低くて、熱を帯びていて、
頭を洗ってるはずなのに、なぜか全身がゾクゾクする。
そして極めつけは――
「ふふ、ご主人様。力抜いてくださいね」
目の前で無防備に湯船に浸かるアヴィ。
その肌はうっすら湯気に包まれて、しっとり艶めいている。
膝から下を丁寧に撫でるアヴィの指が、やけに“指の腹”で滑ってくる。
足の裏をゆっくりと押されるたび、背筋にぶるりと快感が走った。
「……って、おい……その、指先の角度、絶対マッサージのそれじゃないだろ!?!?」
「いえ、“マッサージ”……ですよ」
確信犯の笑顔で返される中、俺の足の指にそっと唇が触れた。チュッ、と、吸い取るような音。
「ッッッッ!!!!?!」
(待って、ここって本当に“お城”だったよね……!?!?
俺、まさか新宿二丁目の……えっちなお店のVIPルームに迷い込んだとかじゃないよね……!?)
だけど体はすっかりあったまって、抵抗する気力も、だんだん溶けていく。
背中に感じるクーの体温も、髪に触れるガウルの指も、アヴィの唇のぬくもりも――全部が気持ちよくて。
三方向から、甘くて熱い愛が降り注ぐ。
理性と羞恥と快楽のトライアングルが、いま再び俺を包囲してきた。
(あ……もう……無理かも……)
「ご主人様……ここ、気持ちいいですか?」
「ユーマ……口、開けろ」
「首筋にチュー、しちゃお♡」
唇が触れる。舌先がすべりこむ。
熱い吐息が、肌をなぞる指先が、深いところまで火を灯していく。
肌と肌が重なる音さえ、どこか甘く、いやらしい。
(やばい、体が……とろける……
このままじゃ、溺れるのは湯じゃなくて――愛……!!)
誰かの手が、太ももをなぞった。
唇が、耳の裏に這って、甘く噛む。
背中から回された腕が、そっと俺の胸元を撫でた。
みんなが、俺を壊さないように愛しながら――でも、逃さないように抱いてくる。
目の奥が熱い。
心も、身体も、蕩けて、ほどけて、深く沈んでいく。
(……ああ、これはもう、搾取じゃない。
俺は今、たしかに――“愛”を注がれてる)
誰かの鼓動。誰かの吐息。
そのすべてが、俺の中でひとつになっていく。
まぶたが重くなってきて、視界がゆらゆらと滲んだ。
――そして俺は、快楽と愛と安心に包まれながら、微睡みの海へと堕ちていった。
***
――静かだ。
部屋の中に満ちるのは、心地よい湯上がりの残り香と、ユーマの規則正しい寝息だけ。
俺の腕の中、ユーマがすっぽりと身体を預けて眠っていた。胸板に頬を寄せ、眉間に皺もなく、穏やかな顔で。
ああ……こいつは、本当に、こんなにも無防備に――俺に懐いているんだなと、思う。
その髪に指を落とす。柔らかくて、ちょっとくせっ毛で、撫でるとくすぐったそうに小さく眉が動くのが可愛い。前髪が目にかかっていたから、そっと耳にかけてやった。……まるで子供の寝顔を守るみたいに。
「ユーマ、すごく気持ちよさそうに寝てるね」
クーが俺の肩越しに覗き込み、ユーマの頬をちょんと突いた。
――やめろ。
思わずその手を軽く払いのける。声が少し荒くなったかもしれない。
「起こすな」
「え~、そんな怒んなくても……ガウル、なんだか嬉しそうだし?」
「……っ、うれしくはない、別に……」
口を突いて出たのは反射だった。
けれど否定したあと、思う。
本当は、こうして抱いていられる時間が――とても、貴重で、尊い。
……なぜって、それは――当然、こいつらがいるからに決まってる。
「じゃあ僕にご主人様ください。嬉しくないんですよね?」
アヴィがいつもの調子で言ってくる。
こいつは、時々、本気でムカつく。
でも、ユーマに指一本触れさせる気はない。
「……ダメだ。ユーマが起きる」
「ふふ。ほんと素直じゃないですね。……まぁ、今日は譲ってあげますよ」
アヴィがそう言って、左側の枕にふわりと体を預けた。
だが、そいつの視線は――ユーマから、一度たりとも離れていない。
……まったく、油断も隙もない。
俺は小さく息を吐いて、もう一度、腕の中のユーマを見下ろす。
この寝顔を、誰にも渡したくない――そう思った時にはもう、強く抱きしめていた。
「お前ら、城のやつが他の部屋を用意したんだ。そっちに行け。狭い」
自分でも少し苛立ったような声だったとわかる。
アヴィはスッと目を細め、口元に薄く笑みを浮かべた。
「嫌です。そうやってご主人様を独り占めする気 ですよね?」
図星を突かれて、言葉が詰まる。だが――否定する理由も、もうない気がした。
「そうそう。ガウルってば、ずるい~♡」
クーの茶化す声に、アヴィが小さく笑う。
けれど、俺はそれを無視して、再びユーマの髪を撫でる。
「もうこのまま4人で寝よ? ね?」
「俺はいいけど、落ちるなよ」
「落ちるのはユーマへの恋だけだよ♡」
「……」
筋肉製のベッドの上、三人の愛に包まれながら、ユーマはほんのり目を覚ましかけたが――再び、心地よい熱と圧に包まれて、また夢の中へ。
(……ここ、もしかしてベッドじゃなくて、ガウルだった……)
そんな気づきを最後に、甘くて幸せな眠りに沈んでいった。
この眠りを、俺の腕の中で守れるのなら――
多少の口喧嘩くらい、どうということはない。
僅かな空白を埋めるように、ユーマを胸に抱いたまま、俺は静かに目を閉じた。
***
(……ふぁぁ……)
まぶたの裏に、湯気の立つお湯の感触が、まだ残っている気がする。
昨日、ひさしぶりにちゃんとした(?)風呂に入ったせいか、体も心も、軽い。
湯が沸かせる魔道具とか、普通の家じゃまず手が出ない高級品。
……マジで、王城ってなんでもアリなんだな。規模が違う。
実家を追い出されてからずっと、ろくに湯にも浸かれなかったもんな……。
清拭と水浴びで誤魔化してきたこの一年――
それでも、生きるために仕方なかったけど。
……けど今は、ちゃんとあったかいお湯があって、柔らかい布団があって。
ぬくもりの中で目を覚ませる朝が、こんなに優しいなんて、忘れてた。
(なんか……お肌も、やたらすべすべしてる気がする……すべす、べ……?)
「……っ!」
視線を感じて顔を上げると――そこには、真顔なのに目が泳ぎまくってるガウルの顔が。
え、何その表情!? っていうか、頬、ほんのり赤くない!? どうした!?
……って、そこでやっと気づいた。
……俺の左手が、ガウルの胸筋をぐいぐい撫でていた。
「うわあぁぁッ!? ご、ごめん!! ちがっ、無意識! 寝ぼけてただけ!! ていうかなんで俺、ガウルの上で寝てんの!?」
あたふたしながら状況を確認して、絶望。
がっつり密着、完全密着――
いやこれ……ファーストクラスのシート!? ……じゃなくて、ガウルの上……ッ!!
しかも俺、熟睡・快眠・たぶんヨダレ付き。
……はっ。
ま、待て……これ、クーの上でもやらかした前科あるやつじゃん……!?
……これもう、あれだ。俺、完全に筋肉ベッドの虜じゃね?
てか商品化してほしい、まである。
そんなことを考えてたら――
「……よく寝てたな」
低くて甘い声が、耳もとに落ちた。
その瞬間、ガウルの唇が、俺の額にそっと触れてくる。
「っ……!」
驚く間もなく、唇は額から頬、鼻筋、そして――口元へ。
「な、なにしてんだよガウル! ちょ、もう……朝からって……!」
じたばた暴れても、ガウルは筋肉で俺をがっちりホールド。
いやこれ、完全にレスリングの固定技! ガチで動けない!
「……うるさい。あんたが悪い」
「ま、待てってば!! てかこれ毎朝やるルーティンじゃねぇからな!? 心臓に悪いってーの!!」
必死に抗弁しても、ガウルの腕の中じゃ無力。
むしろ反論するほど、抱きしめる腕の力がじわじわ強くなるのはなんで!?
必死にそれに抵抗していたら、そこへ――
「ガウル、パス♡」
横から、満面の笑みのクーが、両手を広げて“おいで”のポーズで乱入。
「いやおまっ、待てって!! 俺はボールじゃねぇっての!!」
「ふふ、ボールは恋人だよ♡」
クーは俺の頬を両手で包み込み、甘く微笑んだかと思うと――
そのまま、目尻にチュッとキス。
その瞬間、さらに反対側からアヴィの手がスッと伸びてきて、俺の右頬に優しくキスを落とす。
「……ダメですよ、クーさん。左手は添えるだけじゃないと」
「いや、バスケ的に正しいこと言うな!? ていうかだから、俺はボールじゃねぇっての!!!」
顔を左右から包囲され、目を回す俺。
ヤバい、これは完全に甘やかし包囲網……! しかも多方向から!!
俺の理性は今、まるでボールみたいにコロコロ転がされてる。
……と、そこへ。
いつの間にか部屋にいた、いつもの執事さんが、静かにティーポットを傾けながら、俺たちのカオスな朝を優雅に見守っていた。
目尻の皺にやさしい笑み。
完璧な所作で紅茶を淹れつつ、ほんのりあったかい視線をこちらへ。
……うん、さすがだな。
数々の修羅場を潜ってきた歴戦の老執事、
筋肉まみれのラブレスリング程度じゃ、まったく動じない。
――って、感心してる場合か俺!!?
おい誰か!! 頼む、もう試合終了してくれ……!!
朝食を摂りながらも、俺はまだ執事さんと目を合わせられずにいた。
ついさっきのアレコレ(主に筋肉関連)が思い出されて、なんかこう……申し訳ないというか、居たたまれないというか。
そんな沈黙の中、執事さんが静かに口を開いた。
「本日の建国記念日の式典ですが、ミシェル王子もご臨席されるそうです。
もしよろしければ、ユーマ様御一行も王子殿下の晴れ姿をご覧になってはいかがでしょう」
「……え!?」
思わず声が裏返る。
ミシェル王子の呪いを解いたのは、つい二日前のことだ。
あれほど衰弱していたのに、もう公務に復帰って……本当に大丈夫なのか!?
「殿下ご本人の強いご希望だそうです。
もともとご体調のせいで食も細く、お顔色も優れない日が続いておりましたが……
今ではまるで嘘のように、よく召し上がるようになり、顔にも血色が戻りまして」
執事さんはそう言いながら、白いハンカチでそっと目元を押さえた。
「……すべて、ユーマ様のおかげです」
その声に、胸がじんと熱くなる。
……ああもう。
こういうの、不意打ちで感謝されるのってほんと弱いんだよな、俺……。
でも――
もともと体調が悪かったって話だけど……
ほんとは、王様の弟・ダリオスと、その取り巻き連中に、陰で嫌がらせされてたんじゃないか――そんなふうに、つい邪推してしまう。
王子の体にかかっていた呪いは、確かに命を脅かすほどのものだった。
けれど、本当に王子を縛っていたのはきっと、
呪いだけじゃなくて――
誰にも頼れず、声もあげられずに耐えていた日々。
そんな心を癒せたのなら、俺の魔法にも、意味があったのかもしれない。
(……王子、元気になってよかったな)
心の奥で、そっと安堵するように思った、そのときだった。
「おじちゃん、おかわりーっ!」
クーがにっこり笑って、元気よく手を挙げた。
声のボリュームも笑顔も全開で、もはや貴族の朝食というより給食の時間である。
「はい、ただいま」
執事さんがにこやかに応じるその横で、俺は思わず心の中で叫んだ。
(いや、そこは少しは遠慮しろぉぉお!?)
内心ツッコミながらも、ほんの少しだけ緩んだ空気に、俺はそっと肩の力を抜いた。
城の正面広場には、朝早くから人々が詰めかけていた。
建国記念日の式典、そしてミシェル王子のご公務復帰――
その晴れ姿を一目見ようと、城下中から老若男女が押し寄せていた。
(……って、ちょっと待って!? 昨日、筋肉嫁×3がぶっ壊した外壁、もう直ってるんだけど!?)
まるで何事もなかったかのように、ピカピカに修繕された石壁を見上げて、俺は思わず目を疑った。
あの盛大な崩落跡、どこいった!? 王都の職人、どんだけ優秀なんだよ……。
そんな驚きも冷めやらぬまま、俺たちは民衆の中でも比較的見通しのいい場所に案内された。
視線の先では、城門の上階――王族専用のバルコニーが、静かに人々の注目を集めていた。
そして――城の鐘が、高らかに鳴り響いた。
やがて、グローデン国王が重厚なマントを翻してバルコニーに姿を現した。
金色の無精髭は丁寧に整えられ、その佇まいは堂々とした威厳を放っている。
集まった群衆は自然と静まり返り、
王は沈黙の中に立ち、ゆっくりと演説を始めた。
「我が国が建国より幾星霜、今日この日を迎えられたのは――
ここに集う民すべての力と、歩みの積み重ねの賜物である」
重く響く声が、城前の広場に染み渡る。
しかしその声音の中には、確かに温もりと、願いが込められていた。
「そして。
建国の陰には、人知れず命を救い続けた名もなき英雄がいた。
古の“ソウルリターナー”――その志に倣い、
我らは今後も、小さき者、か弱き者を見捨てず、
種族の違いを越えて手を取り合い、差別のない豊かな国を築いていくことを、ここに誓う」
その言葉に、民衆の間からどよめきが起こり、すぐに大きな拍手が広がった。
クーも、アヴィも、ガウルも――誰一人声は発さずとも、真剣なまなざしで王を見つめていた。
そして王は、まっすぐ前を見据えたまま、
静かに、しかし確かに宣言する。
「――本日、我が国と、我が家の新たな始まりを、皆で祝おう」
その右手がゆっくりと掲げられ、広場中から歓声と拍手が湧き上がった。
その直後――
王の姿は一度バルコニーから引き、
数分後、今度は王妃、王子、王女を伴って、
金と白に彩られた馬車で再び姿を現した。
盛大なファンファーレが鳴り響き、パレードの開始を告げる。
気づけば、広場は完全に人・人・人の海。
「うわ、人多っ……!」
背伸びしたって、跳び跳ねたって、見えるのは前の人の後頭部と王城のバルコニーのごく一部だけ。
(くっそ、パレードってもっとこう、ゆったりしたもんだと思ってた……!)
なのに、鼓笛隊の音が鳴り始めるや否や、周囲の熱気が一気に爆発。
「わああ!」「王子だ!」「王妃さまキレー!」って、あっちこっちで歓声が上がる。
「ちょ、ちょっと誰か、今何が通ったの!? 馬!? 馬車!? あ、フラッグ!?!?」
まるで実況なしのラジオを聞いてるみたいな情報量。目からのデータがゼロ。
こうなったら、人混みの隙間から地面の影を見て、推理するしか……そう思った、その瞬間。
「うおぁっ………!?!」
パレードの喧騒の中、突然クーに肩車された俺は、あまりの唐突さに思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
「うわっ!? な、何っ……!?」
「これなら、よく見えるでしょ?」
振り返ることもできず、声だけで笑っているのがわかる。
「え、いや、確かに見えるけど……たっか……! でもちょっと恥ずかしいんだけど!?」
「誰も気にしてないよ♡ ほらユーマ、手ぇ、掴まって?」
言われても、どこに掴まればいいのかわからない。
反射的に手が伸びて、気づけばクーのクマ耳をむにっと掴んでいた。
「……お前のクマ耳、掴まるのにちょうどいい位置にあるな……」
「んふふ、でしょ~♡」
本人はまんざらでもない様子だし、俺はそのまま、群衆の頭上から王族の行進を見守っていた。
金の装飾を施された馬車がゆっくりと進んでくる。王族の姿が見えるにつれ、群衆の歓声はさらに高まり、空気ごと熱を帯びていく。その熱気だけで、なんだか胸が高鳴ってしまう。
やがて、遠くからでもひときわ目を引く金髪の少年――ミシェル王子がこちらに気づき、柔らかく目を細めて手を振ってくれた。
「……あ」
俺も思わず手を振り返す。胸の奥がじんわりとあたたかくなった、その瞬間――
今度は王子の隣にいたロゼリア王女が、俺に向かってにこやかに微笑みながら、投げキッスを送ってきた。
その優雅で美しい仕草に、周囲の視線が一斉に惹きつけられる。
――が、俺の目の前で突然、バチンッと乾いた音が鳴った。
見るとアヴィが、両手を合わせて“何か”をキャッチしている。
「……“魅了”の気配を感じたので」
え、今、王女の投げキッス――
蚊でも叩き潰すみたいに阻止されたんだけど!?
しかもそのまま、掴んだ“何か”を当然のように横にいたガウルへ差し出した。
「はい、ガウルさんに差し上げます」
「…………いらん」
渋々受け取ったガウルは、それを虚空にぽいっと投げ捨てる。
(いやいや、ツッコミどころ多すぎるんだけど!? ていうか今の投げキッス、絶対俺宛てだったよね!?)
その間も、俺の混乱などお構いなしに、肩車していたクーがうっとりとした声で囁いてきた。
「オレ、ユーマの太ももの感触に、やみつきになりそう……♡」
「今すぐ降ろしてくれーーーーっ!?!?!」
そんな俺の必死な抗議の声も、パレードの華やかな喧騒にあっさりと掻き消されていく。
――それでも。
筋肉嫁×3に囲まれたこのカオスな日常も、なんだかんだ悪くない。
……いや、むしろ最近では愛しいとすら思ってしまってるから困る。
王様の堂々たる演説にも、王子の晴れ姿にも、王女の投げキッス(アヴィにより空中阻止)にも、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
そんな満ち足りた気持ちのまま、俺たちはしばらくの間、目の前を通り過ぎていく華やかなパレードを静かに――いや、騒がしく――見守っていたのだった。
ほんのり温かな湯気に包まれた、広すぎるくらいの浴室の中。
大理石のような床、黄金の蛇口、壁一面に彫られた優雅な紋章。
これ、王城の風呂だよな……?いや、豪華すぎて現実感がない。
「……夢?じゃない。てことは、ここ……」
(なんで全裸で、筋肉嫁3人と入浴してるの俺ーーーー!?!?)
「おはよ~♡ 気持ちよく目覚めた?」
背後から甘ったるい声とともに、腰に回された腕の感触。
俺の背中は――クーの裸の胸板に、ぴったりくっついていた。
「……え、なにこれ。状況どうなってんの……?」
「ユーマが溺れないように、オレが椅子係♡」
ぴとりと頬を寄せられて、クーの唇が俺の耳をぺろりと舐めた瞬間、ビクッと体が跳ねた。
「ちょ、おまっ、やめ……っ」
「ユーマ~♡ 一緒にお風呂って最高だね♡」
ご機嫌なクーの声が、真後ろからふわっと耳元にかかる。背中を預けた彼の胸板は、湯に濡れてやたら熱っぽい。しかもその手が、俺の腰のあたりをぬるぬる撫でいて。
「……ちょ、こら。くすぐったいっ……て……」
そう抗議したつもりだったのに、声が妙に甘く抜ける。
気のせいじゃない。指先がやけに“じわっ”としてて、どこ触ってんだよって感じなんだよ!!!
さらに横からガウルの指が、頭の上から滑り込んでくる。
泡立てた指先がゆっくりと頭皮を撫で、やがて耳の後ろをぐるりとこすり、耳たぶをつまみ、くすぐるように撫でてきた。
「くっ……ぅあ……っ、耳は……弱いって……!」
「動くな、洗えないだろ」
ガウルの声がやたら低くて、熱を帯びていて、
頭を洗ってるはずなのに、なぜか全身がゾクゾクする。
そして極めつけは――
「ふふ、ご主人様。力抜いてくださいね」
目の前で無防備に湯船に浸かるアヴィ。
その肌はうっすら湯気に包まれて、しっとり艶めいている。
膝から下を丁寧に撫でるアヴィの指が、やけに“指の腹”で滑ってくる。
足の裏をゆっくりと押されるたび、背筋にぶるりと快感が走った。
「……って、おい……その、指先の角度、絶対マッサージのそれじゃないだろ!?!?」
「いえ、“マッサージ”……ですよ」
確信犯の笑顔で返される中、俺の足の指にそっと唇が触れた。チュッ、と、吸い取るような音。
「ッッッッ!!!!?!」
(待って、ここって本当に“お城”だったよね……!?!?
俺、まさか新宿二丁目の……えっちなお店のVIPルームに迷い込んだとかじゃないよね……!?)
だけど体はすっかりあったまって、抵抗する気力も、だんだん溶けていく。
背中に感じるクーの体温も、髪に触れるガウルの指も、アヴィの唇のぬくもりも――全部が気持ちよくて。
三方向から、甘くて熱い愛が降り注ぐ。
理性と羞恥と快楽のトライアングルが、いま再び俺を包囲してきた。
(あ……もう……無理かも……)
「ご主人様……ここ、気持ちいいですか?」
「ユーマ……口、開けろ」
「首筋にチュー、しちゃお♡」
唇が触れる。舌先がすべりこむ。
熱い吐息が、肌をなぞる指先が、深いところまで火を灯していく。
肌と肌が重なる音さえ、どこか甘く、いやらしい。
(やばい、体が……とろける……
このままじゃ、溺れるのは湯じゃなくて――愛……!!)
誰かの手が、太ももをなぞった。
唇が、耳の裏に這って、甘く噛む。
背中から回された腕が、そっと俺の胸元を撫でた。
みんなが、俺を壊さないように愛しながら――でも、逃さないように抱いてくる。
目の奥が熱い。
心も、身体も、蕩けて、ほどけて、深く沈んでいく。
(……ああ、これはもう、搾取じゃない。
俺は今、たしかに――“愛”を注がれてる)
誰かの鼓動。誰かの吐息。
そのすべてが、俺の中でひとつになっていく。
まぶたが重くなってきて、視界がゆらゆらと滲んだ。
――そして俺は、快楽と愛と安心に包まれながら、微睡みの海へと堕ちていった。
***
――静かだ。
部屋の中に満ちるのは、心地よい湯上がりの残り香と、ユーマの規則正しい寝息だけ。
俺の腕の中、ユーマがすっぽりと身体を預けて眠っていた。胸板に頬を寄せ、眉間に皺もなく、穏やかな顔で。
ああ……こいつは、本当に、こんなにも無防備に――俺に懐いているんだなと、思う。
その髪に指を落とす。柔らかくて、ちょっとくせっ毛で、撫でるとくすぐったそうに小さく眉が動くのが可愛い。前髪が目にかかっていたから、そっと耳にかけてやった。……まるで子供の寝顔を守るみたいに。
「ユーマ、すごく気持ちよさそうに寝てるね」
クーが俺の肩越しに覗き込み、ユーマの頬をちょんと突いた。
――やめろ。
思わずその手を軽く払いのける。声が少し荒くなったかもしれない。
「起こすな」
「え~、そんな怒んなくても……ガウル、なんだか嬉しそうだし?」
「……っ、うれしくはない、別に……」
口を突いて出たのは反射だった。
けれど否定したあと、思う。
本当は、こうして抱いていられる時間が――とても、貴重で、尊い。
……なぜって、それは――当然、こいつらがいるからに決まってる。
「じゃあ僕にご主人様ください。嬉しくないんですよね?」
アヴィがいつもの調子で言ってくる。
こいつは、時々、本気でムカつく。
でも、ユーマに指一本触れさせる気はない。
「……ダメだ。ユーマが起きる」
「ふふ。ほんと素直じゃないですね。……まぁ、今日は譲ってあげますよ」
アヴィがそう言って、左側の枕にふわりと体を預けた。
だが、そいつの視線は――ユーマから、一度たりとも離れていない。
……まったく、油断も隙もない。
俺は小さく息を吐いて、もう一度、腕の中のユーマを見下ろす。
この寝顔を、誰にも渡したくない――そう思った時にはもう、強く抱きしめていた。
「お前ら、城のやつが他の部屋を用意したんだ。そっちに行け。狭い」
自分でも少し苛立ったような声だったとわかる。
アヴィはスッと目を細め、口元に薄く笑みを浮かべた。
「嫌です。そうやってご主人様を独り占めする気 ですよね?」
図星を突かれて、言葉が詰まる。だが――否定する理由も、もうない気がした。
「そうそう。ガウルってば、ずるい~♡」
クーの茶化す声に、アヴィが小さく笑う。
けれど、俺はそれを無視して、再びユーマの髪を撫でる。
「もうこのまま4人で寝よ? ね?」
「俺はいいけど、落ちるなよ」
「落ちるのはユーマへの恋だけだよ♡」
「……」
筋肉製のベッドの上、三人の愛に包まれながら、ユーマはほんのり目を覚ましかけたが――再び、心地よい熱と圧に包まれて、また夢の中へ。
(……ここ、もしかしてベッドじゃなくて、ガウルだった……)
そんな気づきを最後に、甘くて幸せな眠りに沈んでいった。
この眠りを、俺の腕の中で守れるのなら――
多少の口喧嘩くらい、どうということはない。
僅かな空白を埋めるように、ユーマを胸に抱いたまま、俺は静かに目を閉じた。
***
(……ふぁぁ……)
まぶたの裏に、湯気の立つお湯の感触が、まだ残っている気がする。
昨日、ひさしぶりにちゃんとした(?)風呂に入ったせいか、体も心も、軽い。
湯が沸かせる魔道具とか、普通の家じゃまず手が出ない高級品。
……マジで、王城ってなんでもアリなんだな。規模が違う。
実家を追い出されてからずっと、ろくに湯にも浸かれなかったもんな……。
清拭と水浴びで誤魔化してきたこの一年――
それでも、生きるために仕方なかったけど。
……けど今は、ちゃんとあったかいお湯があって、柔らかい布団があって。
ぬくもりの中で目を覚ませる朝が、こんなに優しいなんて、忘れてた。
(なんか……お肌も、やたらすべすべしてる気がする……すべす、べ……?)
「……っ!」
視線を感じて顔を上げると――そこには、真顔なのに目が泳ぎまくってるガウルの顔が。
え、何その表情!? っていうか、頬、ほんのり赤くない!? どうした!?
……って、そこでやっと気づいた。
……俺の左手が、ガウルの胸筋をぐいぐい撫でていた。
「うわあぁぁッ!? ご、ごめん!! ちがっ、無意識! 寝ぼけてただけ!! ていうかなんで俺、ガウルの上で寝てんの!?」
あたふたしながら状況を確認して、絶望。
がっつり密着、完全密着――
いやこれ……ファーストクラスのシート!? ……じゃなくて、ガウルの上……ッ!!
しかも俺、熟睡・快眠・たぶんヨダレ付き。
……はっ。
ま、待て……これ、クーの上でもやらかした前科あるやつじゃん……!?
……これもう、あれだ。俺、完全に筋肉ベッドの虜じゃね?
てか商品化してほしい、まである。
そんなことを考えてたら――
「……よく寝てたな」
低くて甘い声が、耳もとに落ちた。
その瞬間、ガウルの唇が、俺の額にそっと触れてくる。
「っ……!」
驚く間もなく、唇は額から頬、鼻筋、そして――口元へ。
「な、なにしてんだよガウル! ちょ、もう……朝からって……!」
じたばた暴れても、ガウルは筋肉で俺をがっちりホールド。
いやこれ、完全にレスリングの固定技! ガチで動けない!
「……うるさい。あんたが悪い」
「ま、待てってば!! てかこれ毎朝やるルーティンじゃねぇからな!? 心臓に悪いってーの!!」
必死に抗弁しても、ガウルの腕の中じゃ無力。
むしろ反論するほど、抱きしめる腕の力がじわじわ強くなるのはなんで!?
必死にそれに抵抗していたら、そこへ――
「ガウル、パス♡」
横から、満面の笑みのクーが、両手を広げて“おいで”のポーズで乱入。
「いやおまっ、待てって!! 俺はボールじゃねぇっての!!」
「ふふ、ボールは恋人だよ♡」
クーは俺の頬を両手で包み込み、甘く微笑んだかと思うと――
そのまま、目尻にチュッとキス。
その瞬間、さらに反対側からアヴィの手がスッと伸びてきて、俺の右頬に優しくキスを落とす。
「……ダメですよ、クーさん。左手は添えるだけじゃないと」
「いや、バスケ的に正しいこと言うな!? ていうかだから、俺はボールじゃねぇっての!!!」
顔を左右から包囲され、目を回す俺。
ヤバい、これは完全に甘やかし包囲網……! しかも多方向から!!
俺の理性は今、まるでボールみたいにコロコロ転がされてる。
……と、そこへ。
いつの間にか部屋にいた、いつもの執事さんが、静かにティーポットを傾けながら、俺たちのカオスな朝を優雅に見守っていた。
目尻の皺にやさしい笑み。
完璧な所作で紅茶を淹れつつ、ほんのりあったかい視線をこちらへ。
……うん、さすがだな。
数々の修羅場を潜ってきた歴戦の老執事、
筋肉まみれのラブレスリング程度じゃ、まったく動じない。
――って、感心してる場合か俺!!?
おい誰か!! 頼む、もう試合終了してくれ……!!
朝食を摂りながらも、俺はまだ執事さんと目を合わせられずにいた。
ついさっきのアレコレ(主に筋肉関連)が思い出されて、なんかこう……申し訳ないというか、居たたまれないというか。
そんな沈黙の中、執事さんが静かに口を開いた。
「本日の建国記念日の式典ですが、ミシェル王子もご臨席されるそうです。
もしよろしければ、ユーマ様御一行も王子殿下の晴れ姿をご覧になってはいかがでしょう」
「……え!?」
思わず声が裏返る。
ミシェル王子の呪いを解いたのは、つい二日前のことだ。
あれほど衰弱していたのに、もう公務に復帰って……本当に大丈夫なのか!?
「殿下ご本人の強いご希望だそうです。
もともとご体調のせいで食も細く、お顔色も優れない日が続いておりましたが……
今ではまるで嘘のように、よく召し上がるようになり、顔にも血色が戻りまして」
執事さんはそう言いながら、白いハンカチでそっと目元を押さえた。
「……すべて、ユーマ様のおかげです」
その声に、胸がじんと熱くなる。
……ああもう。
こういうの、不意打ちで感謝されるのってほんと弱いんだよな、俺……。
でも――
もともと体調が悪かったって話だけど……
ほんとは、王様の弟・ダリオスと、その取り巻き連中に、陰で嫌がらせされてたんじゃないか――そんなふうに、つい邪推してしまう。
王子の体にかかっていた呪いは、確かに命を脅かすほどのものだった。
けれど、本当に王子を縛っていたのはきっと、
呪いだけじゃなくて――
誰にも頼れず、声もあげられずに耐えていた日々。
そんな心を癒せたのなら、俺の魔法にも、意味があったのかもしれない。
(……王子、元気になってよかったな)
心の奥で、そっと安堵するように思った、そのときだった。
「おじちゃん、おかわりーっ!」
クーがにっこり笑って、元気よく手を挙げた。
声のボリュームも笑顔も全開で、もはや貴族の朝食というより給食の時間である。
「はい、ただいま」
執事さんがにこやかに応じるその横で、俺は思わず心の中で叫んだ。
(いや、そこは少しは遠慮しろぉぉお!?)
内心ツッコミながらも、ほんの少しだけ緩んだ空気に、俺はそっと肩の力を抜いた。
城の正面広場には、朝早くから人々が詰めかけていた。
建国記念日の式典、そしてミシェル王子のご公務復帰――
その晴れ姿を一目見ようと、城下中から老若男女が押し寄せていた。
(……って、ちょっと待って!? 昨日、筋肉嫁×3がぶっ壊した外壁、もう直ってるんだけど!?)
まるで何事もなかったかのように、ピカピカに修繕された石壁を見上げて、俺は思わず目を疑った。
あの盛大な崩落跡、どこいった!? 王都の職人、どんだけ優秀なんだよ……。
そんな驚きも冷めやらぬまま、俺たちは民衆の中でも比較的見通しのいい場所に案内された。
視線の先では、城門の上階――王族専用のバルコニーが、静かに人々の注目を集めていた。
そして――城の鐘が、高らかに鳴り響いた。
やがて、グローデン国王が重厚なマントを翻してバルコニーに姿を現した。
金色の無精髭は丁寧に整えられ、その佇まいは堂々とした威厳を放っている。
集まった群衆は自然と静まり返り、
王は沈黙の中に立ち、ゆっくりと演説を始めた。
「我が国が建国より幾星霜、今日この日を迎えられたのは――
ここに集う民すべての力と、歩みの積み重ねの賜物である」
重く響く声が、城前の広場に染み渡る。
しかしその声音の中には、確かに温もりと、願いが込められていた。
「そして。
建国の陰には、人知れず命を救い続けた名もなき英雄がいた。
古の“ソウルリターナー”――その志に倣い、
我らは今後も、小さき者、か弱き者を見捨てず、
種族の違いを越えて手を取り合い、差別のない豊かな国を築いていくことを、ここに誓う」
その言葉に、民衆の間からどよめきが起こり、すぐに大きな拍手が広がった。
クーも、アヴィも、ガウルも――誰一人声は発さずとも、真剣なまなざしで王を見つめていた。
そして王は、まっすぐ前を見据えたまま、
静かに、しかし確かに宣言する。
「――本日、我が国と、我が家の新たな始まりを、皆で祝おう」
その右手がゆっくりと掲げられ、広場中から歓声と拍手が湧き上がった。
その直後――
王の姿は一度バルコニーから引き、
数分後、今度は王妃、王子、王女を伴って、
金と白に彩られた馬車で再び姿を現した。
盛大なファンファーレが鳴り響き、パレードの開始を告げる。
気づけば、広場は完全に人・人・人の海。
「うわ、人多っ……!」
背伸びしたって、跳び跳ねたって、見えるのは前の人の後頭部と王城のバルコニーのごく一部だけ。
(くっそ、パレードってもっとこう、ゆったりしたもんだと思ってた……!)
なのに、鼓笛隊の音が鳴り始めるや否や、周囲の熱気が一気に爆発。
「わああ!」「王子だ!」「王妃さまキレー!」って、あっちこっちで歓声が上がる。
「ちょ、ちょっと誰か、今何が通ったの!? 馬!? 馬車!? あ、フラッグ!?!?」
まるで実況なしのラジオを聞いてるみたいな情報量。目からのデータがゼロ。
こうなったら、人混みの隙間から地面の影を見て、推理するしか……そう思った、その瞬間。
「うおぁっ………!?!」
パレードの喧騒の中、突然クーに肩車された俺は、あまりの唐突さに思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
「うわっ!? な、何っ……!?」
「これなら、よく見えるでしょ?」
振り返ることもできず、声だけで笑っているのがわかる。
「え、いや、確かに見えるけど……たっか……! でもちょっと恥ずかしいんだけど!?」
「誰も気にしてないよ♡ ほらユーマ、手ぇ、掴まって?」
言われても、どこに掴まればいいのかわからない。
反射的に手が伸びて、気づけばクーのクマ耳をむにっと掴んでいた。
「……お前のクマ耳、掴まるのにちょうどいい位置にあるな……」
「んふふ、でしょ~♡」
本人はまんざらでもない様子だし、俺はそのまま、群衆の頭上から王族の行進を見守っていた。
金の装飾を施された馬車がゆっくりと進んでくる。王族の姿が見えるにつれ、群衆の歓声はさらに高まり、空気ごと熱を帯びていく。その熱気だけで、なんだか胸が高鳴ってしまう。
やがて、遠くからでもひときわ目を引く金髪の少年――ミシェル王子がこちらに気づき、柔らかく目を細めて手を振ってくれた。
「……あ」
俺も思わず手を振り返す。胸の奥がじんわりとあたたかくなった、その瞬間――
今度は王子の隣にいたロゼリア王女が、俺に向かってにこやかに微笑みながら、投げキッスを送ってきた。
その優雅で美しい仕草に、周囲の視線が一斉に惹きつけられる。
――が、俺の目の前で突然、バチンッと乾いた音が鳴った。
見るとアヴィが、両手を合わせて“何か”をキャッチしている。
「……“魅了”の気配を感じたので」
え、今、王女の投げキッス――
蚊でも叩き潰すみたいに阻止されたんだけど!?
しかもそのまま、掴んだ“何か”を当然のように横にいたガウルへ差し出した。
「はい、ガウルさんに差し上げます」
「…………いらん」
渋々受け取ったガウルは、それを虚空にぽいっと投げ捨てる。
(いやいや、ツッコミどころ多すぎるんだけど!? ていうか今の投げキッス、絶対俺宛てだったよね!?)
その間も、俺の混乱などお構いなしに、肩車していたクーがうっとりとした声で囁いてきた。
「オレ、ユーマの太ももの感触に、やみつきになりそう……♡」
「今すぐ降ろしてくれーーーーっ!?!?!」
そんな俺の必死な抗議の声も、パレードの華やかな喧騒にあっさりと掻き消されていく。
――それでも。
筋肉嫁×3に囲まれたこのカオスな日常も、なんだかんだ悪くない。
……いや、むしろ最近では愛しいとすら思ってしまってるから困る。
王様の堂々たる演説にも、王子の晴れ姿にも、王女の投げキッス(アヴィにより空中阻止)にも、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
そんな満ち足りた気持ちのまま、俺たちはしばらくの間、目の前を通り過ぎていく華やかなパレードを静かに――いや、騒がしく――見守っていたのだった。
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