【完結】ヒールで救った獣人ショタがマッチョに進化!? 癒しが招く筋肉のカタチ

たもゆ

文字の大きさ
42 / 86
番外編

アルケイン王立魔法学院①

しおりを挟む

 アルケイン王立魔法学院。

 学生食堂の片隅で、俺は治癒魔術士団のマルコム室長から譲り受けた、鈍い光を放つ黒い魔石を両手でそっと包み込み、ヒールを放った。魔力を受けた石は一瞬仄白く輝き、やがて静かな鼓動のようにスッと光が収まっていく。
 それを確認すると、俺は軽く息を吐いた。

 体を魔力切れの状態に晒すことで、体内に蓄えられる魔力の量を増やす――この鍛錬は、魔法使いの基礎中の基礎らしい。だが入学前にすでに魔力量が“カンスト”している同級生たちに比べると、俺はまだその段階にすら達していない。
 そのせいか、周囲の生徒たちは俺を見るたびに眉を顰め、半ば呆れ顔でちらりと横目を向けてくる。

 (そりゃそうだよな。例えるなら、東大の講義室で足し算・引き算の計算ドリルをガチでやってるようなもんだ)

 入学したばかりの頃は、教室の真ん中で得意げに鍛錬していた。
 なのに、年下の同級生たちにクスクス笑われることが増え、今ではトイレや食堂の片隅で、肩をすぼめながらコソコソやるのが日課になってしまった。

 「……治癒魔法用の魔石って、黒いんですね」

 不意にかけられた声に思わず肩が跳ねる。
 振り向くと、ミシェル王子が俺の手元を覗き込むように身をかがめ、すぐ傍らに立っていた。キャラメル色の瞳が、好奇心と柔らかな光で穏やかに揺れている。

 「み、ミシェル王子っ!?」
 「お隣、いいですか?」

 そう言って王子は、人懐こい笑顔で微笑んだ。
 よく見ると、手には学食のスペシャルランチ――魔猪ブルファングの大盛りヒレカツ定食を乗せたトレーを持っている。
 (……いや、王子が“スペシャルランチ”て。しかもブルファング大盛り!?)

 確か、王子はいつも専用の特別室で食事を摂っていたはずだ。
 次期国王ともあろう御方に、もしものことがあったら一大事――それが王族の常識、のはず。

 「……俺は全然構わないですけど、なんでまた今日はこちらに?」

 尋ねると、王子はトレーを置き、少し照れたように笑った。
 「ここのメニューが美味しそうで……ずっと気になってたんです。
 今日はジョバンニ――僕の執事に、ちょっとだけ無理を言いました」

 「なるほど……」
 俺は、すぐ後ろで直立不動している黒服の執事さんにチラリと視線を送る。

 ジョバンニ氏は無表情のまま、静かに一礼した。
 「……ご安心ください。殿下のお召し上がりになる品は、すべてわたくしが毒見済みでございます」

 (……そこまで徹底してるのか。いや、むしろ安心と言うべきか?)

 「……それにしても、すごい量ですね」
 俺は改めて、王子の前に鎮座する“山”を見つめた。
 ヒレカツ。どこからどう見てもヒレカツ。しかも三段重ね。

 「はい、お恥ずかしい話ですが……最近はどうにも食欲が止まらなくて。筋トレのせいでしょうか、いくら食べても足りないんです」
 王子は頬を少し赤くしながら、照れくさそうに笑う。
 「今日なんて、授業中にお腹が鳴ってしまって……」
 
 (……王子、そんな庶民みたいな悩み抱えてたのか)

 いや、しかし。
 学業と公務の合間を縫って、毎日腕立て100回、腹筋100回、スクワット100回。
 おまけに10キロマラソンまでこなしてたら、そりゃ腹も減るよな……。

 たぶん王子、もう脱いだらとんでもない。
 あのとき枯れ枝みたいだった手が、いまじゃ鋼の筋が走って血管が浮いてる。
 きっと王城のあの老執事さんも、感動のあまり「殿下……そのバキバキの腹筋は王家の誇りでございます!」とか言って泣いてるに違いない。

 「……では、失礼して、いただきます」
 「あ、はい、どうぞどうぞ」

 王子はナイフとフォークを手に、上品にヒレカツを口へ運ぶ。
 その一連の所作があまりに優雅で、思わず見とれてしまう。鍛え抜かれた肉体の上に、この美少女みたいな顔が乗ってるのを想像して――思わず笑いそうになった。

 「……美味しいです。ブルファングのお肉って、こんなに美味しいんですね」
 「そうなんですよ。安くて手に入りやすい分、ちょっと臭みはありますけど――下処理をちゃんとして香草を効かせれば、豚肉より美味しくなるんです」

 俺も手元のバゲットサンドをひと口かじりながら答える。
 王子はフォークを置き、首をかしげた。

 「なるほど。……ちなみに、ユーマさんが今まで食べた中で一番美味しかったものって、なんですか?」

 「俺ですか……?」
 顎に手を当て、俺はしばらく考え込む。
 
 「そうですね~……やっぱリオバロス、いやサクスムドラコ……うーん、でもレッドドレイクの肉も捨てがたい……」
 「……えっ、それ、全部ドラゴンの仲間ですよね?」

 王子のフォークが空中でぴたりと止まる。
 
 「そんな、普通に食べる機会って……あるんですか?」
 「……あ、まぁ。討伐した日の夕飯はだいたい焼肉パーティーでしたね。……あ! 討伐するのはもちろん俺じゃなくて、城の壁破壊してたあいつらですよ!?」

 「…………」

 王子が一瞬固まる。
 次の瞬間、キャラメル色の瞳が、星のようにきらめいた。

 「……凄いです。僕もいつか、ドラゴンを討伐できるくらい強くなりたいです!」

 (……ハッ! やっちまった――――!!)
 (俺のせいで王子が、“ドラゴンを拳で黙らせる系”の国王になってしまう!!)

 「……殿下。筋トレに付き合わされるわたくしの腰も、そろそろ限界でございます」

 壁を背に、俺の横で控えているジョバンニ氏の嘆きが、耳元で小さく響いた。
 
 (……頼む王子! ドラゴンを討伐する前に、ジョバンニ氏の腰を心配してくれ!!)
 
 あとでこっそり温湿布がわりに腰にヒールしてあげよう、と誓う俺であった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界に転生したら竜騎士たちに愛されました

あいえだ
BL
俺は病気で逝ってから生まれ変わったらしい。ど田舎に生まれ、みんな俺のことを伝説の竜騎士って呼ぶんだけど…なんだそれ?俺は生まれたときから何故か一緒にいるドラゴンと、この大自然でゆるゆる暮らしたいのにみんな王宮に行けって言う…。王宮では竜騎士イケメン二人に愛されて…。 完結済みです。 7回BL大賞エントリーします。 表紙、本文中のイラストは自作。キャライラストなどはTwitterに順次上げてます(@aieda_kei)

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

呪いで猫にされた騎士は屈強な傭兵に拾われる

結衣可
BL
呪いで猫にされた騎士は屈強な傭兵に拾われる

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

処理中です...