【完結】ヒールで救った獣人ショタがマッチョに進化!? 癒しが招く筋肉のカタチ

たもゆ

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おい、筋肉だけでダンジョン攻略するな②

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中層域に差しかかってから、空気がまた一段と重くなった気がした。坑道の壁はうっすらと汗をかいたように湿っていて、天井からは時折、水滴がぽたりと落ちる音がする。

周囲には、不自然なほどの静寂が広がっていた。風すら通わぬ地下空間。ひんやりとした空気が肌にまとわりつき、たいまつの灯りだけが頼りだ。

そのときだった。

たいまつの炎が、ぶわりと揺れた。

アヴィの目が細くなる。坑道の最奥、暗闇の中――ぬめるような吐息が、かすかに這い寄ってくる。

やがて、岩壁と見紛う巨大な“影”が、ゆらりと動いた。

「……ゴーレム!?」

思わずそう叫んだ俺の声に反応するように、“それ”が顔らしき前面をこちらに向けた。

いや、顔じゃない。そこに“目”はない。

ただ……
粘土質の表面に無数の穴が空いている。そして、穴から這い出す“何か”が、這いずる音を立て始めた。

――ズル、ズルズルズル……ッ!!

「うっ……な、なんだアレ……ッ」

たいまつの炎に照らされた“それ”は――岩ではなかった。

湿った粘土質の巨大な塊。その表面にびっしりと這いまわるのは、無数の巨大なミミズのような魔物。

うねる群れは、ひとつの生き物のように連動して動き、ただの塊に四肢を与え、“人型”のような輪郭を形づくっていた。まるでそれ自体が「身体」であるかのように。

「なにあれ……気持ち悪……」

背筋を這うような悪寒に、思わず誰かが呟く。

「――ウェルミスの群生体、だな」

ガウルがわずかに剣を構えた。
その瞬間、“それ”が蠢いた。

ヌチュ、ヌチュ……と不快な湿音と共に、無数のミミズの“融合体”が、手足のように這い、粘土の塊を持ち上げるようにして立ち上がる。

「くるぞ!!」

ガウルの叫びと同時に、彼とアヴィが素早く前に出る。
それぞれが短剣を抜き、腕部と思われる部位に斬りかかる――だが、

「……っ、やはりダメか」

刃が、ぶよぶよとした表皮を滑った。まるで濡れた革のような粘膜。
ミミズたちの身体は刃を受け流し、切り裂こうとした感触はまるでゼリーか泥を叩いたよう。

アヴィもすぐに距離を取る。

「表面が滑りすぎて、刃が跳ねる。これじゃ、効かない……!」

「刃が通らないなら、殴るしかないでしょ!」

クーが吠えるように言い放ち、地を蹴った。
獣じみた踏み込みとともに、放たれる剛腕――

ドゴォッ!!

耳を劈くような音と共に、拳が粘土の塊にめり込む。
ぶよぶよとした表面がひしゃげ、何匹ものミミズがちぎれて宙を舞った。

うわ……えげつない。でも、それだけじゃない――

「……っ!」

崩れた部分の奥、わずかな隙間に“何か白いもの”が見えた気がした。
丸い……卵? 骨? とにかく、粘土じゃない。明らかに違う。

「今の……なんだ……?」

俺が思わず身を乗り出したその刹那、ミミズの塊が蠢き、白い部分をすぐに覆い隠してしまう。

見せまいとしている……? いや、守ってる……!

「おい、今の見たか!? 中に何かあるぞ!」

思わず叫ぶと、ガウルが短く頷いた。

――ただの融合体じゃない。あれが、この化け物の“要”……!

敵の“核心”を見つけた――そう思ったのも束の間だった。

「アヴィ――ッ!!」

思わず、俺は叫んでいた。

次の瞬間、ウェルミスの“身体”がうねる。無数のミミズが蠢き、粘土の塊から伸びた“腕”のようなそれがアヴィを絡め取っていく。

足を。腰を。腹を。そして――喉元まで。

「くっ……!」

アヴィは顔色一つ変えず、だが確かに苦しそうに眉を寄せた。
それでも、崩される体勢の中で、片足をわずかにずらす。

「こんな連中の餌にされるなんて、まっぴらですね」

静かに、そう言った次の瞬間だった。

アヴィは粘土の中へ、自分から跳び込んだ――いや、引きずり込まれる勢いを利用して、むしろ跳躍した。

俺の混乱なんてどこ吹く風。
アヴィは無言で重心を沈めると――ぐい、と背を反らせた。

「はあああああッ!!」

叫びとともに、ジャーマン・スープレックスを決める。

(ちょ、待って!? プロレスでしか見たことないやつ……!!)

ミミズの束ごと、自分の体を引きずり込みながら、粘土の“頭部”めがけて派手に背中から叩きつける。
もはや意味がわからない。でも確かに、キマってた。

一瞬、ウェルミスの動きが止まった――その隙を見逃すガウルじゃない。

ズドォン!!

圧倒的な質量を感じさせる音。
ガウルの拳が、粘土の“胸”にめり込むようにしてめちゃくちゃに叩きつけられた。

「出てこい……コアっ!!」

砕けた粘土の奥から、真っ赤に脈打つ卵のような“核”があらわになる。
それをガウルが乱暴に引きずり出し――

グシャッ!!

赤黒いそれは、あっさりと潰された。

「ギイィィィィィィィ……ッ!!」

断末魔のような、耳障りな悲鳴が響き渡る。

その瞬間だった。あれだけ一体化していたウェルミスの群れが、糸の切れた操り人形のように一斉に崩れ始めた。

這い回っていた無数のウェルミスが、まるで意志を失ったかのように、のたうち、地に落ちていく。のろのろと地面を這いながら、壁の隙間や土の中へと散っていった。

もうそこに、「敵」としての意志はなかった。

ただ、守るべきものを失った群れが、野生へと還っていく――それだけだった。

アヴィは、無造作に体についた粘土を払いながら立ち上がる。

「またそのうち、出現するかもしれませんが……まあ、仕方ないですね」

ガウルは、砕けた卵核の残骸を確認しながら小さく頷いた。

「単体なら襲ってこないが……やつには魔法も効かないし、刃も通りづらい。地味に厄介な相手だ」

「え、そんなにヤバいやつだったの!?」

思わず声を上げた俺に、アヴィが静かに補足を入れる。

「ええ。並のパーティーなら確実に――養分コース、だったでしょうね」

ゾクリと背筋が冷える。

(……待って。そんなヤバいやつを、腕力だけで黙らせたこいつらの方が一番ヤバんじゃないの……!?)

ひりつくような沈黙が、また坑道の空気を支配する。
俺はふらりと岩肌にもたれかかり、荒くなった呼吸を整えた。

やっぱり……これ、本当に国が進化した獣人を軍事利用しようとしてるんじゃ……?

そして今、その進化の“成功例”を三体も──俺が手元に抱えてるってことになる。

……これ、マジでヤバいんじゃないのか?
俺ごと囲われるか、消されるか……分からないけど。

冗談半分のはずだった妄想が、なぜか妙に現実味を帯びてきて、嫌な汗が背中をつう、と伝ったそのときだった。

俺の肩に、そっと温もりが触れた。
振り返れば、アヴィがいた。

服は泥にまみれ、栗色の髪も少し乱れている。
それでも、いつものように、どこか含みを持たせた微笑みを浮かべて。

「ご主人様、大丈夫ですか?……どこか、怪我でも」

「……あ、ああ……大丈夫。ちょっと、ビビっただけで……」

「……ですが、顔色が悪いです。ほんの少し、休みましょうか」

「っ……大丈夫、だって……!」

そう言いかけた俺を、アヴィの手がすっと制した。
その指先には、どこか柔らかな強引さがあって――

「……そう言って無理をするのが、貴方の悪い癖ですよ」

そう言って、アヴィはそっと俺の前髪に触れた。
触れるか触れないかの距離――ほんのわずかに、指先が額にかかる。

(なんか、近い……近い……!)

俺が息を呑んだ、その瞬間だった。

「ッ!?」

ふいに視界がふわりと浮く。
次に感じたのは、しっかりとした腕の中――そして、背中に回されたもう一方の手。

「……ガウル!? ちょ、なにして……!?」

驚いて顔を上げると、ガウルが無言のまま俺を“お姫様抱っこ”していた。
その横顔はいつも通り無表情だが、妙に無駄のない動作でアヴィの手から俺を攫っていく。

「!? ……ガウルさん?」

アヴィが珍しく眉をひそめた。

「ユーマの体温が落ちている。……深部に長くいたせいだろう。休ませる」

あくまで冷静に、医学的配慮ですというテンションで言い切る。
けれど、その腕には妙な強さがこもっていて――抱かれてる側の俺には、余計にわかる。

(……ちょっと待ってくれ、俺の乙女回路!!! 
オイ! ショタ以外に反応するな!!)

脳内で警報が鳴っているのに、心拍は勝手に上がっていく。
どこまでも無骨な横顔に、ほんのりと耳が熱くなる。

(いやいやいや、これは医学的お姫様抱っこ……え、なにそれ……矛盾してない!?)

しかも、今さっきまで俺の前髪を撫でていたアヴィが、わずかに口元を引きつらせていて――

「……ふふ。なるほど。油断しましたね」

低く笑ったアヴィの声に、背筋がゾクリとした。
さっきまであれだけ冷静だったのに、微かに滲む感情が読めない。

そして、誰より自由なクーが満面の笑みで叫ぶ。

「えっ、なにそれズルくない!? じゃあオレの布団貸すー!!」

(お前の布団って……筋肉ベッドじゃねぇか!!)

どうすんだよこの状況。
地底の激闘を乗り越えたら、イケメン三人に挟まれて寝る流れって何!?

(そしてお願いだ、みんな……合法ショタに戻ってくれ……!!
合法ショタから“ショタ”を取ったら、それただの合法じゃねぇか!!)

体温はぬくぬくなのに、頭の中だけ氷水ぶっかけられたみたいに冷えていた。





***

「やっと、深層部まで来たな」

俺は汗ばんだ手で地図を広げ、今いる地点を松明の灯りで確かめる。

(お願いだから、もう……これ以上なにも起きないで)

心の中でそっと祈った矢先――

「……大型種の糞だ」

ガウルが足元の土の塊を指し示した。
まるで瓦礫の一部にしか見えないが、近づけば強烈なアンモニア臭と、わずかに焦げたような匂いが鼻を突いた。

「最近の痕跡だ。まだ近くにいるかもしれん」

途端に、地面がわずかに揺れた。

「!?」

ゴゴゴゴッ……と地鳴りが響く。岩壁が軋み、天井から細かな石くれがこぼれ落ちてくる。
その音に混じって、低く唸るような呼吸――

「……いる!」

俺の叫びと同時に、奥の岩壁が崩れた。

いや、崩れたように見えた“それ”が、動いたのだ。

岩のようにゴツゴツとした硬質化した皮膚に覆われた巨大な胴体。
まるで“岩壁の一部”そのものだった。
深紅に輝く目が、俺たちを睨む。

「岩竜……! サクスムドラコだ!!」

巨大な口が開き、火ではなく粉塵をまき散らすような咆哮があたりに広がる。目と鼻が焼けるほどの強烈な鉱粉の風。
その直後、岩のような尾が地を薙ぎ払った。

「避けて!!」

俺たちは散開し、それぞれが戦闘態勢を取る。

その巨体が地を踏み鳴らすたびに、坑道が小さく揺れる。

「斬撃は……通らない」

ガウルのミディアムソードがガキィンと甲高い音を立てて跳ね返された。
硬い、ってレベルじゃない。こいつの身体、岩というよりほぼ鉱物の塊だ。

「じゃあ、殴るしかないね!」

いつもどおり笑顔のクーが、竜の横っ腹に飛びついた。

「え、ちょっ……!?」

驚く間もなく、クーはそのまま岩竜の首に両腕を回し――ガッツリとヘッドロックを決めた。

「おりゃああああ!!」

……なんでそんなにいいフォームなんだよ!?
竜の巨体が苦しげにのたうつ。あ、ちょっと絞まりすぎてる!?!?

次の瞬間、視界の端で栗毛の影が跳んだ。

アヴィの無駄のない巨躯がふわりと宙を舞ったかと思うと、
そのまま繰り出された飛び蹴りが、竜の肩口に炸裂する。

ズガァン!!

石化した表皮が砕け、岩片がぱらぱらと宙に散った。

(……え? 今の一撃で!?)

整った顔立ちに似合わず、その体には100キロ級の筋肉が詰まってる。
わかってた。わかってたはずなのに――動きがしなやかすぎて、錯覚するんだってば!!

岩竜がよろめいた。

その背後に、いつの間にか回り込んでいたガウルが、低く息を吐く。

ガウルは尻尾を掴み――そのまま、

「はあああっ!!」

ゴゴゴゴゴゴ……!!!

「え、ちょっ、ええええっ!?!?」

坑道の床を抉るような轟音とともに、岩竜が勢いよく回された。
そのまま壁めがけて――

ズドオォォン!!!!!

壁が崩れるかと思った。
土が崩れ、岩片が降り注ぐ中、しばらくして。
サクスムドラコが、ゆっくりと土煙の中から這い出してきた。

片目が腫れて、鱗も剥がれかけで、息も絶え絶え。
ごつごつの竜が、こんなにボロボロになることある!?

(……なんか、もう……かわいそう……)

どっちが魔物なのか、わからなくなってきた。

そのとき、確かに俺は一瞬、心の中で――こう呟いていた。

「がんばれ、サクスムドラコ……」

……いや、違う、敵なんだけどさ!?!?!?

サクスムドラコは、もうほとんど虫の息だった。
土煙の向こうで、竜がぐらりと揺れた。
そこへ――クーが爆走する。

「せーーーのっ!!」

ドォォォン!!

クーの全体重を乗せた体当たりが、岩竜・サクスムドラコの側面に直撃した。
巨体が横に吹っ飛び、ドシャアアッと地面に倒れる!

「おっしゃー、今だ今だっ!」

クーはそのまま、竜の足に組み付き――

「足首固め……っ!!」

グルルルァアアア!!と吠えるサクスムドラコの足が、絶妙にキマったロックに固定される。
完全に動きを封じられたその腹部へ――

「そこだ」

ガウルの低い声とともに、鋭い一撃が突き刺さる。

「地獄突き――ッ!!」

ゴスッ!!という生々しい音とともに、岩竜の柔らかい腹がめり込んだ。
巨体がビクンと跳ねた、その瞬間――

「行きますよ……!」

アヴィが、岩壁をステップにして高く跳躍。

くるり、と宙を舞った栗毛が、月光のように弧を描く。

「ムーンサルトプレス!!!」

ズドォオオォン!!!

空から降ってきたアヴィの全体重が、竜の胸部を直撃。

完全に沈黙するサクスムドラコ。

(……ねぇ、ここ、ほんとに坑道だったよね?)

俺はただ呆然と、立ち尽くしていた。

いや、違う。これは坑道なんかじゃない。
もはや――

「プロレス会場かっ!?!?!?」

気づけば俺の手には松明じゃなく、ラウンドベルでも握ってる気分だった。

(おい、筋肉だけでダンジョン攻略すんなーーー!!!)

俺の絶叫をよそに、クーは横倒しになった岩竜の上で「やったー!」とピースサインを決めていた。
ガウルはその隣で、ぶっ壊れた壁を見ながら無言でため息をつき、アヴィはすました顔で衣服の乱れを整えている。

……なんだこの人たち。冷静と混沌の暴力。
俺は、ぐったりとその場に座り込んだ。

すごい。ほんとにすごい。
頼もしさは100点満点、安心感はMAXだ。

……けど、なにかがおかしい。
方向性とか、常識とか、倫理観とか……いろんなものが迷子だ。

(えっ、これから先も、ずっとこのメンバーで冒険……?)

遠い目になった俺の脳裏に、蘇るひと皿。

――かき揚げうどん。

あれを作った日から、何かがおかしくなった気がする。

俺は思った。

――これ全部、かき揚げうどんのせいなの……?

……いや、うどんは悪くない。
悪いのは、マッチョでプロレス技をぶん回す味方たちだ。

……いや、たぶん、どっちも悪くない。
けどなんかもう、どうしてこうなった!?

(お願いだから次は……もっとこう、普通の敵で頼む……)

天井から落ちてきた砂埃を見上げながら、俺はそっと願った。



そんな俺の視線の先に、とんでもない光景が飛び込んできた。

「待って!! ソレ持ち帰るの!?」

気づけば岩竜の死骸を、三人が神輿みたいに担ぎ上げて坑道を進んでいる。
……いやマジで、神輿。まごうことなき神輿。

「素材は高く売れるし、肉は美味いぞ」

と、ガウルが淡々と告げる。

「え、ヤバ……岩竜、めっちゃ主婦(夫)の味方じゃん……!」

(いや待って!? そうじゃなくて!! 見た目!! 神輿っていうか、葬送の儀っていうか、尊厳どこ!?)

そんな混乱をよそに、クーがにっこり笑って振り返った。

「ユーマ、上に乗ってもいいよ♡」

「……えっ!? いやいやいやいや!!
神輿の上に乗っていいのは神様だけだから!? ていうか、ちゃんと命に感謝して!!
それ、罰当たり案件だからね!!?」

すると――

「ご主人様は、僕たちにとって“神”のような存在ですから。……むしろ、理にかなっているのでは?」

アヴィがごく自然に、当たり前のようにそう言った。

「崇めろとは言わんが……祀るくらいなら、構わん」

ガウルが真顔で、竜の死体を持ち上げ直す。

(……え、そうなの……か?)

いや、いやいや。
俺って、もしかして――このマッチョ神輿の上で崇め奉られる、“獣人たちの神ポジション”なの……???

(って、そんなわけあるかーーーーい!!)

背筋を走るのは、戦慄か、ほんのり湧いた背徳感か。
いや、違う、そうじゃない、落ち着け俺!

どちらにせよ、俺の冒険は今――また一歩、「帰れない場所」へと足を踏み入れてしまった気がした。


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