【完結】ヒールで救った獣人ショタがマッチョに進化!? 癒しが招く筋肉のカタチ

たもゆ

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番外編

フォーマンセルー轟獣竜戦ー④

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 次に目を覚ました時、俺は7人の小人――ではなく、10人の大男に囲まれていた。

 視界いっぱいに迫るのは、鋼の胸板と、心配でくしゃくしゃの獣人たちの顔。
 ここは王城隣、魔道士団塔の救護室。

 「……ユーマ?」

 クーの瞳が揺れている。
 無意識に伸ばした指先が、クーの頬に触れる寸前――

 「ユーマーーッ!!」

 ガバッ!

 「ぐへっ!」
 100キロ超級の抱擁。押し潰されたカエルみたいな声が出た。

 「ご主人様!」「ユーマさん!」「兄貴ーーッ!!」

 「お……おも……っ……死ぬ……」

 十人の圧がのしかかり、ベッドが悲鳴と断末魔を上げる。視界が白む。

 その時、割って入る声。

 「こらこら! ユーマ君を押し潰さないで。我が団の貴重な人材なんだから」

 筋肉の壁を押し分け、治癒魔術士団室長マルコムが姿を見せた。

 「大丈夫かい? 魔力を使いすぎたね」

 (……そうだ、俺。三回目のエクストラヒールのあと、意識が遠のいて――)

 「……っ、ルギドは?!」
 体の芯がまだ痺れる中、掠れた声で叫びながら飛び起きた。

 「心配ない。君たちのおかげで倒せたよ」

 その一言に、胸の奥の緊張がほどける。
 心臓が、うるさいほど脈打っていた。

 「……そうか。おまえら、本当にありがとう」

 言葉にした瞬間、熱いものが胸の奥から込み上げる。
 チビたちは、その逞しい体に似合わず、照れくさそうに鼻先を掻いたり、耳を伏せたりしている。

 轟獣竜ルギド――あんな“災い”そのもののような竜を、こいつらが倒した。
 不可能を可能にしてみせた、その存在が、ただ誇らしかった。

 「……でも、普段は高地の山奥でひっそり暮らしてるような竜が、どうしてわざわざこんな麓まで降りてきて、王都を襲うような真似をしたんだろ……?」
 ふと胸に浮かんだ疑問を口にすると、マルコム室長は眼鏡を押し上げ、静かに答えた。

 「それについては、まだ上で協議中だよ。他国の陰謀説なんてものも密かに囁かれてはいるが、証拠は上がっていない。……まあ、ルギドも生き物だからね。それこそ、本人にでも聞かなきゃ分からないんじゃないかな」
 「そうなんですね……」

 「ご主人様。難しい話はあとにして、今はゆっくり休んでください」
 アヴィがそっと俺の手を握り、やわらかく笑う。見渡せば、他の皆も頷いていた。
 その顔には、戦い抜いた疲労と――生き残った者だけが持つ、静かな安堵が浮かんでいる。
 
 だが――その輪の中に、ひとりだけ、見慣れた銀の影が見当たらなかった。

 「……そういえば、ガウルは?」
 尋ねると、アヴィが落ち着いた声で答える。
 「国王と謁見中です」

 グローデン国王と……?

 ルギド討伐――獣人たちを統率し、勝利へ導いたその功績。
 正当に評価されるべき瞬間が、いま訪れているのだ。
 胸の奥が、誇らしさと少しの寂しさでじんわり満たされる。
 その時だった。救護室の扉が、静かに音を立てて開く。

 ガチャリ――

 銀の毛並み、鋭い眼光。
 堂々とした足取りで、ガウルが中へ戻ってきた。

 「……ガウル」
 名を呼ぶと、銀の耳がぴくりと揺れた。
 「起きて大丈夫なのか?」
 「ああ……。ありがとう、ガウル。ここまで運んでくれたのも……お前だろ?」

 一瞬、ガウルの視線が揺れる。だが次の瞬間には、つれない声音に戻っていた。

 「……別に。当然の事をしたまでだ」

 そっけない――けど、その尾はわずかに揺れている。
 その小さな誤差を、クーとアヴィが見逃すはずもなく。

 「あ、ガウル照れてるー♡」
 「ほんと素直じゃないですね。さっきまで死にそうな顔で看病していたくせに」
 「……黙れ」

 ガウルが眉をひそめる。
 けれど、灰色の耳の先がほんのり赤く染まっているように見えて、思わず頬が緩みそうになるのを堪えた。

 「ところで、王様からなんか言われたの?」
 俺が尋ねると、ガウルは短く息を吐き、肩をひとつ落とした。
 「……ああ。ひとまず――『よくやった』と伝えろ、だと」
 「え? それだけ?」
 「いや。正式な場はまた後だそうだ。今は王都が慌ただしいからな」
 「そっか……なら、とりあえずは一段落だな」
 「ああ」

 俺が安堵の息を吐いた瞬間、周りの大きな肩たちも、同じようにふうっと力を抜いた。
 張り詰めていたものがようやくほどけて、救護室には、しんとした温かさが満ちる。

 犠牲者がまったく出なかったわけじゃない。
 それでも――もしこいつらがいなかったら、今ごろ王都は跡形もなく焼け落ちていたはずだ。

 崩れた外壁はすぐに修復できる。
 壊れた家も立て直せる。

 けれど、人の命は戻らない。

 地獄みたいな結末を、獣人たちが希望のある未来へと書き換えたのだ。
 そして何より――こいつらが誰一人欠けることなく、生きてここにいること。

 その事実だけで、胸がいっぱいになった。
 ただ、ただ、ありがとうと、心の底から思った。



 ***

 3日後――ルギド襲撃の混乱を乗り越え、アルケイン王立魔法学院の授業はようやく再開された。

 あれから、空っぽだった俺の魔力は、驚くほどの速さで満ちていった。
 理由は分からない。ただ、ガウルとアヴィ、それにクーが、まるで毛繕いグルーミングでもするように、いつも以上にぴったりと距離を詰めてきて――気づけば三人とも、俺に張り付くように離れなかった。

 それは“弱った番”を守る獣の本能なのか。
 けれどその体温に包まれるたび、俺の方こそ救われていた。
 触れる手のぬくもりが、静かに、深く、疲れきった心の底に沁みていった。
 
 「兄さん……ッ!!」
 「リセルーー!!」

 学院の庭を横切り、リセルが駆けてくる。
 白いローブの裾を乱し、息を切らしながら――その勢いのまま、俺の胸へ飛び込んできた。

 「兄さんっ、兄さん、兄さん……!!」

 声が涙に濡れて掠れている。
 前線に出た俺の噂をどこかで聞いたのだろう。
 リセルの顔は汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、子どもの頃のように俺の肩へ顔を押しつけてしゃくり上げていた。

 「リセル……お前が無事でよかった」

 震える背中を抱き寄せ、髪をそっと撫でる。
 リセルはハッと顔を上げ、俺の肩や胸に手を這わせるようにして確かめた。

 「兄さんは!? どこも怪我してないですか!?」
 「はは、大丈夫だよ。あの日はちょうど処置室のバイトでさ。……ヒールを使いすぎて、一瞬ぶっ倒れただけだ」
 「えっ!? そんなの全然大丈夫じゃないじゃないですか!」
 「ほんとに平気だ。今はもうピンピンしてる」

 そう言って笑うと、リセルはようやく息を吐いた。
 「リセルは? ずっと寮にいたのか?」
 「……いえ。警鐘が鳴って、すぐに教師の指示で――寮生全員、講堂の防御結界の中に避難してたんです」
 「そうか。そっちまで被害が出なくてよかった」
 リセルは小さく頷き、涙と鼻水を拭いながら尋ねる。
 「やっぱり……ルギドを倒したのは、ガウルさんたちなんですね?」
 「ああ。あいつらだけの功績じゃないけど、一番頑張ってくれたのは間違いないな」

 言葉にすると、胸の奥がじんわり熱くなった。
 あの瞬間――命を懸けて支え合った仲間たちの姿が、鮮やかに蘇る。

 その時――。
 学院の門前に、眩い金装飾を施した王室専用の馬車が音もなく横付けされた。
 扉が勢いよく開き、陽光の中から金髪をなびかせながら飛び降りてきたのは――ミシェル王子だった。

 「ユーマさんッ!」
 勢いそのまま、王子は芝を蹴って駆け寄ってくる。
 「貴方がたの活躍を耳にしました! あのルギドを討伐したとか! 本当に見事です!」

 「い、いえ……俺はほんの後方支援で――」
 言いかけた途端、王子は胸に拳を当て、苦悶の表情を浮かべた。

 「本当は僕も竜退治に参じたかったんですが! でも……ジョバンニに死に物狂いで止められてしまって……っ!」
 (いや、そりゃそうだろ……!? 王族が最前線出たら国が泣くわ!)

 「……殿下をお止めできたこと、褒めていただけますか……」
 背後で、満身創痍のジョバンニ氏が魂の抜けたような目で呟き、腰をさすっていた。

 俺は苦笑しながら頭をかいた。
 どうやら学院の平穏が戻るには――もう少し時間がかかりそうだった。
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