【完結】ヒールで救った獣人ショタがマッチョに進化!? 癒しが招く筋肉のカタチ

たもゆ

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番外編

仔竜の贈り物⑫

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 あれから、どんな顔で朝食を口に運んだのかも、正直よく覚えていない。
 あの一件は、俺の中でそっと闇に葬った。
 ――いや、埋めただけじゃ足りない。コンクリートで固めて、二度と掘り返されないよう、心の底に封印した。
 自分のあられもない喘ぎ声を皆に聞かれておいて、平常心でいろという方が無理な話である。

 俺は、チビたちが見送りに出ようとするより早く、逃げるように家を飛び出し、学院へ向かった。
 朝日が、やけに眩しい。

 (……クソ。寝不足の俺に、この陽射しは刺激が強すぎるぜ)

 街はすでに目覚めていた。
 大通りには、行き交う街人や商人、王城へ向かう馬車が溢れ、朝特有の活気に満ちている。
 俺はその喧騒から目を逸らすように、何度もあくびを噛み殺し、人通りの少ない裏道を、とぼとぼと重い足取りで歩いた。

 やがて、魔法学院の正門が見えてきた――その時だった。

 ――フッ。

 唐突に、世界から色が抜け落ちた。
 地面が、巨大な影に覆われる。

 「……え?」

 思わず顔を上げると、周囲の生徒たちが一様に息を呑み、空を指差している。
 嫌な予感に背筋を冷やしながら、俺もつられて視線を上げた、その瞬間――

 ドォォォォォォォン!!

 「……ッ!!」

 爆風と砂煙が、身体ごと吹き飛ばされそうな勢いで叩きつけてきた。
 咄嗟に腕で顔を庇い、衝撃に耐える。地面が大きく揺れ、あちこちから悲鳴が上がる。

 やがて、砂煙の向こうに現れた“それ”を目にして、俺は言葉を失った。

 「クルルゥーーッ!!」

 甘えるようでいて、鼓膜を震わせる重低音の咆哮。

 「……ッ!! ル、ルギちゃん!?!?」

 ついこの前、生息地である山岳地帯へ還したはずの仔竜(?)が、なぜか今、学院の正門前に堂々と鎮座していた。

 ――しかも。

 「……お、お前……なんか、デカくなってないか!?」

 一回り……いや、二回りは確実に巨大化している。
 かつての愛らしさは影を潜め、今やその体躯は完全に「災害指定」レベル。

 「なんで戻ってきちゃったんだよぉ!?」

 俺が問いかけると、仔竜は嬉しそうに「クルルッ!」と喉を鳴らし、巨大な顔をぐいっと寄せてきた。
 ざらりとした鼻先が、俺の頬に触れる。

 (人懐っこさは変わってない……けど、圧がすごい!!)

 そう思った、まさにその時だった。

 仔竜は何かを確かめるように、俺の周囲を「フン、フン」と鼻を鳴らして嗅ぎ回る。
 次の瞬間――

 「……へ?」

 巨大な顎が、がばりと開いた。

 俺が状況を理解するより早く。

 ガブッ。

 「――ッ!?」

 仔竜は、俺のローブのフード部分を――まるで親猫が仔猫を咥えるみたいに、実に器用に、がっちりと咥え込んだ。

 次の瞬間。

 凄まじい風圧とともに、足裏から地面の感触が消えた。

 バサァァァァァッ!!

 「~~~~~ッ!?!?!?」

 強靭な翼が一度羽ばたいただけで、俺の身体はあっさりと宙へ放り出される。
 首が締まる! ローブが食い込む! そして何より――

 高い!!

 「ぎゃあああ!! おち、落ちる!! 放せ!! いや放すな!!」

 完全にパニックになり、手足をばたつかせながら絶叫する俺。その視界の端で、地上が一気に遠ざかっていくのが見えた。
 学院の正門前は、当然のように阿鼻叫喚だ。

 「せ、先生ぇぇ!! クロード君が!! クロード君が飛竜に食べられましたぁぁぁ!!」

 (いや、食われてねぇ!! たぶん、どっかにお持ち帰りされてるだけだ!!)

 訂正したい。全力で訂正したい。
 だが、口を開いた瞬間に風が喉へ突っ込んできて、声は悲鳴にすらならなかった。

 (誰か……!! 誰か助けてくれぇぇぇぇぇ~~~~!!)

 俺の魂の叫びは、虚しく朝の空に吸い込まれていく。
 眼下で豆粒のように小さくなっていく魔法学院を見下ろしながら、

 俺は爽やかな青空の下、堂々とドナドナされていくのだった。


 そして――

 辿り着いた先は、かつて仔竜が飼われていた王城の中庭だった。

 俺を地面に降ろすと、仔竜はここが自分のねぐらだと言わんばかりに、どっしりと腰を落ち着ける。巨大な身体が石畳に収まる様は、まるで元からそこに据えられていた彫像のようだった。

 対する俺はというと、半ば魂を置き去りにしたまま、その場にへたり込むしかない。
 髪はぐしゃぐしゃ、ローブはよれよれ。体感としては、ジェットコースターを休憩なしで十回連続で乗せられた直後――いや、それ以上だ。

 (……い、生きてるよな、俺……)

 胃の奥がふわふわと浮いたまま、現実感だけが綺麗さっぱり抜け落ちていた。

 へたり込んだまま、しばらく指一本動かせずにいると、遠くからガチャガチャと鎧がぶつかり合う金属音と、軍靴が石畳を叩く慌ただしい足音が響いてきた。
 恐る恐る顔を上げる。

 顔面蒼白の兵士たちが、いつの間にか半円を描くようにこちらを取り囲んでいた。槍を構える手は震え、額には脂汗が滲んでいる。
 だが――その視線は、一様に俺を素通りしていた。

 全員が見ているのは、俺の背後。

 美しく整備された王城の中庭、そのど真ん中に、我が物顔でどっしりと腰を据える、巨大な仔竜の姿。

 (……だよな。そりゃ、そうなるよな……)

 ついさっきまで山奥にいたはずの「災害クラスの猛獣」が、何の前触れもなく王城の中庭に着陸していれば――こうなるのも無理はない。

 「き、君! 治癒魔術士団のユーマ君じゃないか!」

 兵士の一人が俺に気づき、裏返った声を上げた。それを合図に、周囲の兵士たちが一斉にざわめき出す。よく見れば、処置室のバイトで顔を合わせる、見慣れた面々だった。

 「ユーマ君……これは一体、どういうことなんだ……?」

 困惑と怯えがないまぜになった視線が、俺と、その背後を行き来する。

 (それはむしろ、俺のほうが知りたい)

 俺は乾いた息をひとつ吐き、どうにか笑顔を作った。

 「はあ……いや、その……。俺、さっきまで魔法学院にいたはずなんですけど。気づいたら、こいつにお持ち帰りされてまして……あはは」

 自分でも分かるほど、笑い声は引きつっていた。

 ――と、その場の空気をまるごと粉砕するような、場違いにもほどがある能天気な声が、中庭に響き渡る。

 「ルギちゃ~~ん! 俺っちに会いたくて戻ってきてくれたのか~~い!!」

 兵士たちの列を割るように、一人の男が満面の笑みで駆け寄ってくる。

 「ロ、ロイドさん……!」

 ざわめく兵士たちなど目に入っていないかのように、ロイドさんは迷いなく仔竜に抱きついた。そして、岩のように硬く、ざらついた頬に、自分の顔をぐりぐりと擦り寄せる。

 「よ~しよしよしよし、寂しかったんだねぇ~~!」

 (前世の記憶にある、動物を愛しすぎた北海道に王国がある伝説の老紳士か……!?)

 次の瞬間。

 仔竜が、無数のギザギザの歯を覗かせた大きな顎をガバリと開け――
 バクリ、とロイドさんの頭を丸ごと咥え込んだ。

 「うわっ!? ロ、ロイドさぁぁぁん!?」

 首から上が完全に消失した光景に、思わず悲鳴が漏れる。
 だが次の瞬間、竜の口の中から、妙に落ち着いた声が響いた。

 「うん、大丈夫大丈夫。これ、いつものルギちゃんの甘噛みだから」

 「いや血! 首元から血がダラダラ流れてますけど!? 本当に甘噛みで合ってます!?」

 俺の絶叫とは裏腹に、ロイドさんはどこ吹く風だ。

 兵士たちはさらに顔色を失い、武器を下ろすことも構えることもできず、ただ立ち尽くしている。
 その視線はもはや「竜が怖い」というより――
 「こいつ(ロイド)に関わりたくない」と、はっきり語っていた。

 (……この人、相変わらず頭のネジが全部飛んでるな……)

 そして、そんな人間たちの混乱などお構いなしに。
 仔竜は口の中に「お気に入りのおもちゃ」を含んだまま、満足そうにゴロゴロと喉を鳴らすのだった。



 ***

 結局、何度山に還してもブーメランのように戻ってくるだろう――という結論に至り、グローデン国王の豪胆な(あるいは若干投げやりな)判断によって、ルギちゃんはそのまま王城の中庭に住まうことになった。

 当然、城内からは悲鳴に近い反発が上がり、王都の住民たちからも不安の声が噴出した。
 「怖い」「人を襲うのでは?」「仲間を呼ばれたらどうする?」
 ――どれも、ごくまっとうで、否定しようのない意見である。

 だが、意外なことに暴動やデモは起きなかった。
 それどころか、

 「仔竜が来てから王都周辺の危険な魔物が激減した」
 「街道で盗賊に襲われそうになった商人が助けられた(※ルギちゃんが通りがかっただけらしい)」

 といった目撃情報が次々と報告され、いつの間にか仔竜は、「王都の守護竜(兼マスコット)」という、なんとも曖昧でありがたい立ち位置に収まりつつあった。

 一応、念のためということで、冒険者ギルドには国から正式に「ルギドの仔竜(愛称ルギちゃん)・討伐禁止令」なる御触れが出されたのだが……。

 この件に関して、俺は別の意味で安心していた。

 (そもそも、ルギドを討伐できるイカれた戦力なんて、ガウルたち以外に存在しないんだよな……)

 禁止されようがされまいが、物理的に「倒せない」のだから、心配のしようがない。
 そう考えると――。

 この国で、今いちばん安全な立場にいる存在は。
 他でもない、あの中庭で昼寝している仔竜なのかもしれなかった。
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