【完結】ヒールで救った獣人ショタがマッチョに進化!? 癒しが招く筋肉のカタチ

たもゆ

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番外編

仔竜の贈り物⑬

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 ガウルも戻ってきた。
 ついでに仔竜も――なぜか――戻ってきた。
 俺の平穏も、まあ概ね、戻りつつある……はずだった。

 そんな、ある日の放課後。

 「おい! 正門前にマッチョな獣人が三人で仁王立ちしてるらしいぞ!」

 その叫びが耳に飛び込んできた瞬間、鞄にしまおうとしていた魔導書を持つ手が、ピタリと止まる。

 (……ああ、はい。なるほど)

 嫌な予感だとか、推測だとか、そんな段階は一瞬で吹き飛んだ。
 この平和な魔法学院の正門において、「マッチョ」「獣人」「三人」「仁王立ち」この四語が同時に成立するケースなど、天地がひっくり返っても一通りしかない。

 (……ガウルと、クーと……あとアヴィだな)

 脳裏に浮かぶ、愛すべき――そして重すぎる同居人たちの顔。

 「守衛もビビって近づけないらしいぞ」 「おい誰か、声かけてみろよ」「えー、やだよ、怖いもん。お前がやれよ」

 教室がざわめく中、俺は虚無の表情で、静かに魔導書を閉じた。

 (……あいつら、絶対に俺を迎えに来ただけだ)

 だが、他人の目にはそれは「迎え」ではなく、どう見ても「包囲」か「制圧」である。

 しかも、わざわざ三人そろって。過保護にも、ほどがある。

 (……俺の平穏、短かったな……)

 重たい溜息をひとつついて、俺は覚悟を決めるように立ち上がり、そして足早に歩き出した。

 正門の向こう側。
 もし効果音が付くなら、間違いなく「ドドン!!」だ。
 そんな音が聞こえてきそうな威圧感で、ガウルたちは堂々と胸を張って立っていた。

 そして見事なまでに、その周辺だけ人がいない。
 男子生徒は露骨に遠回りし、女子生徒は一定の距離を保ったまま、ひそひそと囁き合いながら遠巻きに眺めている。

 (無駄に顔だけは王族レベルだからな……)

 「あ! ユーーマーー♡ おかえりーー♡」

 俺に気づいたクーが、満面の笑みでぶんぶんと両手を振る。
 その瞬間、周囲の視線が一斉に俺へ突き刺さった。
 やめろ。お願いだからやめてくれ。

 言いたいことは山ほどある。
 だが、まずはこれだ。

 ――俺は、ボウリングの球さながら、真正面から突っ込んだ。

 もちろん、ストライクなんて都合のいい結果にはならない。屈強な三人の壁に跳ね返され、見事にガター一直線である。

 「オイ! お前ら何やってんだよ!!」

 「……見れば分かるだろ」
 腕を組んだまま、ガウルが低く言い放つ。

 「ご主人様を迎えに来ました」
 対照的に、隣から飛んできたのは、どう考えても恋人との待ち合わせみたいな声だった。

 「は? わざわざ三人でか……?」
 「三人揃って来たわけじゃありません」

 アヴィが、涼しい顔で即答する。

 「僕が最初に待っていたところに、ガウルさんとクーさんが後からノコノコやって来ただけです」

 「なんだその偶然! お前ら仲良しか!!」

 俺が突っ込むと、三者三様の反応が返ってきた。

 「……こいつらと一緒にするな」
 ガウルは不機嫌そうに鼻を鳴らし、そっぽを向く。

 「心外ですね。僕を、この野蛮な方々と同列に語らないでいただけますか?」
 アヴィは大袈裟に肩をすくめ、氷のような冷笑を浮かべる。

 だが、クーだけは満面の笑みでトドメを刺した。
 「えへへ、みんな考えてること一緒だね♡」

 ……うん。否定のタイミングまで息ぴったりだな。
​ 「はいはい、分かりましたよ。……ほら、さっさと帰るぞ」

 すれ違う生徒たちの視線が痛い。「あれが噂の……」「猛獣使い……」なんて声が聞こえてくる。一刻も早くこの場を離脱したい。

 (このままだとヒーラーじゃなくて、モンスターテイマーだと誤解される……!)

 俺は苦笑いを浮かべつつ、逃げるように歩き出した。
 当然のように左右と背後を固めて歩き出す三人を横目に、ふと思い出して声をかける。

 「あ、そうだ。悪い、帰る前に一箇所寄っていいか?」
 「ん? どこだ」

 横を歩くガウルが、肩越しに振り返る。

 「まぁ、ちょっとな。来れば分かる」



 ***

 鍛冶屋《ウォルカーヌス》の敷居をまたいだ瞬間、鼻腔を突く煤と鉄の匂いが肺に流れ込んできた。

 「……来たな。“例のもん”、できてるぜ」

 作業場の奥から、低くしゃがれた声が飛んでくる。
 「無理を言ってすみません……」俺がそう言うと、店主は鼻で笑った。

 ​「いいや。こんな機会、めったにねぇからな。こっちも、気合が入りすぎちまったくらいだ」

 そう言いながら、店主は大切そうに抱えていた包みを、慎重にカウンターへと運んだ。
 まず、乾いた金属音を立てて、鈍色の鞘に収まった一本の短剣が滑り出る。
 続いて、その隣にそっと並べられたのは、吸い込まれるような美しい曲線を描く弓だった。
 無駄のない肢体に、硬質な輝きが宿っている。

 頼んだのは、ルギドの鱗で打った短剣と弓だ。
 弓には、グリップ部分と、弦を引っ掛ける上下のリムチップに鱗を使ってもらっている。

 もともとは、ガウルのミディアムソードを打った際、思いのほか鱗が余ったのがきっかけだった。
 それならば――と。
 アヴィとクーにも、何か一つずつ作ってやれないだろうか。そう考えて親方に相談した結果が、この組み合わせである。

 本当は、短剣を二本そろえてやりたかった。
 だが、そうすると今度は弓を諦めなければならない。
 悩みに悩んだ末の、苦肉の選択だ。

 ちなみに、代金は分割払い。
 ガウルの剣を作った時点で貯金がほぼ底を突いていた身としては、正直かなりありがたかった。

 「この前、ガウルの剣を作っただろ? そのあと……実は、こっそり別注で作ってたんだ」

 実のところ、ガウルと剣を交換してからというもの、クーは何ひとつ変わらず、いつも通りの天真爛漫な笑顔で場を和ませていた。
 ――けれど、問題はアヴィだった。

 彼は俺に対しては平静を装い、むしろ以前よりも丁寧な態度を取るようになった。
 ……けれど、ふとした瞬間に見せる、どこか捨てられた仔犬のような、陰のある視線を俺は見逃さなかった。

 その表情の変化を横目にするたび、俺の中に、説明のつかない罪悪感が芽生えては、抜けない棘のように、胸の奥に残り続けていた。

 俺は三人に、優劣をつけているつもりは一切ない。
 だが、俺の何気ないプレゼント一つで、誰が一番だの、誰が特別だのと勝手に順位をつけられ、一人で勝手に落ち込まれるのは――正直、精神的にくるものがある。

 「ほら、これはアヴィの分な」

 俺が受け取った短剣を、そのままアヴィの方へ差し出すと、彼は弾かれたように俺の顔を見て、それから吸い寄せられるように短剣を手に取った。

​ アヴィはゆっくりと、その中身を確かめるように鞘を抜く。

 「……ルギドの、短剣……?」
 「ああ。ガウルの剣を作った時に出た……余った鱗でな。本当は一対にしたかったんだけど、素材が足りなくてさ。だから――お前の双剣の片方と、入れ替えて使えないかと思って」

 一瞬の沈黙。

 (……しまった。“余った”は余計な一言だったか……?)

 胸に小さな不安が芽生えた、その直後。
 今まで一度も聞いたことのない、冷たく、それでいて妙に熱を帯びた声で呟く。

 「……ガウルさんの、残り物……」
 「あ、いや! 性能は本当にいいんだぞ!? そこは保証するし……!」
 「いいえ」

 アヴィは、俺の言葉を静かに遮った。

 顔を上げたその瞳は、暗い炎を宿したように揺れ、まっすぐ俺を射抜いてくる。

 「いただきます。……いえ、これを使わせてください」

 そう言って彼は、腰に差していた愛用の双剣の一本を鞘ごと外し、迷いなく俺に差し出した。

 「え? アヴィ?」
 「ご主人様。このミスリルの短剣は、貴方が持っていてください」
 「……は? 俺が?」
 「はい」

 アヴィは、ゆっくりと、妖艶に微笑んだ。

 「ガウルさんのミディアムソードより、僕の短剣の方が軽いですし。護身用には、こちらの方が最適でしょう? 僕の分身だと思って、肌身離さず持っていてくださいね」

 最後の言葉と同時に、アヴィの視線が、ちらりとガウルへ向けられる。

 ガウルは何事もなかったかのように腕を組み、沈黙を貫いていた。
 引きつった笑みを浮かべる俺の横で、クーが、おずおずと声を上げる。

 「ユーマ、ありがとう♡ オレの弓まで、作ってくれてたんだ♡」

 クーは弓を胸に抱きしめ、宝物を見るように目を輝かせている。

 「さすがに弓は予備で取っとけよ。俺、弓なんて使ったこともねぇし」

 肩をすくめてそう言うと、クーは一瞬きょとんと目を瞬かせ――
 次の瞬間、不満そうに頬をぷくっと膨らませた。

 「えー! オレもユーマにあげたかったのにぃー!」 
 「いや、だから貰っても困るっての……」
 「じゃあさ♡」

 クーは弓を抱えたまま、ぐいっと距離を詰めてくる。

 「今度、オレが手取り足取り遣い方教えてあげるよ♡ 二人きりで♡」

 ――その瞬間だった。

 「ダメですよ、クーさん」氷の刃のように、アヴィの声が割り込む。
 「貴方はまだ、ご主人様との外出禁止令が解除されていませんから」
 「ええー!!」

 クーが悲鳴めいた声を上げる。

 「オレ、いつまでユーマとデート禁止なのぉ!!」

 騒がしさが最高潮に達した、その時。

 「……あんたら悪いけど」

 作業場の奥から、心底うんざりした声が飛んできた。

 「デカいし、うるせぇし、気が散る。用が済んだら、とっとと出てってくれねぇかな」

 店主の一言に、場の空気がピタリと止まる。

 「……はい! すみません!! すぐ出ます!! ありがとうございました……ッ!!」

 俺は内心で五体投地しながら、態度と図体と声がデカい三人をまとめて店から引きずり出した。

 「……怒られちゃったね♡」
 「ったく、お前らが騒ぐからだろ!」

 店を出て、夕暮れの街を歩きながら――つくづく思う。

 全員、性格も考え方も、愛し方さえもてんでバラバラだ。
 圧倒的な力で外敵をねじ伏せようとする奴。
 甘い言葉と狡猾な執着で逃げ道を塞ごうとする奴。
 無邪気な笑顔でいつの間にかパーソナルスペースを侵略してくる奴。

 どれが正解で、どれが間違いなんて、たぶん最初から存在しない。

 それでも。この三人が同じ歩幅で俺の隣を歩き、同じ熱量で俺の名前を呼ぶ。

 ただそれだけで、胸の奥のざわつきが妙に収まってしまう自分がいる。……それが、正直一番厄介で、一番タチが悪い。

 ふとした視線を感じて顔を上げると、案の定、三人の目がこちらを捉えていた。
 氷のような執着、獣の独占欲、そして底知れない親愛。それぞれ違う温度の眼差しが、逃げ場のない檻みたいに俺を囲む。

 俺は深く息を吐いて、自嘲気味に苦笑した。

 (……まあ、今さら、逃げる気も起きないけどさ)

 完済の目処が立たない武器のローンと、分割不可能な濃密すぎる関係。
 ――今日も俺は、この非日常という名の日常を、騒がしく生きていく。




 【完】




 ***

~あとがき~

ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。

本編では描ききれなかった日常を、番外編という形で綴らせていただきましたが、気づけば想像以上の長さになってしまいました。
それでも最後までお付き合いくださった貴方は

_人人人人人人_
> 神か!! <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄


またいつか、どこかで拾っていただけましたら幸いです。
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感想 2

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みんなの感想(2件)

ぺたる
2025.07.24 ぺたる

わぁぁガウル〜
甘くて強引でドキドキした〜
不器用で他の子達よりアピール下手だったけど君のことずっと応援してたよ、ユーマがちゃんと受け止めてくれてよかったね!
アヴィは思ったよりヤンデレだし、クーは裏表のない天然素直で、三者三様素敵に仕上がってますね。
この先も楽しみです〜、執筆応援してます!

2025.07.25 たもゆ

ぺたる様、感想ありがとうございます……!

ガウルの不器用な愛情にドキドキしてもらえて、とっても嬉しいです✨
……きっとガウル本人が聞いたら、ぺたる様の家の玄関前に「ドレイクの逆鱗」をそっと奉納することと思います……🙏

アヴィは実はショタ時代からクーのことさえ、内心ちょっと「邪魔だな」と思ってる腹黒兎でしたw
ユーマの魔法でもアヴィの腹黒さまでは治せなかったようなので、あれが地の性格なのでしょうね😂
クーの素直な一途さも含めて、三者三様の物語を楽しんでいただければ幸いです✨

あたたかい応援、本当に励みになります。
ありがとうございました🙏

解除
ぺたる
2025.07.15 ぺたる

寝返り打てないのは首肩腰にダメージ大きいのでヒール使えてほんとによかった〜
その手紙ちょっと…と思っていたら見事に勘違いされましたねw
両親とは似てもにつかぬ奇跡のような仲良し兄弟、弟君の頑張りに期待!です!

2025.07.15 たもゆ

わああ……!感想ありがとうございます!!

オ◯ナインヒール、地味に万能すぎて、さらに今後は別の意味でも必須になりそうですよね、ふふ……。

ユーマは少しアホの申し子なので、たぶんなにも考えずにチラシの裏感覚で送ったのでしょうねw
兄想いの弟くんの切実な奮闘が、今後どう転ぶのか……生ぬるく見守っていただけたら嬉しいです✨

解除

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