【完結】ヒールで救った獣人ショタがマッチョに進化!? 癒しが招く筋肉のカタチ

たもゆ

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筋肉が回復バフ盛ってくるんだが!?

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帰り道は、深層部をぐるりと迂回するように選んだルートだ。
俺は巨大な岩竜を担いで歩く、筋肉三兄弟の後ろをのろのろとついていく。

手にした地図には、かつて落盤事故があった場所が赤く記されていて、そこだけは絶対に避けていた。

……そのはずだった。

「……ユーマ、止まれ」

ガウルの言葉と同時に、彼の腕が俺の前に差し出される。
そして、サクスムドラコの巨体が、ドスンッ!と地面に落とされた。

何かがおかしい。

「え……?」

戸惑う間もなく、空気が変わった。
急に、ひんやりと。息苦しいほどに、重たくなる。

耳鳴りがして――遠くの風の音さえ、吸い込まれたように消えた。

何もいないはずの、坑道の闇の奥。
けれど、“何か”がいる。

「……何か来ます」

アヴィの低い声に重なるように、気配は姿を現した。

土と煤にまみれた、鉱夫たち。
泥と血に塗れた顔。白く濁った眼。
ひとり、またひとりと、闇の中からゆらりと這い出してくる。

「……出ていけ……ここは……俺たちの場所だ……」

その声は、怒りとも悲しみともつかない。
ただただ、虚ろで、冷たい。

(スピリット――亡霊種だ)

「な、なぁガウル。あいつらに物理攻撃って……」

「通じない。聖水か、浄化系の魔法しか効かない」

「マジで……!?」

まさかの、物理完全無効――
武器も拳も、まったく意味を成さない相手!

(……いやいや、ちょっと待って? どうしてそんな厄介な奴らが、こんな場所に!?)

(もっとこう……よくわからん古城とか、呪われた遺跡とか……出そうな“それっぽい”場所あるだろ!? なに? 採掘場ってそういうジャンルだったっけ!?)

背筋にじわりと汗が滲む。
俺の常識が、地盤ごと崩されていく。

「ってことは、俺たち――相当やばいってことだよな!?」

「ああ。だが……もしかしたら、あんたの“ヒール”が通るかもしれない」

「……俺の!?」

戸惑う俺の目の前で、アヴィがためらいもなく双剣を構えた。
それに呼応するように、クーも素早く踏み出す。

「待てッ! そいつらは――!!」

ガウルが叫んだときには、もう遅かった。

「っ、ぐ……っ!?」

クーの拳が、スピリットの腹部を正確に捉え――た、はずだった。
だが、手応えはゼロ。まるで濃霧を払ったかのように、腕は虚空を裂くだけ。

その瞬間、クーの身体が大きく揺れた。

「……う……ッ!!」

その場に崩れ落ち、頭を抱える。

「……頭が……ガンガンする……っ」

アヴィも双剣で斬りかかる。が、
一閃のあと、ガクリと片膝をついた。

「く……っ……っ」

(物理が効かないどころか、精神を直撃してくる……!?
触れた瞬間に、“内側”を削られる――!)

冷や汗が頬を伝う。
この敵は、“戦えない”相手だ。

いや――
俺が、“戦わなくちゃいけない”相手だ……!

「ユーマ!」

その瞬間、背後から迫っていたスピリットに気づき、ガウルが即座に俺を庇ってきた。
強い力で突き飛ばされ、俺の体が地を這う。

「――っ!?」

ガウルの身体が、俺の目の前でスピリットに触れた。

次の瞬間――
彼の手から剣が滑り落ち、ガクンと膝をついた。
肩が小刻みに震え、呼吸が乱れていく。

「ガウル……ッ!!」

額に滲む汗。
見る間に顔色が悪くなっていく。

(やばい……! これ以上、触れ続けたら……!)

スピリットは、ただそこにいるだけで精神を削ってくる。
気を抜けば、意識すら奪われかねない。

(……このままじゃ、本当に……!)

喉が乾く。
思考が焦る。
それでも――俺の中に、確かにひとつの答えがあった。

(助けられるのは……俺しかいない)

俺の前に、鉱夫のスピリットがふわりと浮かび上がり、すっと手を伸ばしてくる。

近くで見たその顔は、どこか寂しげだった。
煤けた頬、ひび割れたヘルメット、剥き出しの骨。

(……もしかして……)

「……落盤事故で……ここで亡くなった人たち……?」

声が震えた。
でも、逃げることも、目を背けることもできなかった。

「ガウル! クー! アヴィ……!!」

叫んでも、反応はない。
三人とも膝をつき、顔面蒼白。虚ろな目で、虚空を見ていた。

スピリットたちが、俺たちを囲む。
まるで――「お前も、こっち側に来い」とでも言いたげに。

(どうすれば……どうすればいいんだ……?
本当に、俺なんかの“ヒール”で……こんな相手に、立ち向かえるのか?)

胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
足はすくみ、手は震え、呼吸さえうまくできない。
それでも、俺は叫ばずにはいられなかった。

「……お願いだ……もうやめてくれ……っ。
これ以上……誰も、何も、奪わないでくれ……!」

涙が滲んだ。
恐怖か、悔しさか。
それとも、自分の無力さに対する怒りか――もう、自分でもわからなかった。

歯を食いしばりながら、俺は震える声を必死に押し出した。
それでも、ガウルの腕にしがみつく手だけは、離せなかった。

目の前で、スピリットの一体がふらりと動いた。
ゆらり、こちらに向かってくる。

――来る。間に合わない。

ガウルの腕にしがみついたまま、俺はほとんど反射的に叫んでいた。

「――ッヒール……!!!!」

その瞬間。

足元に、まばゆい光がふわっと広がった。

「……!? なんだ、これ……」

足元に浮かぶ、円形の魔法陣。
温かな光が、まるで脈打つように広がっていく。

優しくて――あたたかくて。
まるで、誰かに包み込まれるような感覚。

鼓動が静かに波打ち、恐怖が少しずつ、薄れていく。

(……これが……俺の、“ヒール”……?)

坑道全体が、やわらかく明るくなる。

動きを止めたスピリットたちが、こちらをゆっくりと振り返った。

「……あったけぇ……」 「やっと……帰れる……」

その顔に、微笑みが浮かぶ。

「ありがとよ、兄ちゃん……ようやく、解放される」

そして、次の瞬間――
彼らは光の粒となり、ふわりと宙を舞って、静かに消えていった。

その場に立ち尽くした俺は、ただ呆然と見送ることしかできなかった。
さっきまで確かに存在していたはずの気配が、嘘みたいに消えている。

「……あれ、傷……消えてる」

不意に、クーの呟きが耳に届いた。
はっとして振り返ると――

ガウルも、アヴィも、まるで何事もなかったかのように立ち上がっていた。
顔色も戻っていて、傷一つない。

「……完全に、回復してる……?」

アヴィは自分の手を見つめ、目を見開いている。

ガウルも、ぽつりと呟いた。

「……ユーマ、あんたがやったのか?」

「わ、わからない……俺はただ、ヒールをしただけで……」

俺は掌を見つめた。
さっきまで震えていたその手が、今は――あたたかかった。

アヴィが、俺の手をパッと握る。

「すごいですよご主人様! エクストラヒールに、スピリットまで浄化って……やっぱり、ただの回復術師じゃないですね!」

(……え、俺のヒールが……エクストラヒールになってた……!?)

「ユーマぁああ!! すごいよーっ!!」

横からクーがギュウッと抱きついてきた。笑顔120%、腕力は300%。

「ぐえっ……!! ちょっ、待て、クー! 全快パワーで抱きしめるな、俺のHPがゼロになる!! 今度こそ死ぬッ!!」

息ができねぇ! 骨軋んでる! 関節外れる!!

――そういえば、こいつらが“進化”してから、ヒール使ったの初めてだったかも。

じゃあ、もしかして……

(俺がすごいんじゃなくて、こいつらの筋肉に……
最初から回復バフ付属してたんじゃないの……!?!?)

何それこわい。マッスルチートってレベルじゃねぇぞ!!

それでも、クーの笑顔は眩しくて。
アヴィの手はあたたかくて。
ガウルの眼差しは優しかった。

……まあ、いっか。筋肉も、笑顔も、全部まとめて“俺の仕事”ってことで。

そう思えた自分に、ちょっとだけ、驚いた。





***

俺たちは、あれから無事に地上へ戻り、ギルドで依頼の報告を済ませた。

サクスムドラコの死体と、坑道の簡易マップ、それから討伐したモンスターの種類と出現場所・数をざっくりまとめて提出。ひとまず報告は完了ってことで。

討伐報酬はすぐに支払われたけど――
問題は「坑道の安全調査」のほうだ。

ギルドの受付嬢いわく、「モンスターを倒した=安全」にはならないらしい。
……まあ、考えてみりゃそりゃそうだ。

こっちが「もう安全です!」って言ったところで、中には虚偽の報告をして報酬だけかっさらうような輩もいるわけで。
実は奥に巣が残ってましたー、なんてオチじゃシャレにならない。

ってことで、安全調査の報酬は“仮払い”分だけ先に支給。
残りは、ギルドの調査員が現地を確認してからって話になった。

信用されてないっていうより、「万が一」のリスク管理ってやつだ。

ま、討伐報酬と素材の売却でそれなりに稼げたし――
それで食べ盛りな筋肉三兄弟が腹いっぱい食えるなら、今回は充分アリだろう。

諸々の手続きを終えて、俺は三人が待っているギルドの集会所へ戻った。

――が、そこにガウルの姿はなかった。

「ご主人様、お疲れ様でした」
「ユーマ、おかえりー!」

アヴィとクーが迎えてくれる。だけど、どう見ても一人足りない。

「あれ? ガウルは?」

「ガウルさんは、ちょっと“野暮用”があるって。夕飯はいらないそうで、そのまま外へ行っちゃいました」

「えぇ~……なんだよ野暮用って……」

思わず眉をしかめると、アヴィは苦笑いしながら肩をすくめた。

せっかく今日は、サクスムドラコの肉でステーキパーティーしようと思ってたのに……。
あいつ、肉パスしてまで何しに行ったんだ?

「ねえ、ユーマ! ガウルの分も食べていい?」

クーが目を輝かせながら聞いてくる。もう完全に、二人前食べる気満々だ。

「……しょうがないなぁ。じゃあ、今夜は三人でステーキ祭りしようか」

そう言って俺は肩をすくめ、アヴィと顔を見合わせる。
俺たちはそのまま、ギルドの裏手――解体屋の方へと足を向けた。



「おう、戻ったか」

巨体をかがめ、ガリッと骨を断つ音とともに、解体台の裏から現れたのは――バルド爺。

「バルドさん、いつもありがとうございます」

ギルド本部の隣には、「解体所」と呼ばれるモンスター処理施設が併設されている。
そこでは専門の職人たちが、冒険者が持ち帰ったモンスターの死体を手際よく解体し、素材ごとに仕分けてくれる。
肉や皮、牙、魔石まで──欲しい素材があれば買取もしてくれるし、要らない分は売ってそのままギルド通帳にチャリンと振り込まれる。

「……このデカブツが岩竜か。肉厚で上等だな。だが、もうちっと首落としてから持ってこい、手間かかる」

そう言いながらも、分厚い腕でサクサク解体していく。やたらと手際が良くて、むしろ怖い。

「肉は何割持ち帰る? 三兄弟の餌用だろ。子羊サイズか? 足りるかそれで」

口は悪いが、ちゃんと冒険者たちの胃袋事情まで把握しているあたり、完全にツンデレ親方である。

バルド親方から岩竜の肉を受け取った俺たちは、自宅へ戻るとさっそくステーキ祭りを決行した。
クーは大はしゃぎで皿を並べ、アヴィは手際よく焼き加減を調整してくれた。焼けたそばから皿に乗せても、クーが次々と平らげていく。

「ねえ、ユーマ! このお肉、やわらかくてすっごく美味しいよ!!」
「クー! 肉は飲み物じゃないの! ちゃんと噛んで、味わって!!」

笑い声と肉の焼ける香ばしい匂いが、夜の家に満ちていく。

食後は、残った生肉の仕分けと保存作業。
塩をすり込み、干し肉用に切り分け、保存壺に詰める。
いつもの暮らし。だけど今日は、ほんの少しだけ、足りない。

「片付けは俺がやっておくから、先に休んでていいよ」

アヴィとクーにそう声をかけながら、ふと視線を玄関へ向ける。
ガウルは、あれからまだ戻ってきていなかった。

別に、帰りが遅いのはこれが初めてじゃない。
たまに一人でどこかへ出かけて、黙って戻ってくることもある。
でも今日は――

(……なんでだろうな。ちょっとだけ、静かすぎる気がする)

いつもの夜のはずなのに。
二人の笑顔があるのに。
なぜか、そこにガウルの声がないだけで、胸の奥がほんの少しだけ、ぽっかりとしていた。





***

夜。

ユーマの――いや、俺たちの家のすぐそばに、黒いフードを被った男が潜んでいた。
灯りの漏れる窓を、じっと見上げている。……まるで、獲物を狙うように。

(……やはり、つけてきたか)

あの坑道を出て森に入った時から、ずっと気配は感じていた。
だがこちらに気づく様子はない。まるで、自分が「狩られる側」だということにすら。

無音で距離を詰め――
次の瞬間、男の背後を取り、迷いなく腕をねじり上げる。

「動くな」

短剣の切っ先を、奴の首筋へと当てる。
冷たい刃が、夜気よりもなお鋭く肌をなぞった。

「……っ……!」

反射的に身をよじるが、無駄だ。関節を極めたまま、耳元で静かに問う。

「……何者だ?」

沈黙。少し力を込めると、肩が軋んだ。

「答えなければ、折る」

「……ぐッ、……ま、魔法省の人間だ。それ以上は言えない……ッ」

魔法省――やはりか。
このタイミングで現れるということは、ユーマの“あれ”絡みか、それとも……

「……目的は?」

また黙る。
ならば――容赦なく腕を折った。

鈍い音と同時に、男の喉から悲鳴が漏れる。

「……ッ!!」

俺は眉一つ動かさず、再び問いかけた。

「……言え」

男は肩で息をしながら、かすれた声で言った。

「……殺せ……」

静かに刃をわずかに首へと押し当てながら、俺は思考を巡らせた。
“魔法省の人間”で、“目的は言えない”。
それでいて、死を恐れない覚悟……。

……何かが、動いている。
偶然だと思える要素は、何一つない。

狙われているのは――ユーマ。

……そうだ。
あいつは、ただの回復術士じゃない。

あの術で、俺は“救われた”。
あいつがいなければ、今の俺はここにいなかった。

だから分かる。
あの術は、間違いなく本物だ。
そしてこの男は、確実にその力を知っている。

(――ユーマは、どこかに嗅ぎつけられた)

喉の奥が冷たくなる。
腕を締め上げる手が、思ったよりも強くなっていた。

ユーマを失うかもしれない――

……そんなのは、絶対に許さない。

俺は短く息を吐き、男の意識を落とすように刃を引いた。

――静かに、始末する。

それだけのことだ。
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