【完結】ヒールで救った獣人ショタがマッチョに進化!? 癒しが招く筋肉のカタチ

たもゆ

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ヒールしか使えない無能と言われて家を追い出されました

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俺の名前は朝倉悠真あさくらゆうま
趣味は読書と育成ゲーム。あと、ショタ――もとい、可愛い子供キャラを愛でることだった。

もちろん、「YESショタ!NOタッチ!」が俺の鉄の掟。尊さで床を転げ回ろうとも、理性の蓋は固く締める。

ついでにもうひとつ、囲碁もちょっとかじってた。
小学生の頃、漫画で流行ってて、「なんかかっこいい!」って勢いで始めたやつだ。
プロどころか対局相手もいないから、ひとりでAIと打ったり、詰碁解いたり、まぁ完全に自己満足の世界。
でも、白と黒の石が並ぶ盤面を見てると、不思議と心が落ち着いた。
局面全体を見て、次の一手を考える――そんな感覚が、なんとなく好きだった。

そんな俺の隣の部屋から、最近、たびたび物音や子どもの泣き声が聞こえてくるようになった。

最初は、気のせいだと思った。
でも、日に日に頻度は増えていき――それでも俺は、声をかけることができなかった。

怖かったのだ。
変に干渉して、トラブルに巻き込まれるのが。

「きっと、誰かが通報してるはずだ」
「俺なんかが口を出したら、もっと悪くなる」
……そんな言い訳で、自分を納得させた。

一度だけ、児童相談所の番号――“189(いちはやく)”を検索した。
でも、結局、通話ボタンを押すことはなかった。

その画面を閉じたとき、もう一度だけ、子どもの泣き声が聞こえた気がした。
それが、最後だった。

──数日後。

夕方、サイレンが近づいてくる。
パトカーの赤色灯が、建物の壁に反射してちらつく。

インターホン越しの、制服姿の警官が告げた。

「お住まいの隣室で、事件がありまして……
……男児の遺体が発見されました。
……子どもが、一人、息絶えていたんです」

その瞬間、
頭の奥で何かが砕ける音がした。

胸の奥に沈んでいた「もしも」が、いくつも浮かび上がる。
あの時、声をかけていれば。
電話を、していれば。

“あの子は、まだ生きていたかもしれないのに”


──そんな後悔を抱えたまま、菓子メーカーの大きな製造工場で、俺は45歳まで独りで細々と生きてきた。
その冬の晩も、変わらない一日だった。風呂から上がり、さあ寝るかと、いつもの万年布団へ足を向けた――その瞬間だった。

脳の内側で爆弾が弾けたような激痛が走る。
膝が砕け、俺はそのまま布団にうつ伏せに倒れ込んだ。視界は白と黒を高速で点滅し、吐き気が波のように押し寄せ、反射的な嘔吐が続く。

(……なんだ……これ……)

枕元のスマホが、揺れる視界の端にぼんやりと映る。
『救急車』。押さなきゃ。呼ばなきゃ。
頭では分かっているのに、指は痙攣するように震えるだけで、ひとつも動いてくれなかった。

──ああ、俺は、このまま独りで死ぬのか。

身体の芯が急速に冷えていく。
孤独な死の予感の中、ふいに脳裏に浮かんだのは、隣の部屋から聞こえていた、あの幼い泣き声だった。

知らないふりをした。
聞こえないふりをした。
それでもずっと、胸の奥に刺さって抜けなかった泣き声。助けられなかった子ども。

もしかして、あの子も――
今の俺と同じように、寒くて、怖くて、たった一人で……誰にも気づかれずに死んでいったのだろうか。

もし、もう一度やり直せるのなら。
今度こそ、あの子の手を取ってやりたい。

──この、誰にも看取られない俺の“最期”が、誰かの“始まり”になってくれたら。

せめて、そんな風に願っても、いいだろうか。


朝倉悠真。享年45歳。
死因:ヒートショックによるクモ膜下出血。




***

次に目を覚ました時、俺は見知らぬ世界にいた。
王政国家――アルケイン王国。

そこは、剣と魔法が息づく異世界ファンタジーそのものだった。
ただ、俺が知っている“異世界ファンタジー”とは少し違う。
この世界には魔物やドラゴンが存在するが、彼らは魔族ではなく、自然の一部として独自の生態系を築く“生き物”だったのだ。

そしてなんと、この異世界で俺は、前世と同じ名前――【ユーマ】として生まれ変わっていたのだ。
偶然すぎて、自分でも信じられない。だが、紛れもなく、俺はここにいる。

しかも、魔法貴族の名家に転生したって知ったときは、正直、勝ち確だと思った。

チート人生きたわコレ!って、天井仰いで小躍りしたくらいだ。
だって、貴族だよ?魔法だよ?
『俺ツエー』の材料、全部そろってるじゃん?

……そう思っていた俺を、今すぐ階段から突き落としたい。

現実は、涙が出るほど悲惨だった。

貴族とは名ばかりの――超貧乏一家。
先祖が残した領地は王都から遠く離れ、屋敷は常に雨漏り寸前。
使用人を雇う余裕なんて夢物語で、父も母も生活費を稼ぐために魔法省へ出勤。
そのため、掃除・炊事・洗濯は、魔法貴族(笑)である俺が全部担当。


そして極めつけは、俺が使える魔法が、【ヒール】のみだってこと。
しかも、「ちょっとしたキズや手荒れに♡」って書いてあるタイプの地味~なやつ。

……いやこれ、某“ぬれば治る”系の薬でよくない?
効果もそっちが上かもしれん。

そのうえ、三歳年下の弟――リセルは、火と風の魔法の才に恵まれ、親からの期待も賞賛も、気づけば全部あいつへ流れていった。

(なんだよ、それってズルくないか……)

そんな拗ねた気持ちが胸のどこかに残っていたはずなのに――それでも、リセルのことはずっと可愛いと思っていた。

あいつは、俺とは違って魔法の才能がある。三歳にして火花を散らし、四歳で火球を浮かせ、五歳には父さんと模擬戦をして勝った。

なのに、それでも俺の後ろをついて回って、「兄さんみたいになりたい」なんて笑うから、参ってしまう。

──いや、ほんと、可愛いんだよ。顔も性格も、全部。

くりっとした目に、いつも眠たげな口元。俺の袖をきゅっと掴んで離さない癖も、小動物みたいな声で「ねぇあのね」って話しかけてくるのも、全部。

前世の俺は「YESショタ!NOタッチ!」を貫いた信仰者だったが、こっちの世界でもそのスタンスは変わらない。

愛でるだけ。触れない。ただ、ちっちゃくて可愛い存在を尊ぶのみ。

でも──俺の中に、ちょっとだけ寂しい気持ちがあったのも確かだ。
あいつは才能がある。家族に愛されている。
つまり、俺と違って、ちゃんとここに“居場所”があった。

次第に冷たくなっていく親の態度に耐えきれなくて、俺はよく森に逃げていた。

魔獣が出るから行くなって、何度も言われたけど、だからってなんだっていうんだ。
ヒールしか使えない俺に、未来なんてあるのか?

今日も同じ。
森の中、木漏れ日の揺れる道を、ただなんとなく歩いていた。

そしたら――ふと、うめき声が聞こえた。風と一緒に、微かに。

気になって、音のする方へ近づいた。
草をかき分けた先で、俺はその姿を見つけた。

黒灰色の耳。しなやかな尾。人に近いけれど、明らかに違う。

小さな身体の足首に、古びたトラバサミが食い込んでいて、赤い血が滲んでる。

(獣人……本当にいたんだ)

ずっと本でしか見たことのない存在。初めて見たこの世界の本物の獣人に、俺は興奮した。でもその子は、俺の気配に気づいた途端、ビクッと肩を震わせて、逃げようとした。

「ま、待って! 大丈夫、酷いことなんてしない!」

罠が食い込んでる足を引きずって、必死に後ずさるその様子に、俺はとっさに声をかけた。
言葉が通じるかもわからない。でも、このまま放っておくなんて、絶対できない。

「……ちょっと、足見せて。血、止めなきゃ……」

俺がゆっくり近づくと、彼は怯えながらも、動きを止めた。

この世界の人間たちは、獣人のことをどこか“蛮族”のように見ている。だからきっと、この子も、理不尽な目に遭ってきたんだ。

(それって……なんか、俺と同じじゃないか)

どこにも居場所がないって思ってた。

誰にも期待されないって、孤独に押し潰されそうだった。
そんな俺に、今、助けを求めてる誰かがいる。

「よし、外すぞ。ちょっと痛いかもしれないけど……我慢してくれ」

罠の金具に指先をかけ、慎重に力を込める。
肉を噛み潰したように食い込んだ傷口は赤黒く変色し、見ているだけで胸がざわつくほど痛ましい。

ギリギリと鉄がきしみ、渾身の力でこじ開けたその“ほんのわずか”の隙間から、ようやく彼の足が抜けた。

俺は罠を放り投げ、すぐさま彼の足元に手を添える。

「……ヒール」

小さな呟きとともに魔力が指先から流れ込み、淡い光が傷口をそっと包み込んだ。
その魔法は、やっぱり微かにしか効かない。けど、それでも、少しでも痛みが和らげばいいと思った。

彼は、黙って俺を見ていた。
怯えと、不信と、ほんの少しの希望が混じったような目で。

その時だった。

「兄さーん!」

遠くから、弟の声が聞こえた。
ああ、また迎えに来たんだな。探しに来たんだ。
思わずそっちを振り返って――気づいた。

さっきまでそこにいたはずの、あの獣人の少年が、もういなかった。

残されたのは、錆びついた罠と、土にじわりと沁みこんだ赤い痕跡だけ。

……逃げたんだ。

でも、当たり前だよな。あんなに怯えてたんだ。
人間なんて、信用できるわけがない。

もう一度、あの目を思い出す。

痛みと不信と――ほんの少しの希望。
あんな目で見つめられたのは、生まれて初めてだった。

結局、名前も何も、聞けなかった。

あれ以来、あの森で彼に会うことは、二度となかった。

けれど、この日から、俺の人生は、確かに変わり始めていた。




***

相変わらず、両親の態度はわかりやすかった。

俺が何をどれだけ頑張っても、「凡才」って烙印を押された時点で、もう見限ってたんだろう。

エリートが集まる魔法学院には当然のように通えず、18歳の誕生日、まるで待ってましたと言わんばかりに「そろそろ自立の時期ね」なんて言われた。

……まあ、要するに「家を出ていってくれ」ってことだ。
弟のリセルだけは、少し寂しそうな顔をしてた。

優秀すぎるリセルは、両親の期待を一身に背負って育ってる。
それでも俺を兄として慕ってくれた、数少ない味方だった。

リセルは少し唇を噛みながら、「本当に行っちゃうの?」と別れを惜しんでくれた。

頭を撫でてやった。小さくてあたたかくて、やっぱり可愛い。

……その可愛さに、少し救われたのも事実だった。

でも、両親は違った。
あの日、俺が家を出る時に見せたあの笑顔――
あんなに穏やかな顔、初めて見た気がする。

……ほんと、よかったな。やっと“出来損ない”が出ていってくれて。

今度から掃除、炊事、洗濯は自分たちでやってくれよ。 
俺はもう知らん。リセル、達者でな。
お前の成長をそばで見られないのが、俺の唯一の心残りだ。




***

親から軍資金――いや、手切れ金をいくらかもたされたが、そんなもん、あっという間に底をつく。
とりあえず俺は街の冒険者ギルドへ向かい、冒険者として登録。

登録だけで1000ギニー。……地味に痛い。

今の俺にできるのは、せいぜい難易度Fの雑用か、薬草の採取くらい。
そもそもモンスター討伐の依頼なんて、実力がなきゃ受けることすら許されない。

冒険者ランクでいえば、俺は最下位の“アイアン”。

要するに、俺が憧れてた“勇者っぽい仕事”は、しばらく夢のまた夢ってわけだ。

せっかく夢にまで見た、獣人のいる異世界ファンタジーに転生したっていうのに──
現実は、そんな出会いとはまるで無縁だった。

あの日、あの森で出会ったあの子は、今どうしているんだろう。
まだ、どこかで生きてるんだろうか……。

ぼんやりとそんなことを考えながら、俺はギルドの掲示板を眺めていた。

掲示板に並んだ依頼の中から、アイアンランクの俺でもこなせそうなのは、荷物運びに草むしり、畑の見張り。
どれも似たり寄ったりで、内容も報酬も薄給。ため息は増える一方だ。

……そのときだった。

背後に、気配。
誰かの視線を、確かに感じた。
振り返ると、そこには、フードを深くかぶり、首元の布が口元までせり上がった小柄な影が立っていた。

子ども……?

だが、フードの隙間から覗いた金色の瞳が、鋭くこちらを見据える。

その目に、俺は見覚えがあった。

「……っ、君……あの時の……!」

間違いない。あのとき、森で出会った――あの獣人の子だ。

でも、変わっていなかった。
何年も経ったはずなのに、背丈も雰囲気も、まるで昔のまま。

「え、ちょっと待って。君、あの時の子だよね!?なんで見た目変わってないの??いま何歳なの!?」

驚きと動揺を隠せず、思わずそう口にしていた。
すると、相手はフードの奥で少しだけ眉を動かし――ぼそりと呟いた。

「……18。年は取ってる」

「いやいやいや、嘘だろ!? こちとらヒゲ剃るのが日課になってんのに、君、どう見ても成長期前だぞ!? いつまでショタでいるつもり!?」

「……? それ、俺のせいじゃない」

「じゃ、じゃあこの世界の獣人て、みんな見た目は子供、頭脳は大人的なやつなの!? 名探偵なの……!?!?」

「……あまり騒ぐな。他のやつらが見てる」

低く静かな声に、ハッと我に返る。
まわりの空気が、いつの間にかピリついていた。

ちらちらと視線を投げてくるのは、冒険者ギルドのごつい面々――けど、その目は明らかに、俺ではなく。

「ガウルさんだ……」
「マジかよ、あの“プラチナランカー”の……」
「この街にいるなんて噂だったけど……本人だったのか」

ざわ、っと空気が波打つ。

戸惑っているのは俺だけで、まわりの冒険者たちは、目の前の“少年”を――まるで伝説でも見るような目で見ていた。

「……は?」

言葉が出ない俺をよそに、ガウルは目だけで周囲を睨み、低く唸った。

「面倒になる。外に出るぞ、ユーマ」

(──えっ、なんで名前知ってるの?)

「……なんで俺の名前」

「……調べた」

短く返された言葉に、思考が一瞬止まる。

「え、ちょ、え?」

「……あんたが、あの家から急にいなくなるから。ここにも、匂いを辿ってやってきた」

「どういうことだ……?」

「礼がしたい。香木も、レッドスピネルも、兎も──あんたに気に入ってもらえなかった」

「…………???」

完全に置いてけぼりだ。でも、なんか、重い。真剣な目をしているのに、見た目はちっちゃい。ちぐはぐすぎて、現実味がない。

香木……? 兎……?

俺は記憶の糸を辿った。

そこでふと思い出す。

ある日、俺の家の玄関前に、ふんわりと甘い香りのする木の枝が置かれていたことがあった。

「……なにこれ、ただの棒? あ、でもちょっと良い香り? まいっか」

結局そのまま、庭へポイ。

また別の日には、小さな宝石みたいに透き通った赤い石。

「兄さん、玄関に綺麗な石落ちてたよ! 僕もらって良い?」

「ああ、いいよ」

そして──とどめは。

「うわっ!? な、なにこれ!?」

玄関先に、ぽつんと横たわっていたのは、丁寧に狩られたらしい野ウサギの死骸だった。

「ヒィィ……! 可哀想に……っ」

俺は震えながらも庭の隅に小さなお墓を作り、静かに手を合わせた。

……。

…………。


「あれ全部……お前の仕業だったのか!?」

ガウルは小さく、でも確かに頷いた。

(マジか! 棒は捨てたし、石は弟が持ってったし、兎は埋めちゃったよ!?!?)

心の中で思わず頭を抱える。よりによって全部、スルーどころか供養までしてるとは……!

「……すまん……いや、ありがとう……!いや、ほんとごめん……!」

わけのわからない謝罪と感謝が口から溢れる。

「あんたも冒険者になったんだな。ギルドの依頼受けるのか?」

「え、あ、ああ……。受けたいんだけど、俺じゃFランクの採取くらいしか――」

「手伝ってやる。あの時の礼に」

(……え、Fランクの採取を、プラチナランカー様が手伝ってくれるってこと?)

脳内で一瞬、野草を摘みながら無言で背後からガウルがついてくる図がよぎる。 そ、それはそれで……ちょっと可愛いかもしれない。けど。

ガウルはすたすたとギルドカウンターへ戻ると、掲示板をざっと一瞥し――一枚の依頼書をビリッと引き剥がした。

そのまま、受付のお姉さんに無言で差し出す。

「これ。報酬もいいし。狩った素材も高く売れる」

俺は思わず目を見開いた。

(え、待って、それ……)

掲示板に残された依頼の枠には、でかでかと書かれていた。

――【Sランク依頼:赤眼のドレイク討伐】報酬:150,000ギニー+素材売却分

(いやいやいや!!!)

「ちょっ、ちょっと待って!? これ、なんかの間違いじゃ!?」

「間違ってない。あんた、金いるんだろ。ギルドの登録料でもう痛いって、さっき呟いてた」

「聞いてたのかよ!?」

「聞いてた。全部」

(聞き耳たてられてたのも地味に怖いし、なによりSランクモンスター!?俺即死では!?)





***

翌朝。

装備を整え――といっても、家を出たときに持ってきた数少ない私物に、拾い物のマントを羽織っただけだ――ガウルに指定された集合場所へと向かった。

街外れの石壁の前。

そこには、昨日と変わらぬ出で立ちで、静かに腕を組み、壁に凭れて佇む少年の姿があった。
背筋を伸ばし、風に揺れるフードの影から、冷たい眼差しだけがこちらを見据えている。

一瞬、呼吸を忘れそうになった。

(……クール系ショタ……尊い……ッ!!)

なんだあの立ち姿。まるで神絵師の一枚絵だ。フィギュアで欲しい。保管用と観賞用と布教用で三体くれ。

ふつう、子供ってもうちょっとこう……無防備というか、ふにゃっとしてるものでは!?
中身18歳だからなの?
合法ショタの暴力なの……!?

なにその無駄のないラインと完成された無表情……っ!!

「……お、はよう」

なんとか声をかけると、ガウルはちらりとこちらを見て、ひとつ頷いた。
それだけなのに、俺の胸の奥が、ズキュンと鳴った。

やばい。クール系の破壊力、予想以上に高い……。

「……行くぞ。時間が惜しい」

ガウルは壁から離れると、躊躇なく歩き出す。
その歩幅も、足音も、どこまでも均整が取れていて。

(……待って、マントの裾から尻尾見えてる! しかも先っぽだけ白いの、反則じゃない!?)

思わず内心で叫んでしまう俺をよそに、ガウルは一度も振り返ることなく、一定の速度で先を行く。
その背中に、ゆらりと揺れる尻尾。さっきまでの冷ややかな表情が頭をよぎって、変な汗が出てくる。

慌ててその後を追いながら、俺は胸の内で深く息を吸い込んだ。

(落ち着け、俺。あれは尻尾。かわいいけど、ただの尻尾。……でもあれ、絶対ふわふわだよな?)

ヤバい。この依頼、絶対まともな精神じゃ終われない気がする。




俺たちは、赤眼のドレイクに襲われたという行商人の証言を頼りに、街から少し離れた丘陵地帯へと足を運んでいた。

そこは、岩場と草原が入り混じる開けた場所で、遠くの方には、さっきまでいた街の屋根が小さく見えていた。

本当に、こんなところにあの大型魔物がいるのか……?

半信半疑であたりを見回していると、ガウルが不意に足を止めた。

「……見ろ。ドレイクが食べ散らかした痕だ。まだ近くにいる」

指差す先には、砕けた骨のようなものが点々と転がっていた。
白く風化しかけたものもあれば、まだ生々しい血の跡が残っているものもある。

「ひえっ……」

思わず声が漏れたその瞬間だった。

「伏せろッ!!」

ガウルの鋭い叫びと同時に、空から影が落ちた。
厚い雲の切れ間から、巨大な飛竜が音もなく急降下してくる。

目が赤い――あれが、ドレイク……!

動けない俺に、ガウルが叫ぶ。

「そこを動くな!」

彼は地面を蹴り、すばやく間合いを詰めると、腰から何かを引き抜き、空中に向かって放り投げた。
投げられたそれが爆ぜた瞬間、辺り一面が眩い閃光に包まれる。

「うわっ……!」

反射的に目を閉じた。

直後、鋭く空気を裂くような斬撃音が響き、俺のすぐ目の前に、何か巨大なものが落ちてきた。

──ドサッ。

目を開けると、そこには、血を流しながら転がるドレイクの首。

赤い眼が、こちらを睨むように見開かれていた。

「ひいっ!!」

目の前で転がるドレイクの首。
地面には赤黒い血が広がり、風がその匂いをかすかに運んでくる。

動悸が収まらない。

頭では理解してるのに、体がまだ現実を受け入れてくれない。
だって──だって、あんな巨大な魔物を、あの小さな身体の少年が……たった一撃で!

呆然と立ち尽くす俺の前で、ガウルがすっと立ち上がった。
彼は足元の血の海に一切触れることなく、すっと岩場へと歩み寄る。
そして、やや高くなった岩に片足を乗せると──

風が吹いた。

その拍子に、彼の頭を覆っていたフードが、はらりと落ちる。
月明かりを帯びたような銀髪がさらりと揺れ、露わになった横顔が、振り返る。

「……終わった」

その瞬間、彼は、ふっと微笑んだ。
その笑顔は、どこか誇らしげで、嬉しそうで……

なのに、俺は、それを正面から直視できなかった。

(……無理……死ぬ……この尊さはzipでくれ……!!)

俺は思わずしゃがみ込み、膝を抱えて悶絶した。
いや待て、これは違う、そうじゃない。

今のは、純粋に命の恩人への感謝であって、決して何かこう、性癖の再確認的な意味じゃ──

「……ユーマ?」

「はい、大丈夫です! 元気です! 尊さに圧死しかけましたが生きてます!!」

返事になってないけど、仕方ない。
今の俺に、理性的な判断力を求めないでくれ。





俺は、今――ドレイクの首を抱えていた。

ずしりと重い。ぬるぬるしてるし、ちょっとあったかいのが逆に怖い。

夢だった。こういうの。異世界転生して、でっかい魔物を倒して、華麗にギルドに報告して、「すごいね!」って言われるような……。でも実際やってみたら、想像の十倍くらい生々しいし、クサいし、なんならグロい。

いや、首持ち帰るってどういうことだよ!?ってツッコミたい。丸ごと全部じゃなくてよかったけどさ!



ギルドに着く頃には、手がすっかり血で汚れて、受付嬢のお姉さんが一瞬引いてた。
いや、俺だってドレイクの首持って受付行くとか思ってなかったよ!?
ガウルが「これでいい」って言うから……。いや、うん、まあ、間違ってなかったけどさ。

現物見せた瞬間、お姉さんの目が見開いて、「確認班、すぐ呼びますね!」って裏手に消えてった。

それからバタバタだった。

係の人が数人で来て、場所を聞かれて、ガウルが淡々と説明して、俺はというと――ただ突っ立ってた。疲れ果てて。

結局、素材の回収はギルド側がやってくれるって話で、俺たちは報酬を待つだけってことになった。

俺は椅子に座って、ぐったりしながら思う。
なんだこれ、夢じゃなかったんだなって。

すげえ強いドレイクを倒して、証拠持って帰って、ちゃんと認められて――
横では、ガウルがいつも通り無口で、でも、たまに俺の方を見ては小さく頷いてて。

……そうだよな。始まりはあの日、森で出会った、あの子だった。

俺の物語は、たぶん今、始まったばかりだ。
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