【完結】ヒールで救った獣人ショタがマッチョに進化!? 癒しが招く筋肉のカタチ

たもゆ

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番外編

でんかのほうとう①

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 ※飯テロ回



 夜の書斎に、カリカリとペンの音が響く。
 机いっぱいに本を広げて、俺は額を押さえながら唸った。
 「……誰だよ、魔力干渉波の式変換なんて考えたやつ……頭おかしいんじゃねぇの……」

 ぶっちゃけテスト勉強なんて、うん十年ぶりだ。
 ノートには途中で諦めた跡が何本も走っている。
 インクの染みができたページをめくりながら、ため息が漏れた。その時――

 コン、コン。

 控えめなノックの音が響く。
 「……はいはい、どーぞ?」
 俺は机に向かったまま、背中越しに声をかけた。

 「……すいやせん、ユーマの兄貴」
 「チビか。どした?」

 振り返ると、チビが申し訳なさそうに頭を掻いていた。
 机の上に広がるノートと教科書を見て、ますます肩を落とす。

 「兄貴、勉強中だったんすね……! すいやせん! また出直して――」
 「いや、大丈夫だって。なんかあったのか?」
 
 苦笑しながら呼び止めると、チビは小さく頷いて踵を返すのをやめた。

 「……いや、申し訳ねぇ。実は兄貴に見てもらいたいもんがありやしてね」

 案内されるまま、食堂の奥にあるキッチンへ向かうと、その中央の作業台には、ドンと大きな保存壺が置かれていた。

 「実はこの壺の中に、塩漬けした豆を入れといたんですがね――」
 チビがそう言いながら蓋を開けると、もわっと温かい空気が漏れた。
 俺は恐る恐る中を覗き込み――思わず顔をしかめた。

 「……なにこれ!?」

 中には豆の面影すらなく、ドロッとしたペースト状の何かが沈んでいた。
 色は悪くないが、質感がどうにもおかしい。

 「いや、あっしもタマゲましてね。でも妙なんすよ」
 「……いやこれ、腐ってるようにしか見えないけど……変な匂い、しないな?」

 鼻を近づけた瞬間、ぴんときた。
 (――いや、待て。この匂い……まさか)

 「そうなんすよ! それが気になって、兄貴にも確認してもらおうと思った次第でして!」

 チビはどこか誇らしげに言う。
 俺は頭を掻きながら尋ねた。

 「この豆って、いつ漬けたの?」
 「確か三ヶ月くらい前ですかね。棚の奥の方にしまってたのを、さっき掃除してて見つけたんすよ。いやぁ、面目ねぇ……完全に忘れちまってたみたいで」

 「三ヶ月……」
 (それ、条件的に……まさか発酵して――?)

 「試しに舐めてみたら、こりゃまた悪くない味わいで……。でも、こんな得体の知れないもん、兄貴たちに食わしていいものかどうかと……」

 俺は壺の中のそれを小指で掬い、鼻先へそっと近づけた。
 「……やっぱり、これ……」
 そのまま恐る恐る舐めると、塩味と凝縮された旨味、そして豆のほのかな甘みが舌に広がった。
 間違いない。

 「……チビ、これ――味噌だよ」
 「……みそ?」

 「そう。俺……の遠い親戚が住んでる小さい村に伝わる調味料だ。豆を発酵させて作るんだ。肉や魚の味付けに使ったり、スープに溶かしたりしてな」
 「へえ~、これが……」
 チビも感慨深げに壺の中身を凝視していた。
 
 たぶん偶然の産物だろうが、それでもすごい。
 俺は壺の中を見つめながら、なんとも言えない懐かしさに浸った。

 (……やれやれ、まさか文明開化の第一歩が“チビの保存ミス”から始まるとはな)

 「……チビ、でかしたぞ! これはノーベル文化賞ものだ!!」
 「……! な、なんだかよくわかんねぇっすけど――恐悦至極ッス! 兄貴ッ!!」

 チビは勢い余って、バシィッと拳で胸を叩いた。
 (いや、“ノーベル”とか絶対通じてねぇよな……)

 「兄貴、またいとまがある時でいいんで、これの調理の仕方、伝授してくださいやせんかねぇ」
 「ああ、テスト期間終わったらな。それまでに、なんか考えとくわ」
 「……あざっす!!」
 
 「それにしても、これ……肉に揉み込んで焼いたら、絶対うまいやつじゃん……」
 (……ヤバい、米が欲しい)

 想像した瞬間、腹の虫がグ~ッと主張してきた。
 「兄貴、こいつを使って、なにか簡単な夜食でもこしらえやしょうか?」
 「いいのか?」
 「もちろんでさぁ!」

 チビは気合い満々でブルファングの生肉を分厚くスライスし、筋切りを入れると――
 「こうすっと柔らかくなるんでさぁ!」
 バシィィィッ!!
 拳で肉を殴り始めた。

 「ちょ、テーブルまで破壊するなよ!?」
 「多少の失敗は愛嬌っすよ!!」
 「多少で済むのか!?」

 そんな理屈があるかと思いつつ、見事に叩き柔らかくなった肉に、刻んだハーブと異世界味噌をたっぷり塗り込んで焼き上げるチビ。
 香ばしい匂いが台所に広がり、夜中なのに完全に飯テロ。

 焼けた肉をスライスし、トマトモドキを添えてパンに挟み――
 「できやした! 魔猪まちょの味噌焼きサンドでさぁ!」

 皿を差し出され、俺は唾を飲み込む。
 「……俺には分かる。これ、絶対うまいやつ」

 チビの作った魔猪の味噌焼きサンドを一口――噛んだ瞬間、香ばしさと旨味が爆発した。
 「……うまい、うますぎる……!」
 思わず天を仰ぐ。
 味噌の濃厚さにトマトの酸味が絶妙すぎる。
 これはもう、文明開化の味だ。異世界版B級グルメ革命だ。

 ――と、その時。

 廊下のほうからドタドタと足音が近づく。
 「あー! ずるーい! オイラも食べたいー!」
 「…………お肉」
 「……ユーマさんこんな時間に何してるんですか?」
 「……騒がしいぞ」
 「なんかすっごくいい匂い~♡」
 「ご主人様、これは一体なんの騒ぎですか?」

 わらわらと集まってくる、ライト、リーヤ、リィノ、ガウル、クー、アヴィ、そしてチビたち。
 まるで餌の匂いに釣られた野生動物の群れだ。

 「ちょ、ちょっと待て! 順番! 順番だから!!」 
 「兄貴、量が足りねぇっす!」
 「肉はまだある! 急げチビ、追加焼きだ!!」
 「オッス兄貴!!」

 深夜の厨房が、謎のテンションで試食会会場と化した。
 「うまっ」「これやみつきになるな」「……美味しい」「おかわりー!」「オイラもあと二皿!!」

 「おい、おまえら! 明日の朝の食材まで食い尽くすな――!!」

 ……こうして異世界の夜、味噌焼きの香りが王都の空にしっかり刻まれたのだった。
 
 
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