【完結】ヒールで救った獣人ショタがマッチョに進化!? 癒しが招く筋肉のカタチ

たもゆ

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番外編

赤髪の聖女④

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 客室の重厚な扉がカタンと閉まり、アヴィと二人きりになった。
 限界だった。
 俺はそのまま、糸の切れた操り人形のようにベッドに倒れ込み、深いため息を漏らした。

 「いってぇ……少し歩いただけなのに靴擦れなってら。どーりで痛いと思った……てか、屈むのもしんど……それに、これ全然脱げねぇ!」

 聖女服は腹筋の自由を奪うほどぴっちりで、長旅で浮腫んだ足はヒールにみっちりハマり、まるで鉄の拘束具だ。

 「ご主人様、無理に外すと傷が広がります。僕が――」
 アヴィがすぐに片膝をつき、俺の足元へと静かに跪く。
 忠誠を誓う騎士のような所作。
 足の匂いや汚れなど気にも留めない、そのまっすぐな瞳が少しだけ胸に刺さる。

 「……悪いな」
 俺がそう漏らすと、アヴィは小さく首を振り、「お気になさらず」と柔らかく微笑んだ。

 両手でそっと踵を包み込み、触れているかどうか分からないほどの微細な力で、わずかにひねりながら引き抜く。

 ――プシュ。

 踵が外れた瞬間、熱が逃げ、血が巡り、痺れるような快楽が脳天まで突き抜けた。

 「あ~……苦痛から解放される~……」

 アヴィは脱がせたヒールを丁寧に並べると、赤く擦れて血が滲んだ俺の足首をそっと指先でなぞる。
 その触れ方は、壊れ物に触れるように慎重で――優しい。

 「……ひどい傷です、ご主人様」
 「ほんとだ、水ぶくれが破けてら。ヒールでもしとくか……」
 「待ってください」
 「あ……?」

 アヴィは俺の足を、壊れ物を拾い上げるようにそっと掬い上げると、傷口を覗き込み――フッと、微かに息を吹きかけた。

 熱い吐息が、擦り切れた靴擦れに触れる。

 (ま、待て……その流れは絶対やべぇやつだろ……! やめろ、やめろ、やめろ……!!)

 脳内警報が最大音量で鳴り響く。

 だがアヴィは静かに顔を伏せ、そのまま傷口へ唇を寄せ――

 「舐めるなッ!!」

 反射的に叫んだ俺の声は、沈黙の聖女設定を木っ端微塵にしたが、アヴィは微動だにしなかった。

 次の瞬間、舌先が傷口をそっと掠める。

 ピリピリとした痛みを、溶かすように。
 まるで“聖女”よりも神聖に扱うように、丁寧に、ひたむきに舐め上げる。

 「な、なにやってんだよ!!」

 思わず叫ぶと、アヴィの長い睫毛が揺れた。

 「……治療される前に、ご主人様の血の味を味わっておこうと思いまして」
 「こえーよ!! お前は大蝙蝠キロプテラか!! 無類の足フェチかと思ったわ!!」

 その瞬間、アヴィの動きがぴたりと止まった。
 握ったままの俺の足首に力がこもる。
 ゆっくりと顔を上げると、真面目な顔のまま――ぞくりとするほど妖艶に微笑んだ。

 「惜しいです」
 「……は?」
 「僕は、ご主人様の“手”がいちばん好きなんです」

 言いながら、アヴィはそっと俺の足から手を離し、ベッドに置いていた俺の手をすくい上げた。
 まるで祈り子が聖遺物に触れるように、両手で包み込み――頬を寄せた。

 手の甲に落ちる吐息が、異様に熱い。

 「この手が、僕の頭を撫でてくれるのが好きです。この手が、僕を叱ってくれるのも好きです。……この手が、僕の傷に触れてくれる時が――いちばん、幸せなんです」

 そして、親指の付け根にゆっくりと口づけを落とす。
 その唇があまりにも熱くて、優しくて、
 足を舐められた羞恥も痛みも一瞬で上書きされていった。

 (足フェチじゃなくて手フェチだったのかよ!! どっちにしろ変態だろ……ッ!!)

 けれどアヴィの愛は、歪んでいて、純粋で、
 あまりにも真剣すぎて――反論する言葉が喉で溶けた。
 彼は俺の手にまだ口づけを残したまま、ふっと目線を上へ滑らせた。

 「……ご主人様。お疲れでしょう。息が苦しいのも、歩きづらいのも……全部、そのコルセットのせいです」

 「そりゃ分かってるけど……まだ脱ぐわけにはいかないしな……」

 ちょっと動くだけで肋骨が悲鳴を上げる。
 でも、宮殿の侍従さんたちが、いつ部屋に出入りするか分からないし、まだ変装を解くわけにはいかなかった。

 「ご主人様。僕が少しだけ……紐を緩めて差し上げましょうか?」
 「え? できんの?」
 「もちろんです。手先は器用ですから」

 (器用なのは知ってるけど……なんか嫌な響きだな!?)

 そう思う間もなく、アヴィは俺の背後に回った。
 ベッドの上で背筋を伸ばすしかなくなるこの姿勢がすでに地獄だ。
 そこへアヴィの両手が、ゆっくりと俺の背中のレース越しに触れた。

 「ッ……!」
 「大丈夫です、触れますよ」

 (いやその言い方が大丈夫じゃねえ……!)

 指先がコルセットの編み紐を辿り、
 きつく締め付けている結び目の位置を確かめるように、ゆっくり、なぞる。
 紐越しでも指の動きが生々しく伝わってきて、思わず肩が震えた。

 「……ここが一番苦しいところですね」

 アヴィの声が低い。
 耳のすぐ後ろで、囁くように落ちてくる。

 「ご主人様。深呼吸してください。ゆっくり……」

 言われるがまま息を吸うと、
 アヴィの指が、編み紐をそっと引いた。
 ぎ……っ、と張っていた紐が少し緩まり――

 肋骨の痛みがふっと和らいだ。

 「あっ……楽……」
 思わず漏れた声に、アヴィの手が一瞬だけ止まる。
 そして――クス、と静かに笑った気配がした。

 「……喘がないでください、ご主人様」
 「あ、喘いでねぇよ!」

 だがアヴィは俺の抗議など最初から眼中にないように、またゆっくりと紐を引き、結び目を解き始めた。

 紐がレースの隙間を擦る音がやけにいやらしい。
 アヴィの指先が、素肌すぐ近くを行き来するたび、
 吐息が漏れそうになるのを必死で堪える。

 「あと少し……緩めますね。息がしやすくなりますから」
 「っ……あ、はぁ……っ、は~……!」
 「ご主人様。興奮するのでやめてください」
 「だから喘いでねぇって……!!」

 (いや、お前絶対わざとだろ!!)

 そして、アヴィの力強い指が、残りの紐を容赦なく一気に引いた。
 ギシ、と革が悲鳴を上げ、胸郭を押し潰していた圧力が――まるで潮が引くように一気に消える。

 「……っ、はー……っ!」

 肺の奥まで空気が流れ込み、久しく忘れていた“呼吸”が自分のものとして戻ってきた。
 肋骨の軋みは霧散し、指先まで熱が巡り、ようやく血が通いはじめる。

 「……これで……ようやく、人間に戻れた……」

 思わず漏れた弱々しい声に、背中へ触れたアヴィの指先がゆっくりと撫で降りる。
 それはまるで、鎖を解いた主人に対する、褒美を待つ獣のようだった。

 (なんで紐緩めるだけでなんでこんなエロいんだよ……)

 アヴィは俺の背にそっと手を添えたまま、落ち着いた声で言う。

 「……ふふ。この役目、ガウルさんとクーさんに取られなくて良かったです」
 「……お前なぁ。あんなにヴェスタリア行くの反対してたくせに、切り替え早すぎだろ」
 「当たり前じゃないですか。移動日も含めて5日間……ご主人様と二人きりなんですよ?」

 言い切る声は、まっすぐ過ぎて。
 そのあまりの純度に、思わず呆れた笑いが漏れそうになる。

 「そういうもんなのか……?」
 「はい。僕、こう見えて意外と単純なんです」

 かけられた言葉は柔らかいはずなのに、
 その声音は、甘く、温かく、そして――ひどく独占的だった。
 逃がす気なんてこれっぽっちもないと告げるように、
 背に添えられた腕は、俺をその胸のうちへ閉じ込めていた。

 琥珀の瞳が、細められて弧を描く。
 コルセットから解放されたばかりの身体が、
 今度は別の何かで締め付けられていく。
 ――捕らわれた、と意識した、その瞬間。

 コン、コン。

 重厚な扉を叩く音が、空気を断ち切った。
 アヴィは即座に身を離し、
 兎獣人クニクルス特有の鋭い聴覚で音の主を探る。

 「ご主人様、お急ぎを。宮殿の従事者の気配です」

 背筋が跳ね上がる。
 俺は慌てて聖女服の上着を羽織り直し、コルセットは締め直す余裕もないまま、“沈黙の聖女ユーリア”の仮面を無理やり貼り付けた。
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