【完結】ヒールで救った獣人ショタがマッチョに進化!? 癒しが招く筋肉のカタチ

たもゆ

文字の大きさ
51 / 86
番外編

フォーマンセルー轟獣竜戦ー①

しおりを挟む
【フォーマンセル(Four-Man Cell)】
主に軍事や組織における基本的なチーム編成の単位。
​「4人一組のチーム」という意味。



 ***

 「いやー、ユーマ君ありがとう。半信半疑で来てみたけど、君のヒールは不思議な感じがするなぁ。怪我と一緒に胸のつかえまで取れた気がするよ」
 「いえ……お役に立てたなら良かったです」

 その日、俺は治癒魔術士団の処置室で宮廷魔術士のバイトをしていた。
 学業優先なので週一だけ。せめて小遣い稼ぎになれば――そんな軽い気持ちで始めたはずなのだが。

 “ソウルリトリーバル”のことは伏せている。……いるのだけれど、気づけば俺のことは、「触ると運が上がる治癒士」みたいな謎の噂になっていて。

 結果、今日も俺の当番の日は初詣の神社さながらだ。
 長い廊下には、きっちり整列した兵士たちの行列。筋骨隆々の男たちが無心で順番待ちしている光景は、正直ちょっとした宗教っぽい。

 しかし「新入りの子」だった頃を思うと、最近は「バイトの子」や「ユーマ君」と名前まで呼ばれるようになっていて、少しこそばゆい。けど……悪い気はしなかった


 「……よし、今の人で最後、かな?」

 壁掛け時計を見ると、すでに針が午後二時を回ろうとしていた。
 ふぅ、と息を吐き、固まった背筋をぐっと伸ばす。

 横を見ると、ガウルが壁にもたれ、もそもそと紙袋を漁っていた。
 中からマフィンを取り出し、まるで狩りの最中みたいな真剣さで貪り食っている。

 さっきコンラッドから貰った焼き菓子だ。
 時々こうして兵士さんから「お布施」と称してお菓子や飲み物の差し入れをもらうことがあるのだが――。
 俺の護衛が、ガウルとクーの時には彼らにひとつ残らず食べられ、そしてアヴィの時には容赦なく「ゴミですね」と断罪されてゴミ箱直行だった。

 それがあまりに申し訳なくて、ついゴミ箱から拾って食べようとしたら――
 「僕よりゴミが大事なんですか?」と、アヴィに本気でキレられた。

 その後はもう羞恥地獄だった。
 アヴィが満足するまで、恥ずかしいセリフをひたすら言わされる罰ゲーム。
 ……それ以来、アヴィと一緒の日だけは、どんな差し入れも丁重に辞退するようにしている。

 「お、おいガウル! せめてひとつくらい残しておいてくれよ!?」
 「……毒でも入ってたらどうする」
 ガウルが真顔で紙袋を覗き込みながら呟く。
 「いや、コンラッドさんが俺を毒殺するメリットがどこにあんだよ!? てか、全部食べる必要ないだろ!?」
 もぐもぐと詰め込んだまま、ガウルは無言で別の包みを差し出してくる。

 ……この包みは、今朝チビたちが作ってくれた味噌カツサンドだ。
 「……もう」
 (はいはい、つまり“おとなしくコレ食ってろ”ってことね)

 包みをほどくと、ふわりと甘じょっぱい味噌の香りが立ちのぼる。
 大きな葉に丁寧に包まれたカツサンドは、葉っぱ自体もいい匂いがして、見てるだけでお腹が鳴りそうだ。

 空腹に負けて一口齧る。
 素朴な小麦の香りと、じゅわっと広がる濃厚な味噌ダレの旨味。噛むごとに幸せが口いっぱいに広がって――。

 「……うっま」

 コンラッドから貰ったマフィンを、いつの間にか全部平らげていたガウルは、空になった紙袋をくしゃっと丸めてゴミ箱に放り投げた。

 (コンラッドさん……すいません。
 あなたの善意の差し入れ、筋肉嫁が全部食べました)

 心の中で深々と土下座する。

 そうして味噌カツサンドを食べ終える頃。
 廊下のほうからなにやらバタバタと慌ただしい足音が響いてきた。
 「……なんだ?」
 首を傾げつつ、ガウルと一緒に廊下へ出る。

 その瞬間――。

 ズンッ、と。
 遠くで地面がうねるような、鈍い轟音が響いた。
 空気が震え、胸の奥がざわつく。

 「な、なに、この音!?」

 ガウルの腕がぐっと俺の肩を押さえ込む。
 その鋭い目が、獲物を見つけた獣の、狩りの目になっていた。

 廊下の向こうで、誰かが駆けてくる気配。
 次の瞬間、マルコム室長が息を切らしながら角を曲がって現れた。

 「ユーマ君――緊急事態だ!」

 その顔には、普段の温厚さはどこにもない。
 焦燥と、ほんのわずかな恐怖が滲んでいた。

 「轟獣竜ルギドが王都外門付近に出現した! 民間人が襲われている!」

 「……っルギド!?」
 その名を聞いた瞬間、背筋が総毛立つ。

 今まで戦ったことも、見たこともない。
 だが、その名は本で読んだことがあった。
 “獣のように地を這い、街ごと地平に沈める狂竜”――そう記されていた。
 獰猛で気性が荒く、四肢が異様に発達し、その巨体に見合わず動きは俊敏。

 「騎士団はすでに総員で討伐に向かった! 我々も負傷者の救援に出る!」
 「じゃあ俺もっ――」
 「君は安全な所にいなさい! ガウル君、彼を頼んだ!」

 マルコム室長は、俺の返答などお構いなしに、救援指揮のため走り去っていった。

 「ま、待ってください! マルコム室ちょ――」

 駆け出そうとした瞬間、肩ごと身体が引き寄せられる。鉄骨みたいな腕。獣じみた力。

 「おいガウル! 俺たちも行かないと……ぐっ!」

 抗議も途中で飲み込まれた。
 ガウルは無言のまま俺を小脇に抱え、そのまま外へ飛び出す。

 「ちょ、待っ、うわァ!?!?」

 気づけば俺は、城壁の垂直の外面、ありえない高さで宙ぶらりんになっていた。
 ガウルの四肢は石壁に食い込み、巨大な猛獣が獲物を咥えたまま木に登るような体勢で張り付いている。

 「ひ、ひぃぃ! 高い高い高いっ!! ガ、ガウル!?」

 返事はない。
 ただ、風を切る静寂の中、彼は遠く王都の外門を睨み付けていた。

 凶獣の目。

 ズオンッ、ズオンッ、ズズンッ――!

 地面が鳴り、空気が震える。
 視界の端、城外の防壁の向こうで、巨大な黒い影が跳ね上がった。

 黒曜の鱗。裂けた大地。咆哮さえ届かぬ距離なのに、内臓が震える。

 ――轟獣竜ごうじゅうりゅうルギド。

 ガウルの喉から、野太い唸りが漏れる。
 「……ユーマ。しっかり掴まってろ」

 「へ? あ、ちょ、まっ――」

 言い終わるより早く、世界が弾けた。

 ドッ! ドッ! ドッ!

 壁を蹴る。跳躍。
 また蹴る。空を裂く。
 また跳ぶ。風が悲鳴を上げる。

 片腕で俺を抱えたまま、
 狂狼が獣道を駆けるように、空中を踏みしめて進む。

 俺は風に顔を歪め、必死にガウルの体にしがみついた。

 「うわぁぁあああああ!!!」

 城壁を駆け抜け、屋根を越え、怒号の渦巻く王都外門へ――
 ガウルは戦場へ一直線に突っ込んでいった。

 俺はただ、目を閉じて祈るしかなかった。


 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界に転生したら竜騎士たちに愛されました

あいえだ
BL
俺は病気で逝ってから生まれ変わったらしい。ど田舎に生まれ、みんな俺のことを伝説の竜騎士って呼ぶんだけど…なんだそれ?俺は生まれたときから何故か一緒にいるドラゴンと、この大自然でゆるゆる暮らしたいのにみんな王宮に行けって言う…。王宮では竜騎士イケメン二人に愛されて…。 完結済みです。 7回BL大賞エントリーします。 表紙、本文中のイラストは自作。キャライラストなどはTwitterに順次上げてます(@aieda_kei)

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

呪いで猫にされた騎士は屈強な傭兵に拾われる

結衣可
BL
呪いで猫にされた騎士は屈強な傭兵に拾われる

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

処理中です...